第八話:ギルド出張所~科学者の弱点~
太陽が西の空に傾きかけてはいるがまだ明るい時間、昌憲たちを乗せた荷車を引くハティは川沿いのハンターギルド出張所にたどり着いていた。
出張所は先を尖らせ太い木を斜めに交差させた二メートルほどの高さのバリケードの中――一部は川に面している――にあり、バリケードには平原側と王国側に幅五メートルほどの簡易的な門が設けられている。
門には見張りのハンターが二人ずつ立っているが、昌憲たちが近づいてきたときは、大層な騒ぎになっていた。
見張りの叫び声と鳴らされたドラの音に、多数のハンターたちが槍を持って門に詰めかけたのであるが、荷車から叫ぶエーリッツェとエリーネがいたことにより騒ぎはすぐに収束する。
これは、昌憲としては「助かった」というよりは、「儲けもの」というのが正直な感想であり、騒ぎが起きたことで多数のハンターにハティのことが知れ渡り、そのハティを従えている昌憲にも箔が付くからであった。
ただし、騒ぎは収まったが問題もあった。
さすがにハティを出張所の敷地内に入れるのは止めてくれというのが、出張所所長ザッハドリッツェの言い分である。
しかし、それは用意周到な昌憲にとって想定内の事であった。
こんなこともあろうかと、昌憲が町や村にいるときのハティの処遇は考えてある。
それは、もともとの住処である平原の南に魔法で転送、すなわち送還することであった。
ハティが必要なときは召喚魔法で呼び出せばよい。
騎獣として従えることにさえ成功すれば、召喚しても襲われることは無い。
しかも、街中に入るときは送還すればいい。
これは、どうしても召喚魔法が使ってみたかった昌憲が、黒狼を騎獣にしようと決めていた時から考えていた事であった。
ハティの召喚と送還に関しては既に何回も行って訓練してあるので、ハティが驚いたり怖がったりすることは無い。
ここで、転移や転送、召喚などの転移系魔法について説明しておくと。
もともと、転移系魔法は、目的地が明確に分かっていないと成功しない。
たとえば転送――送り込むこと、送還――魔法は、送り込む物を送りつける場所に余剰次元を通ることでショートカットする魔法である。
よって送り出す座標、送り込む物、送り込む座標の三つを明確にイメージしなければならない。
この世界でも転移系魔法は使用されている。
しかし、一般的にその使い方はあらかじめ専用の転移先と転移元のスペースを決めて一方通行で行われているのだ。
そうしないと転移事故――転移先での衝突事故など、混ざり合ったりはしない――が起こる可能性が出てくる。
転移系魔法を使える高魔力保持者は自分の部屋に専用のスペースを持っている場合が多い。
送り出す場所、送り込む物、に関しては目の前にあるので簡単にイメージできるが、送り込む場所に関しては、当然見えないのでイメージしにくい。
そこで、昌憲は偵察に放った小型探査機を自分の眼として使うことにした。
送り込む場所の上空に、あらかじめ小型探査機を待機させておけば、送還魔法は簡単に成立するのである。
召喚する時もしかり、小型探査機で常に召喚対象を追尾していれば、何時でもどこに居ても簡単に場所が特定できる。
そう言う事情もあって、昌憲がハティを送還しても驚かれることは無かった。
むしろ、高魔力保持者であると、その場にいた者に認めさせる結果となったのである。
昌憲はハティの首を思い切り撫でて、荷車を引いてくれたことに報いると、その背を軽く二回たたいて平原の南へと送還したのであった。
ハティを騎獣として従えることで衆目の関心を集めることに成功した昌憲は、荷車に積んでいた荷、すなわち獲物としてしとめた黒竜を見せることでハンターたちの度肝を抜くことに成功する。
ついさっきまでハティによって引かれていた大型の荷車にかぶせられた大きな麻布を昌憲が引きはがした。
その時の反応は沈黙である。
エーリッツェとエリーネ以外全ての人間が目を剥いており、何名かは大きく顎を落としていた。
例外なくその場に固まって驚愕していたハンターたちは、次に昌憲が発した言葉によって覚醒し、やがてどよめきが広がって行く。
「この獲物を換金したいんだが、ここで買い取ってもらえるのか?」
しかし、大平原ハンターギルド出張所の所長であるザッハドリッツェは、目の前で起こっていることを素直に受け入れることができなかった。
昌憲の問いかけも聞こえてはいない。
ザッハドリッツェは、長年トップレベルのハンターとして活躍し、数多くの修羅場をくぐりながらも数多の獲物を仕留め、また、しとめられた獲物を見てきた。
が、目の前の荷車に横たわっている魔獣が、獲物としてしとめられた姿を見るのは初めてのことであった。
平原で黒竜に遭遇したことなら幾度かの経験がある。
