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Tiny Little Soldiers ~香山センセイの二足のわらじ~  作者: ちひろ
第三話 剣道部編(4月~5月)
10/51

春うらら。花曇りが続いたから、久しぶりの青空がまぶしい。朝露の香りを身体いっぱいに吸い込む。わたしはこの季節が一番好き。

「そりゃ菊池はいいよな、いっぱい吸い込めて」

「早瀬くん、花粉症大変だね」

「慣れちゃったよ。部活のときはどうにかしたいんだけどね」

早瀬くんは剣道部だから、集中力が切れるのは命取りだ。普段コンタクトだけどメガネにしてて、「マスクしてると曇るんだ」とか、「目玉を取り出して丸洗いしたい」とか、「何食べても美味しくない」とか言ってる。早瀬くんをこうもイライラさせるなんて、スギ花粉、恐るべし。

「じゃ、朝練行ってくる」

「うん、お疲れー」

わたしたち生徒会のメンバーも、みんな部活に入ってる。わたしは書道部だし、生徒会長の優はテニス部。副会長の早瀬くんは剣道部のエースで、会計の黒岩くんはラグビー部だ。わたし以外はわりと練習も本格的で、目が回るような毎日を送っている。

「女子にモテるならサッカー部へ!」

「吹奏楽部は初心者大歓迎でーす!」

生徒会室に置きっぱにしてた辞書を取って廊下へ出ると、毎年恒例の新1年生獲得バトルがそこらじゅうで勃発していた。書道部は毎年5人ぐらいが関の山で、部が存続できれば充分だと思ってる。

そう、学校全体がにわかにフレッシュになるのと同時に、わたしたちは3年生になったのだ。

「おはよう!」

「ミサミサー、おはよう」

今年も菜摘と同じクラス。文系クラスで持ち上がりだから、クラスメイトはほとんど変わらない。担任の先生は入れ替わりがあるけど、うちのクラスは代わり映えなし。

「おはよう。ほら、席に着けー。今日は連絡多いから、サッサとHRやるぞ」

我らが3-Fの担任は香山先生。今年もご指導ご鞭撻を、ヨロシクオネガイイタシマス。

「まずは1年生向けの『部活動説明会』についての連絡で、22日の5~6限に決まった。世界史つぶれるな」

数名が先生に聞こえるように「えー?」と言う。もちろん皮肉。

「俺も残念だよ、眠気に耐えるみんなを眺められなくて。というか菊池、俺の授業を狙ったんじゃないか?」

クラスから笑いが起こる。

「当然じゃんね、ミサミサ」

菜摘が向こうの方から茶々を入れた。

「後で覚えてろ、菊池。それから、この日の動きは、また前日に説明する。次は提出物について。明日〆切の物がいくつかあるが…」

今年もいいクラスになりますように。



毎週木曜日の生徒会定例会議は今年も変更なく継続される。今日の議題は例のごとく「部活動説明会」だ。

「あれー、早瀬、剣道部の紹介って人の配置変わったの?」

「そうなんだよ、実は。ひとりやめちゃってさ」

「へー、今年はインターハイ目指してたんじゃなかったっけ? なんかあったんスか?」

鋭い、黒岩くん。

「ホントなんでだよ、あいつに限ってさぁ…」

だいぶ落ちてるな。頼りにしてるメンバーだったのかも。説明会の進行と配置図を確認しながら、早瀬くんは後ろにのけぞった。

「タカさん、理由聞かなかったんスか?」

黒岩くんは心配そうに除きこむ。

「聞いたけど…、なんかなー、『剣道面白くなくなった』って、そんなもんかなー。マジ団体戦どうしよう…」

「早瀬くん、とにかく人数変わるんだったら、舞台の出入り変えなきゃ。貸して貸して」

「悪ぃな」

大丈夫なんだけど、さ。なんだか心配。

そういえば、昨日また香山先生から借りた「Tiny Little Soldiers ~T.L.S.~」も、急に部隊を抜けた人のフォローをどうにかする話だった。途中までしか読んでないけど、ケガが原因のようだ。ちょっとちゃんと読んでみようかな。

