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取り壊し半ばで放置されたままの校舎は、未だに呪われた心霊スポットとして有名だ。
ここで高校生二人が自殺した――尾鰭がついた噂はネットで瞬く間に広がり、面白半分でやってくるオカルトマニアが絶えない。
「ねぇ……ここでしょ? 高校生が変なおまじないして発狂して自殺したのって」
深夜、月も見えない中で五人は集まっていた。
とあるサイトで知り合った五人は、オフ会と称してこの村の噂を検証しにやってきた。
懐中電灯を片手に、目の前に黒々と聳え立つ校舎を見上げる。木造の校舎など、都会育ちの五人には物珍しいものだ。
汚らしい見た目と、古ぼけた門は雰囲気が遊園地のお化け屋敷とそう変わらない。
「なんだっけ? 山神様だっけ? 自殺騒ぎある前から、そのおまじないは有名だったよね」
なんでも願いを叶えてくれるおまじない。辺鄙な村の小学校で行うそれは、願いを叶える代わりに、絶対一人生贄を要求するらしい。
「私が聞いた話だと、山で取ってきた石ころと葉っぱが生贄だって話だけど……」
「それがさー、最近そのおまじないやったヤツから聞いた話だと、一人絶対取られてくらしいぞ? 可愛い女の子の声で、お友達になって……って囁かれるってさ。それで、ほんとに一人いなくなったてさ」
「マジかよ、こわ……」
一人は言葉とは裏腹に、とても興味津々といった表情で校舎の三階部分を見ている。
三階にある図工室で、そのおまじないは行う。
少しだけ取り壊され、傾いだような校舎は不気味で、図工室のある場所は山側に位置しているので真っ暗だった。どう見ても、あそこは何か危ない雰囲気を持っている。見上げただけでぞくぞくと背筋が寒い。
「ほんとに行くのか?」
不安そうな表情を浮かべたのは、最後までこのオフ会に反対していた男だ。腕組みをして、三階を険しい視線で睨んでいた。
「ここまで来るのにどれだけ苦労したと思ってんの? さっ、行きましょ!」
楽しくて仕方ないらしい。弾んだ声で、唯一の女性参加者である一人が一歩を踏み出した。
と同時に、どこからともなく五人の耳に、微かな声が聞こえた。
歌っているような、なにかを唱えているような――無邪気な子どもの声。
こんな時間に出歩く子どもはいない……。
五人はゾッとした表情で、一歩後ずさった。
「なぁ……これってさ……」
「ヤバいぞ、やめとこうぜ」
「本物だ。ここマジで本物だ……」
「すごーい! マジでこわーい!」
「……おい、なんか変じゃねぇか?」
一人が囁いた瞬間、しっかりとした声が五人の背後で響いた。
「ねぇ、お友達になってくれる?」
女が思いっ切り悲鳴を上げた。
他の四人も悲鳴こそ上げなかったが、小さく息を呑んで脱兎の如く近くに停めた車に駆け出した。そのまま後ろをかえりみることなく、車を発進させた。
「やべぇ……あそこは本物だ」
ハンドルを握った男が心底怯えた様子で呟く。震えが止まらない。運転するのも一苦労で、何度も脇によろけては態勢を立て直す。
「おい……見たか」
「なにがだよ?」
一番ここに来るのを嫌がっていた男が、真っ青な顔で囁く。
それに対して、彼の隣に座った男が苛々と問い返した。
「俺、さっき逃げる時……後ろちらっと振り返ったんだよ。そうしたら――」
「な、なによぉ……さっさと言ってよ」
怖くてたまらないと、女が半ば叫ぶように言った。聞くのも怖い。しかし、聞かなければもっと怖い――。
「女の子が笑ってたんだ……口裂け女みたいに裂けた口でさ。ニヤァって……それと、その隣に――」
「なんだよ、もったいぶらずに言えよ!」
「首が折れた女と、全身ぐにゃぐにゃした男がいたんだよ……」
男がそう締め括った瞬間、運転していた男が突然悲鳴をあげて、ハンドルを大きく切って道を外れた草原に車を乗りあげた。
「なにしてんのよ!」
助手席に座っていた女が、打ち付けた額から血を流して男に怒鳴る。
しかし、運転手の男は俯いたまま真っ青な顔でずっと震えている。ハンドルを指が白くなるまで握りしめて、決して顔を上げようとしない。
「ひ、ひぃっ」
後ろの男三人が同時に声を上げた。
四人の男が怯えて見つめる先――女はそれを見上げて、声にならない声で絶叫した。
口が裂けた女の子が、べったりとフロントガラスに貼り付いていた。
眼窩は腐り空っぽで、真っ黒な空洞が出来ている。裂けた唇は不気味に真っ赤で、爛れたように血が滴っていた。
「お友達に、なりましょう?」
五人はその声を聞いた瞬間、がっくりと恐怖に気を失った――。
結局、五人は校舎に入ることもなく、今回のオフ会もどきは終了した。
五人とも気絶し、目覚めたあとの記憶は、ひたすら逃げるように車を走らせていたものしかない。
ネットでこの体験はまたもや爆発的に広まり、山神様のおまじないと学校の廃墟は、当分の間人気心霊スポットとして賑わったという――。
無邪気な声が呪文を唱える。
「山神様、山神様――」
「いらしてください――」
「願いを叶えてください――」
「冬樹、」
「美佳、」
「真吾、」
「以上、三人が願い奉ります――」
「生贄をささげ、願います――」
「どうか、願いを叶えてください――……」
石ころ、葉っぱを中心に置いて、三人で手を繋ぐ。
図工室は深閑として、月のない真っ暗闇に沈んでいる。
美佳の首は相変わらずぽっきり折れて右に傾いているし、真吾は全身がぐにゃぐにゃしていて落ち着きがない。虚ろな瞳は感情がなく、ひたすら冬樹を見詰めている。
「夏穂ちゃんが、ずっと一緒にいてくれますように……お友達に戻ってくれますように」
冬樹がそう願った途端、石ころと葉っぱが割れ、裂けた。
冬樹の願いは山神様に届き、叶えられるのだろう。
嬉しそうに笑う冬樹の声が、図工室に甲高くこだまする。
この中に、彼女はもうすぐ――。
今でも、その学校は取り壊されず残っている。
廃村になり、誰にも忘れられ、心霊スポットとしても廃れたそこは、時折少女の楽しそうな声が聞こえるという……。
「お友達に、なりましょう」
了