その内何回かは仲間の犠牲によって窮地を凌いで逃げ延びてきた。
また、ある時は遠目で襲われているハンターを目撃したこともある。
黒竜とはそういった危険極まりない魔獣であるはずだ。
はるか昔に黒竜を倒した英雄がいたことは確かに伝説として残っている。
が、それはあくまでも語り継がれた伝説だ。
有りえない。
それがザッハドリッツェがたどり着いた結論である。
そしてザッハドリッツェは、さらなる思考の深みにはまっていった。
黒狼を従えているという事でさえ有りえないことに変わりないが、子どもの頃から飼い慣らしておけば可能性が無いわけではない。
成獣で、しかもあれほど巨大な黒狼を、あの若造が己の力で従えているというのならば話は変わるが……
昌憲はいくら待っても誰からも答えが返ってこないことに首を捻っている。
そして、エーリッツェの介抱をしながらも、それを見かねていたエリーネが助け舟を出してくれた。
「所長、ザッハドリッツェ所長! マーサ様がお困りです」
あまりの驚きについつい考え込んでしまったザッハドリッツェは、エリーネの大声で我に返ると、狼狽を隠すことさえ忘れて聞き逃した昌憲の言葉を聞き返してきた。
「すっ、すまなんだ。あまりのことに我を忘れておった。その、若いの。もう一度話してくれんか。ワシはこの出張所を預かるザッハドリッツェだ」
このとき、昌憲は不快感を感じるよりも、ハンターたちを驚かせることに成功した喜びを感じていた。
だからザッハドリッツェが犯した失態にも気分よく問い直す。
「この獲物を換金したいんだが、ここで買い取ってもらえるのか?」
その答えはやけにあっさりしたものであった。
「いいぞい。買い取ってやろう。ただし、出張所に大金は置いてないで振込みになるがの」
「そうか、それは有り難い。ところで、俺はハンターギルドには未登録なんだが、それでも大丈夫か?」
「気にせんでもえぇえぇ。今からでも加入できるし、加入せんでも買い取りはしておるよ。ただし、加入してくれたほうが高く買い取れるがの」
「それは有り難い。今すぐ加入するから手続きをしてくれ」
ザッハドリッツェの申し出に昌憲は嬉々としていた。
そして同時に、体は引き締まっているがどう見ても齢六十を超えていそうなザッハドリッツェが、最前線であろう出張所の所長の任についているのかも理解した。
このとき、昌憲はザッハドリッツェの戦闘能力値を密かに計測していたのだ。
そして、その緑色の数値は千二百を超えていた。
昌憲が以前計測していた最前線で活躍するハンターの平均戦闘能力値は五百程度だ。
それを考えると、ザッハドリッツェの示す数値は驚異的である。
あまりにも見た目の年齢とかけ離れていた。
しかし、それはもともとザッハドリッツェの魔力が高かったからだろうという結論に達したのだった。
ギルド事務所へと若いハンターに案内されながら昌憲はそんなことを考えていた。
昌憲が事務所へと案内されていったあとに、黒竜が載る荷車と共に残されたエーリッツェとエリーネから、ザッハドリッツェに仲間六人の死と、昌憲に助けられた経緯が説明された。
その場に残ったハンター達に悲しみが広がっていく。
しかし、ハンターを生業としている者たちにとって、死は身近に付き纏う日常であった。
彼らは最果ての森へ行くことの危険性と、遠征隊が死を覚悟して遠征していたことを知っている。
そして、黒竜に襲われるという不運にみまわれてなお四名が生き残り、あまつさえ貴重な薬草や食材を持ち帰ったことを称えたのであった。
そして、居合わせたのが偶然であったとはいえ、黒竜を倒して四名の命を救った昌憲の功績を称えようと宴の準備が始められたのである。
大陸の南方に覇を唱える大国、アルガスト王国人の国民性は、ありていに言えば豪胆。
いちいち他人の出生など気にしないし、功を示せばその栄誉を盛大に称える。
こうして、昌憲はハンターたちに竜倒の英雄として迎え入れられたのであった。
事務所でハンターギルドに仮登録――仮登録でも加入は認められ、本登録と入金はアルガスト王国内のギルド支部でメンバーズカード発行と同時に行われる――した昌憲は、有無も言わさず宴へと連れ出されてしまう。
仮登録をしている間に陽はとうに暮れ、夜空には小さい二つの月が輝いている。
その間に、死亡した六名追悼の儀式が広場で厳かに執り行われた。
そして儀式の後、宴はハンターらしく豪快に、儀式が終わった広場でたき火を囲んで既に始まっていた。
昌憲は空けられていたザッハドリッツェの隣へ案内されると盛大な歓迎を受けることになる。
「竜倒の英雄、マーサ様のお出ましだぁ! 皆の者ぉ、杯を掲げよ。黒竜討伐の栄を称え、奮戦の末惜しくも散りし英霊を送ろうぞ」
ザッハドリッツェの音頭によって盛大に燃え盛る焚火の炎を車座に囲んだハンターたちが盃を掲げた。