「今日の定例会議はこんなとこだね。来週は?」

「説明会の前日にちょっと集まろうか」

「オッケー。確認だけサクッとやる感じだね」

「じゃあ、お疲れ」

早瀬くんは一番に立ち上がった。

「早瀬くん、部活行くの?」

「うん、素振りだけでもしたいし」

「そう、またね」

そそくさと生徒会室を出ていく。

「元気ないッスねー」

「あんなピリピリしてんの珍しいね」

「オレちょっと剣道部の友だちに聞いたんだけど」

「彬、もう情報通だね」

「滅多なことしゃべれないよ」

それでも黒岩くんは口が軽いわけじゃないから、信用を失うことはなさそうだ。

「やめてよ、美紗先輩。今剣道部って、タカさんとか部長とかは張り切ってるらしいんスけど、ついていけてない人もいるんだって、実際」

わたしは書道部だから緩いしピンと来ないけど、優はウンウンうなずいてる。

「彬はラグビー部じゃん? 結構普段からチームワーク作りやすいけど、あたしとか早瀬は微妙だよね。まぁうちはダブルスあるけど、部全体のチームワークって難しいね」

「練習ついてけないとつまんないッスよね」

運動部は大変。

生徒会室から近い非常口を出ると、剣道部の部室が見える。床張りの剣道場では20人弱の部員が稽古をしてた。目にも止まらぬ速さで打ち込み、返し、また打ち込む。早瀬くんは…、みんな面を被ってるからよく分からないけど、多分いない。なんとなく。部室の周りをグルッと見てみた。案の定早瀬くんは、外でひとりで素振りをしている。あ、気づかれた。

「菊池。会議終わった?」

「ゴメン、邪魔して。なんでもない」

「いいよ。ちょっと…、今日は疲れた」

早瀬くんはその場に座り込んだ。わたしも隣にしゃがむ。

「剣道部、大変なんだってね」

「んー、みんな頑張ってんだけどなー」

「練習すごいね。ちゃんと見たの初めてだけど、すごい気迫っていうか、やっぱすごいね」

自分の語彙力の無さにげんなりする。なんでも「ヤバい」って言うどっかのチャラ男と一緒だ。

「やめてったヤツもすげー頑張ってて、今年は団体戦一緒に出られそうで、『これから』って思ってたのに……」

「早瀬くん……」

「一番真面目に練習してたのあいつだったのに……」

早瀬くんは顔を伏せた。

「ちょっと待てよ!」

突然、部室からふたり出てきた。後から来たのは確か剣道部の部長だ。

「いや、もうやめます」

なんだか険悪な空気。

「おい、どうした?」

素早く立ち上がって、早瀬くんは「やめる」と言った部員の肩に触れた。

「部活やめたいんです」

「なんでだよ?」

場が凍りつく。わたしはここにいちゃいけないと思いつつ、動くこともできない。

「最近、楽しくないから。前はもっと先輩とも仲良かったし、練習キツくなったし」

「それはインターハイ狙ってるんだから当然だろ?」

「一緒に行こうよ、インターハイ」

部長が必死に呼びかける。早瀬くんも。

「離してください、早瀬先輩」

部員は早瀬くんの手を振り払った。

「インターハイだけが剣道じゃないっしょ。去年の先輩とかは、下手なヤツも面倒見てくれましたよ」

この間卒業した先輩のことかな。

「お前は練習にもついてってるだろ」

「オレはどうでもいいんス。ついていけてないヤツを見てないでしょ? もういいです。やめます。お世話になりました」

「あ……」

ふたりが引き止めるのもかなわず、逃げるように駆けていった。

「…ゴメン、菊池。みっともないとこ見せて」

そんなの、わたしの方こそ悪いことした。見られたくなかっただろうに。

「ううん、わたしこそ…、なんか、ゴメン」

本当に、わたしの語彙力は最低だ。慰めの言葉ひとつ出てこない。

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