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その三

眠りから覚めると、授業開始五分前。まあまあ時間は潰せたな、と私は歩き、屋上の扉に鍵を下ろして教室に戻る。とはいえ、五限はロングホームルーム、いわゆる学級活動、と言うものだ。忌みのない進路活動か、くだらない学級交流や行事のグループ編成やら。この間は遠足、だったか。

修学旅行の班編成、なるものもさっさと一学期のうちに決める、と言う話であったから、今日あたりそれも決めるのだろう。ああ、面倒くさい。

いっそ、修学旅行も休みたい。金の無駄、時間の無駄、精神の浪費である。修学旅行と言うことで、男女ともにうかれまくる。そんな行事の中には、当然色恋も発生する。他人の色恋に興味はないが、、あのピンク色の空間を発生させるのはどうもいただけない。

そう言うこともあり、私は修学旅行になど行きたくはない。ほかの学校行事も極力目立たないよう、関わらないようにしてきた私のことを教師陣も熟知しており、マユおばさん経由で私に修学旅行は休むな、と言う圧力がかかってきた。直接言えばいいものを、マユおばさんに言うのだから、たちが悪い。

マユおばさんは、私の他人と接することへの忌避を知っているため、無理に言うことはないが、やんわりと私に行くように言った。

いつかくだらないことも、楽しかったと思える日が来る、なんて彼女は言っていた。それは、彼女の実体験だったのかもしれない。



とはいえ、私には知っての通り、友達はいない。一応クラスもの物と話したことは数える程度にはあるが、それだけ。赤の他人。向こうもこちらも触れない、それが暗黙のルール。別にシカトされているわけではない。だが、そう言うものなのだ。

結果、私はいつものごとく余る。仲良しグループで組めば、あまりが出る、ハブられる、と言うことがあることは担任もわかっているだろうに。それを解決する木もないくせに、私を参加させようとするのは、果たして教師としての使命感からだろうか?だとしたら、偽善も甚だしい。

大体、教師と言う職業自体好きではない。聖職者とは言うが、実態はそれとはかけ離れている。所詮人間、と言うことだ。しかし、それも仕方ないだろうなあ、と私は遠くを見て思う。モンスターペアレンツの相手をしなければいけないし、教育の質も下がっているのだ。教職者に何を望めばいいのか、何を教職者は・・・・・・・・・・などとくだらない、取り留めのない考えに沈む私の処遇を巡り、クラスは沈黙と無言の押し付け合いをしている。

そっちのグループ、一人少ないだろう、なによ、あんたたちのグループが多いだけよ、そっちから誰か組んであげなさいよ、などなど。

それを見て私ははん、と心の中で嗤う。人間こんなものだ、と。

議論が平行線のまま、十数分が過ぎたころ、一つのグループが私を班に入れる、と言うことで決着した。そのグループはこのクラスでも目立つグループであった。

担任の言葉に渋渋従い、彼らのもとに行く。


「よろしくね、大場さん」


邪気のない顔で私に真っ先に挨拶をしたのは、このクラスの中でもひときわ男子の人気が高い美少女、外川ほなみ。計算のない性格であり、内面はぽやぽやしている、所謂天然である。馬鹿っぽいが、これでも頭はいい方だ。学年でもトップクラスの学力、と言われている。

その隣の男子、優男っぽい雰囲気の眼鏡男子。名前は辻村幸人。名前の割に幸薄そうな顔であり、所謂装飾系男子、だろうか。外川ほなみとはずっと隣同士であり、それを多くの男子に妬まれている。体育は壊滅的だが、それ以外はそこそこできる、という説明に困る人物である。

その後ろにいる男子は、いかにもスポーツをしています、という感じである。このクラスの学級委員の片割れ、松田優斗。前の二人と比べると若干、得意教科と苦手強化で差があるが、それでも頭は悪くないだろう。性格もいいらしく、友達も多い。だが、果たして本当の友人はどれだけいるのやら。ただの八方美人に見えなくもない。

その隣、ショートボブの髪の女子。弓永カツミというのが彼女の名前であり、学級委員のもう一人である。可愛いというよりは綺麗、と形容したほうがいいであろう外見である。松田優斗、外川ほなみとは長い付き合いなのだという。私の観察している限りでは松田優斗に恋しているようで、正直あまり彼女と松田優斗には近くにいてほしくない、というのが私の偽らざる本音である。