そしてアルガスト王国のハンターたち伝統の、乾杯の掛け声が一斉にあがる。
「イー・リッツ・キーム!!」
杯を掲げたハンターたちが一息にそれを飲み干した。
そして、昌憲に向けられた盛大な拍手と怒号のような荒々しい歓声が、パチパチと燃え盛る焚火の音をかき消していった。
焚火の炎に照らし出された昌憲は、右手で頭をかく仕草で照れくさそうにしていたが、収まらない拍手と歓声に両手を上げてしばらく応えると、ザッハドリッツェに手引かれて腰を下ろす。
ザッハドリッツェに勧められて昌憲も杯に透明な酒を注がれるが、当然日本でいえばまだ未成年の昌憲が酒を飲んだことは無かった。
恐る恐るその匂いを嗅いだ昌憲は、どぎついアルコール臭に思わず顔を背ける。
「なんだ、酒はダメなのか?」
残念そうに聞いてくるザッハドリッツェに、昌憲は見栄を張って「そんなことは無い」と一息に飲み干そうかとも考えたが。
両親ともにビールの一杯で顔を赤くしていたことを思いだして思いとどまった。
――ヤバい、ヤバい事になったぞ。この匂い、色から考えるにどうみてもこの酒は蒸留酒の類だ。飲んだら確実に酔いつぶれる自信がある。ああ、匂いをかいでいるだけでクラクラしてきた。英雄たるものが酒に呑まれるなどあってはならない。考えろ、考えるんだ。このピンチを華麗にやり過ごす手段を・・・・・・
などと焦りながらも、しかし超高速フル回転で脳内問答を繰り返した結果の演説が以下である。
「ふっ、俺は酒を飲まない。確かに酒を飲めば辛いことを一時的に忘れ、楽しい時は気分を高揚させてくれる。だがしかし! 俺はそんなものに頼るような弱い人間ではないのだ。辛かろうとそれを正面から受け止め、楽しい時は素で楽しさを受け入れる。俺は簡単に酒に逃げるようなことは決してしない。それが俺の信念だ!!」
拳を握りしめて力説する昌憲であったが、その言葉は当然本心から述べられたものではない。
恐らく、いや確実に飲めないであろう酒を飲まずに済ませるために、即興で創作した屁理屈であった。
「つまらん奴だの」
しかしザッハドリッツェは、まるで昌憲が本当に酒が飲めないと見透かしたかのようにそうとだけ言って、持っていた杯をグイとあおり、そしてニヤリと笑った。
「飲めんなら飲めんと素直に言ったらどうだぁ」
「いやいや、それは違うぞ。俺は飲めないのではないのであって、信念で飲まないだけなんだ」
「分かった分かった。ところで聞きたいんだがの。お前さん、アトロとかいう女を知っとるか? つい一陽ほど前にフラっと現れて、アっという間に去っていったんだがの。桃色の髪をした色の白い小柄な女で、これがもう可愛いの何の。まぁ、それは置いとくとして、お前さんには劣るが、女の身で茶毛竜をしとめて持って来おった。その女、どうにも雰囲気がお前さんに似ておっての」
一陽とは、この世界での一か月に相当する区切りの期間で基本三十七日間であり、十陽で一年――三百七十二日――である。
二つの小さな月が惑星の自転と同期しているこの世界では、月は常に一定の位置にあって動くことが無く、基準にはならない。
したがって暦は全て太陽基準であり、冬至が一陽一日である。
昌憲の心境は、ついさっきまでの焦りに焦っていた心境から、見破られた恥ずかしく悔しいものへと移り、そしてザッハドリッツェからアトロの事を聞いたことで「グッジョブ」とアトロを賞賛するものへと移り変わっていた。
アトロ自ら考え担った役割――強い魔獣をしとめて目立つこと――は、いわゆる「斥候」的なものなのであるが、目立つことによって起こる不都合をあらかじめ察知し、対策をとるための材料とすることが目的である。
アトロが事を起こしてから一陽弱、噂は大陸中に拡散していったが、捜索隊が組まれたり氏名手配されたりすることは無かった。
それは小型探査機による調査で既に分かっている。
捜索隊を組まれるでも指名手配されるでもなく、今日、ザッハドリッツェの口からアトロの事を聞かれたという事は、調査してはいるが、怖がられて魔女狩り的な捜索は行われていないと昌憲は判断した。
それならばと、酒の件で辱められた気分を晴らすためにも、ザッハドリッツェを驚かせてやろうという心算が芽生えたのであった。
「知っているも何もアトロは俺の家族だ」
この、アトロは俺の家族だ発言に、ザッハドリッツェはさぞ驚くことだろうと期待していた昌憲は肩透かしを食らうことになる。
当のザッハドリッツェの反応は、得心がいったと言わんばかりの納得顔であったからだ。
しかし、昌憲は予想外の反応を別の男から受けることになった。
昌憲の発言を密かに聞いていた男。
骨折でもしているのだろう、左腕を三角巾のような薄茶色の布で固定した、体格の良い男が昌憲の前に真剣な表情で歩み寄ってきたのだった。