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山の呼ぶ声  作者:
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  ※ ※ ※


 取り壊し半ばで放置されたままの校舎は、未だに呪われた心霊スポットとして有名だ。

ここで高校生二人が自殺した――尾鰭がついた噂はネットで瞬く間に広がり、面白半分でやってくるオカルトマニアが絶えない。

「ねぇ……ここでしょ? 高校生が変なおまじないして発狂して自殺したのって」

 深夜、月も見えない中で五人は集まっていた。

とあるサイトで知り合った五人は、オフ会と称してこの村の噂を検証しにやってきた。

懐中電灯を片手に、目の前に黒々と聳え立つ校舎を見上げる。木造の校舎など、都会育ちの五人には物珍しいものだ。

汚らしい見た目と、古ぼけた門は雰囲気が遊園地のお化け屋敷とそう変わらない。

「なんだっけ? 山神様だっけ? 自殺騒ぎある前から、そのおまじないは有名だったよね」

 なんでも願いを叶えてくれるおまじない。辺鄙な村の小学校で行うそれは、願いを叶える代わりに、絶対一人生贄を要求するらしい。

「私が聞いた話だと、山で取ってきた石ころと葉っぱが生贄だって話だけど……」

「それがさー、最近そのおまじないやったヤツから聞いた話だと、一人絶対取られてくらしいぞ? 可愛い女の子の声で、お友達になって……って囁かれるってさ。それで、ほんとに一人いなくなったてさ」

「マジかよ、こわ……」

 一人は言葉とは裏腹に、とても興味津々といった表情で校舎の三階部分を見ている。

三階にある図工室で、そのおまじないは行う。

少しだけ取り壊され、傾いだような校舎は不気味で、図工室のある場所は山側に位置しているので真っ暗だった。どう見ても、あそこは何か危ない雰囲気を持っている。見上げただけでぞくぞくと背筋が寒い。

「ほんとに行くのか?」

 不安そうな表情を浮かべたのは、最後までこのオフ会に反対していた男だ。腕組みをして、三階を険しい視線で睨んでいた。

「ここまで来るのにどれだけ苦労したと思ってんの? さっ、行きましょ!」

 楽しくて仕方ないらしい。弾んだ声で、唯一の女性参加者である一人が一歩を踏み出した。

と同時に、どこからともなく五人の耳に、微かな声が聞こえた。

歌っているような、なにかを唱えているような――無邪気な子どもの声。

こんな時間に出歩く子どもはいない……。

五人はゾッとした表情で、一歩後ずさった。

「なぁ……これってさ……」

「ヤバいぞ、やめとこうぜ」

「本物だ。ここマジで本物だ……」

「すごーい! マジでこわーい!」

「……おい、なんか変じゃねぇか?」

 一人が囁いた瞬間、しっかりとした声が五人の背後で響いた。


「ねぇ、お友達になってくれる?」


 女が思いっ切り悲鳴を上げた。

他の四人も悲鳴こそ上げなかったが、小さく息を呑んで脱兎の如く近くに停めた車に駆け出した。そのまま後ろをかえりみることなく、車を発進させた。

「やべぇ……あそこは本物だ」

 ハンドルを握った男が心底怯えた様子で呟く。震えが止まらない。運転するのも一苦労で、何度も脇によろけては態勢を立て直す。

「おい……見たか」

「なにがだよ?」

 一番ここに来るのを嫌がっていた男が、真っ青な顔で囁く。

それに対して、彼の隣に座った男が苛々と問い返した。

「俺、さっき逃げる時……後ろちらっと振り返ったんだよ。そうしたら――」

「な、なによぉ……さっさと言ってよ」

 怖くてたまらないと、女が半ば叫ぶように言った。聞くのも怖い。しかし、聞かなければもっと怖い――。

「女の子が笑ってたんだ……口裂け女みたいに裂けた口でさ。ニヤァって……それと、その隣に――」

「なんだよ、もったいぶらずに言えよ!」

「首が折れた女と、全身ぐにゃぐにゃした男がいたんだよ……」

 男がそう締め括った瞬間、運転していた男が突然悲鳴をあげて、ハンドルを大きく切って道を外れた草原に車を乗りあげた。

「なにしてんのよ!」

 助手席に座っていた女が、打ち付けた額から血を流して男に怒鳴る。

しかし、運転手の男は俯いたまま真っ青な顔でずっと震えている。ハンドルを指が白くなるまで握りしめて、決して顔を上げようとしない。

「ひ、ひぃっ」

 後ろの男三人が同時に声を上げた。

四人の男が怯えて見つめる先――女はそれを見上げて、声にならない声で絶叫した。

口が裂けた女の子が、べったりとフロントガラスに貼り付いていた。

眼窩は腐り空っぽで、真っ黒な空洞が出来ている。裂けた唇は不気味に真っ赤で、爛れたように血が滴っていた。

「お友達に、なりましょう?」

 五人はその声を聞いた瞬間、がっくりと恐怖に気を失った――。


結局、五人は校舎に入ることもなく、今回のオフ会もどきは終了した。

五人とも気絶し、目覚めたあとの記憶は、ひたすら逃げるように車を走らせていたものしかない。

ネットでこの体験はまたもや爆発的に広まり、山神様のおまじないと学校の廃墟は、当分の間人気心霊スポットとして賑わったという――。


無邪気な声が呪文を唱える。

「山神様、山神様――」

「いらしてください――」

「願いを叶えてください――」

「冬樹、」

「美佳、」

「真吾、」

「以上、三人が願い奉ります――」

「生贄をささげ、願います――」

「どうか、願いを叶えてください――……」

 石ころ、葉っぱを中心に置いて、三人で手を繋ぐ。

図工室は深閑として、月のない真っ暗闇に沈んでいる。

美佳の首は相変わらずぽっきり折れて右に傾いているし、真吾は全身がぐにゃぐにゃしていて落ち着きがない。虚ろな瞳は感情がなく、ひたすら冬樹を見詰めている。

「夏穂ちゃんが、ずっと一緒にいてくれますように……お友達に戻ってくれますように」

 冬樹がそう願った途端、石ころと葉っぱが割れ、裂けた。

冬樹の願いは山神様に届き、叶えられるのだろう。

嬉しそうに笑う冬樹の声が、図工室に甲高くこだまする。

この中に、彼女はもうすぐ――。


今でも、その学校は取り壊されず残っている。

廃村になり、誰にも忘れられ、心霊スポットとしても廃れたそこは、時折少女の楽しそうな声が聞こえるという……。


「お友達に、なりましょう」



 了





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