心の中での毒を顔に微塵も出さずに、私はちょこんとお辞儀をして、黙って開いている席に座る。

グループでそこ行きたいか、とか話し合え、などと担任は言い、自分は席にドカリと座り、本を読み始めた。偉そうなものだ、と私は不満そうに担任を一瞥するが、すぐに視線を戻す。


黙り込む私に困惑した様子の四人は、苦笑いを浮かべ私を見る。普段話したこともない私とのコミュニケーションを取ろうとしているが、それは私の望むところではない。無言で手に持っていた本を広げ、読み出す。絶句する男性陣と弓永カツミ。そんな中、外川ほなみは私の読むその英語の本を見て、ぱぁ、と化をを輝かせる。


「大場さんもそれ読んでいるの?」


「・・・・・・・・・・・」


それ、はこの本を指すのだろうな。読んでいるの、と聞かれれば答えはイエスしかないだろう。何を聞いているんだ、こいつは。

私の目を受けても、ほわほわ笑っている外川ほなみ。私も呼んだよ、などと言い、でも日本語だったけどね、と苦笑する。


「最後の方とかロマンチックだよね・・・・・・・・・・って、あ、ごめん。まだ途中だよ、ね?」


ごめんね、というほなみ、それを見て私は「いや」と言う。ネタバレは別にどうでもいい。私は結局、この本を勉強のための手段としてしか見ていないからだ。


「それにしても意外ね、大場さん。そう言うの読むんだ?」


私がどういうものを読むと想像しているのかがよくわからない。


「大場さん、本が好きなの?」


それまで会話に入ってこなかった(来れなかった、の方が正しいか)カツミが言う。私はまあ、そうだろうし、無駄な会話をする手間を惜しんだので、素直に頷いた。

本と言う媒体は、様々な知識を居ながらにして与えてくれる。だから、それを読むのは無駄な「青春」やら「色恋」に現を抜かすよりも何千倍もましであり、有益である。

だが、恋愛ものが好きだと勘違いされてもかなわない。私は外川ほなみと弓永カツミを見ていった。


「言っておくけど、恋愛ものは大嫌い。だから、そういうのの話題を振ってくるのはやめて」


こういえば、彼女たちも「こいつ何言ってるの」と思うだろう。そうすれば、話しかけてはずだ。事実、そうやって私は今まで生きてきたのだ。

私の顔を呆然と見る二人の少女と、男子。ふん、と私は彼らを見た。

気まずい沈黙が流れる。私の拒絶の姿勢に、何も言えないのだろう。そのままチャイムが鳴って、LHRは終わる。

ああ、すっきりした。



夢を見る。

親に捨てられ、家は燃え、おばに引き取られた私を、周囲は変な同情の目で見ていた。けれど、その頃には軽い人間不信に陥っていた私を、同年代の子供たちは明確に避けるようになっていった。

子ども時代、というのはある意味大人社会よりも恐ろしいものである。子どもゆえに、打算のない邪気が存在する。そして、それはある種の異物を取り除こうと防衛を始める。私と言う存在をコミュニティから除外するのだ。

事件の前まで私を友達として見ていた子たちは、目を背けた。

不思議とそれを哀しいとは思わなかった。私はもう、愛されたいとも、友達がほしいとも思わなくなっていた。何もいらない。愛も友情も、なにもかも。

独りで生きる。そう、大人になったら、誰の手も借りずに、一人で。それだけの能力が自分にはある。それだけの努力をしていこう。そう決心した。

母のようにはならない、父のようにはならない。私はマユおばさんのように生きていこう。

だから、友達なんていらない。恋愛なんていらない。

いらない、いらない、いらない。私以外の誰もいない世界。そこがあるならば、私はそこに行きたい。

この世界から、いっそ消えてしまいたい。

そう考えることもあった。

首に手を充てた。脈打つ血。このまま首を絞めれば、私は死ぬだろう。死んだ先には、何があるんだろう。

知りたいと思う半面、それが怖い。独りになりたい、消えたいと望んでいるにもかかわらず、それを実行する意志も強さも私はない。

なんだかんだ言って、結局は私も弱い人間なんで、と思うと、夢の中の私は静かに眠りの波の中に消えていった。

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