①
春うらら。花曇りが続いたから、久しぶりの青空がまぶしい。朝露の香りを身体いっぱいに吸い込む。わたしはこの季節が一番好き。
「そりゃ菊池はいいよな、いっぱい吸い込めて」
「早瀬くん、花粉症大変だね」
「慣れちゃったよ。部活のときはどうにかしたいんだけどね」
早瀬くんは剣道部だから、集中力が切れるのは命取りだ。普段コンタクトだけどメガネにしてて、「マスクしてると曇るんだ」とか、「目玉を取り出して丸洗いしたい」とか、「何食べても美味しくない」とか言ってる。早瀬くんをこうもイライラさせるなんて、スギ花粉、恐るべし。
「じゃ、朝練行ってくる」
「うん、お疲れー」
わたしたち生徒会のメンバーも、みんな部活に入ってる。わたしは書道部だし、生徒会長の優はテニス部。副会長の早瀬くんは剣道部のエースで、会計の黒岩くんはラグビー部だ。わたし以外はわりと練習も本格的で、目が回るような毎日を送っている。
「女子にモテるならサッカー部へ!」
「吹奏楽部は初心者大歓迎でーす!」
生徒会室に置きっぱにしてた辞書を取って廊下へ出ると、毎年恒例の新1年生獲得バトルがそこらじゅうで勃発していた。書道部は毎年5人ぐらいが関の山で、部が存続できれば充分だと思ってる。
そう、学校全体がにわかにフレッシュになるのと同時に、わたしたちは3年生になったのだ。
「おはよう!」
「ミサミサー、おはよう」
今年も菜摘と同じクラス。文系クラスで持ち上がりだから、クラスメイトはほとんど変わらない。担任の先生は入れ替わりがあるけど、うちのクラスは代わり映えなし。
「おはよう。ほら、席に着けー。今日は連絡多いから、サッサとHRやるぞ」
我らが3-Fの担任は香山先生。今年もご指導ご鞭撻を、ヨロシクオネガイイタシマス。
「まずは1年生向けの『部活動説明会』についての連絡で、22日の5~6限に決まった。世界史つぶれるな」
数名が先生に聞こえるように「えー?」と言う。もちろん皮肉。
「俺も残念だよ、眠気に耐えるみんなを眺められなくて。というか菊池、俺の授業を狙ったんじゃないか?」
クラスから笑いが起こる。
「当然じゃんね、ミサミサ」
菜摘が向こうの方から茶々を入れた。
「後で覚えてろ、菊池。それから、この日の動きは、また前日に説明する。次は提出物について。明日〆切の物がいくつかあるが…」
今年もいいクラスになりますように。
毎週木曜日の生徒会定例会議は今年も変更なく継続される。今日の議題は例のごとく「部活動説明会」だ。
「あれー、早瀬、剣道部の紹介って人の配置変わったの?」
「そうなんだよ、実は。ひとりやめちゃってさ」
「へー、今年はインターハイ目指してたんじゃなかったっけ? なんかあったんスか?」
鋭い、黒岩くん。
「ホントなんでだよ、あいつに限ってさぁ…」
だいぶ落ちてるな。頼りにしてるメンバーだったのかも。説明会の進行と配置図を確認しながら、早瀬くんは後ろにのけぞった。
「タカさん、理由聞かなかったんスか?」
黒岩くんは心配そうに除きこむ。
「聞いたけど…、なんかなー、『剣道面白くなくなった』って、そんなもんかなー。マジ団体戦どうしよう…」
「早瀬くん、とにかく人数変わるんだったら、舞台の出入り変えなきゃ。貸して貸して」
「悪ぃな」
大丈夫なんだけど、さ。なんだか心配。
そういえば、昨日また香山先生から借りた「Tiny Little Soldiers ~T.L.S.~」も、急に部隊を抜けた人のフォローをどうにかする話だった。途中までしか読んでないけど、ケガが原因のようだ。ちょっとちゃんと読んでみようかな。
「今日の定例会議はこんなとこだね。来週は?」
「説明会の前日にちょっと集まろうか」
「オッケー。確認だけサクッとやる感じだね」
「じゃあ、お疲れ」
早瀬くんは一番に立ち上がった。
「早瀬くん、部活行くの?」
「うん、素振りだけでもしたいし」
「そう、またね」
そそくさと生徒会室を出ていく。
「元気ないッスねー」
「あんなピリピリしてんの珍しいね」
「オレちょっと剣道部の友だちに聞いたんだけど」
「彬、もう情報通だね」
「滅多なことしゃべれないよ」
それでも黒岩くんは口が軽いわけじゃないから、信用を失うことはなさそうだ。
「やめてよ、美紗先輩。今剣道部って、タカさんとか部長とかは張り切ってるらしいんスけど、ついていけてない人もいるんだって、実際」
わたしは書道部だから緩いしピンと来ないけど、優はウンウンうなずいてる。
「彬はラグビー部じゃん? 結構普段からチームワーク作りやすいけど、あたしとか早瀬は微妙だよね。まぁうちはダブルスあるけど、部全体のチームワークって難しいね」
「練習ついてけないとつまんないッスよね」
運動部は大変。
生徒会室から近い非常口を出ると、剣道部の部室が見える。床張りの剣道場では20人弱の部員が稽古をしてた。目にも止まらぬ速さで打ち込み、返し、また打ち込む。早瀬くんは…、みんな面を被ってるからよく分からないけど、多分いない。なんとなく。部室の周りをグルッと見てみた。案の定早瀬くんは、外でひとりで素振りをしている。あ、気づかれた。
「菊池。会議終わった?」
「ゴメン、邪魔して。なんでもない」
「いいよ。ちょっと…、今日は疲れた」
早瀬くんはその場に座り込んだ。わたしも隣にしゃがむ。
「剣道部、大変なんだってね」
「んー、みんな頑張ってんだけどなー」
「練習すごいね。ちゃんと見たの初めてだけど、すごい気迫っていうか、やっぱすごいね」
自分の語彙力の無さにげんなりする。なんでも「ヤバい」って言うどっかのチャラ男と一緒だ。
「やめてったヤツもすげー頑張ってて、今年は団体戦一緒に出られそうで、『これから』って思ってたのに……」
「早瀬くん……」
「一番真面目に練習してたのあいつだったのに……」
早瀬くんは顔を伏せた。
「ちょっと待てよ!」
突然、部室からふたり出てきた。後から来たのは確か剣道部の部長だ。
「いや、もうやめます」
なんだか険悪な空気。
「おい、どうした?」
素早く立ち上がって、早瀬くんは「やめる」と言った部員の肩に触れた。
「部活やめたいんです」
「なんでだよ?」
場が凍りつく。わたしはここにいちゃいけないと思いつつ、動くこともできない。
「最近、楽しくないから。前はもっと先輩とも仲良かったし、練習キツくなったし」
「それはインターハイ狙ってるんだから当然だろ?」
「一緒に行こうよ、インターハイ」
部長が必死に呼びかける。早瀬くんも。
「離してください、早瀬先輩」
部員は早瀬くんの手を振り払った。
「インターハイだけが剣道じゃないっしょ。去年の先輩とかは、下手なヤツも面倒見てくれましたよ」
この間卒業した先輩のことかな。
「お前は練習にもついてってるだろ」
「オレはどうでもいいんス。ついていけてないヤツを見てないでしょ? もういいです。やめます。お世話になりました」
「あ……」
ふたりが引き止めるのもかなわず、逃げるように駆けていった。
「…ゴメン、菊池。みっともないとこ見せて」
そんなの、わたしの方こそ悪いことした。見られたくなかっただろうに。
「ううん、わたしこそ…、なんか、ゴメン」
本当に、わたしの語彙力は最低だ。慰めの言葉ひとつ出てこない。




