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第四話:サバイバル生活~森の恵み~

「ん――っ、ふぅ」


 頂点に達した太陽が発する暴力的な光と熱のエネルギーに叩き起こされた昌憲は、大きな伸びをしながら上半身を起こし、意識を覚醒させる。

 太陽の位置からすると四時間ほど眠っていたようだ。

 昌憲は下ろしていたザックの位置まで這いよると、持ってきた水筒と携帯食の乾パンを取り出し、軽い昼食をとった。

 乾パンは日本ではあまり食べられなくなって久しいが、日持ちが良くかさばらないので昌憲のお気に入りだ。

 薄味でしつこくなく、小麦本来の味が楽しめる。


 そんなことはさておき、気長に黒狼と向き合う事を決心した昌憲は、今いるこの場所を拠点としてしばらくこの辺りで生活していこうと考えた。

 しばらくと言っても半月程度ではあるが、相手が人とは違いその意思が読めないのであくまでも予定だ。


 持ってきた皮のザックには小鍋やカップなどの携帯用の調理用具は入っているが、拠点とするためのテントなどの簡易住居や、普通の大きさの鍋やフライパンなどは入っていない。

 そうとなればやることは簡単で、アトロに通信を送り、撥水加工が施されたくすんだ草色の布製小型テントと、小型の吊り鍋、まな板を転送してもらった。

 そして、自称オリハルコンの槍を使って周りの草を刈り、テントと簡易的なかまどを設置するスペースを作る。

 草を刈ったあと特有の青臭い匂いが辺りに漂うが、なんだか新しい生活が始まる新鮮さを感じ、不快ではなかった。

 それが終わると、テントを張り、手ごろな大きさの石を集めてかまどを作った。

 ここら辺り一帯が草原なので、石を探すのには手間取ったが、かまどを作るためには必要なものだ。


 作業が終わるとザックの中から、レンガの半分ほどの大きさの黒い直方体を取り出し、魔力を送り込んだ。

 この黒い直方体は、昌憲が仮眠する前に使った、光と音と熱と匂いを外側に向かってのみ遮断する結界を展開する言わば魔道具――中身は地球の最先端技術や昌憲しか知らない未公開技術が凝縮された、電気電子機器なのだが――である。

 これで心置きなく、この場を離れて狩りや野草などの食糧集めができる。

 常日頃から鍛えているだけあって、四時間の睡眠で体力もほとんど回復していた。


「さて、と」


 自称オリハルコンの槍を持ち、サバイバルナイフを腰に装備した昌憲は、結界から出ると南の大森林へと向かった。

 自称覇者の剣は結界の中に置いて来てある。

 それは、狩猟をする際には槍や弓、ナイフなどのほうが剣よりも適しているからだし、何より森の中では剣を振りづらい。


 単純に肉だけを求めるのであれば、遠目が効き移動しやすい平原の方が狩りをしやすいのであるが、森には平原にはない野草や木の実、果実、キノコが自生しており、当然であるが様々な獣や魔獣も生息している。

 ここに留まるのが短期ならば、当座のカロリーさえ補給してやればよいので、平原で獣を狩ればことは済むのであるが、黒狼を騎獣にするためにあるていど滞在するとなれば、栄養価を考える必要が生じるのだ。

 そう考えれば、食材の豊富な森へ向かうのが道理だろうし、豊富な食材を用いて美味いものを食いたいという願望もあった。


 草原を森のふちにそって東へと歩いていく。

 西でも良かったのだがなんとなく東を選んだ。

 草原近くの森は、背の高い木と背の低い木がまばらに生えており、背の高い雑草も多い。

 そのまま分け入れば、歩くのにも苦労するだろうし、何より見通しが効かない。

 そう思った昌憲は、獣道を探していた。

 そして、しばらく歩くと目論み通り獣道を見つけ、森の中へと入って行った。

 食材を確保することが目的なので、あまり奥へと分け入るつもりはない。

 そのためであろうか、森の中には木漏れ日が所々に射していて、視界はすこぶるよろしかった。

 森の中は草原と比べれば涼しく、木々の匂いも心地よい。

 昌憲の耳にはがさがさと落ち葉を踏みしめる音と、鳥や獣の鳴き声だけが聞こえていた。

 

「これは確か……」


 獣道の脇の朽ちた倒木に、数本の天狗茸に似た茶色のキノコが生えている。

 昌憲はコートの内ポケットからスマートフォン型の端末を取り出すと、キノコを撮影し、屋敷にいるアトロへと通信を繋いだ。


「アトロ、調べてほしいものがある。今から送る映像に映るキノコは食べられるのか?」


『今調べますから少し待ってくださいね――』


 結論を言うとこのキノコは食べられるそうだ。

 しかもかなり美味いらしい。

 初食材ゲットに浮かれていた昌憲に、アトロはさらなる情報をもたらした。


『そのキノコはハンターギルドに持っていけばかなりの高値で売れますよ。その大きさですと一本小銀貨二、三枚です。余ったら干して乾物にしておくと保存も効きます』


 それを聞いた昌憲は嬉々としてキノコを採取したのだった。

 小銀貨二、三枚といえば日本円にして二、三千円である。

 量もかさばらないことだし、みすみす見逃す手は無い。

 ちなみに、今昌憲とアトロが行った通信は魔法によるものではなく、静止軌道上に浮かんでいる探査装置を介した、電波を使った無線通信だ。

 無線が使えれば魔法が使えないような状況に陥っても、連絡が取れるので保険になる。


 一旦通信を終えた後も、昌憲は食べられそうな野草や木の実、果物やキノコを見つけてはアトロに調べてもらい、次々に食材を入手していく。

 そして、耳の短いウサギと言ったら分かりやすいだろうか、ウサギとネズミを合わせたような、体長五十センチほどの小動物を出会いがしらに槍で仕留めた。

 その直後、昌憲が仕留めた獣を追っていたのだろう中型の獣が音もなく姿を現す。

 足の短いしなやかそうな体つき、金色に近い明るい茶系の体毛、体長は二メートルほどで、特有の黒い斑点は無いが、ネコ科の肉食獣ヒョウに似ている。

 今日食う分の獲物はもう仕留めてあるので、眼前で身を屈め、今にも飛び掛かってきそうな体勢で体毛を逆立てて、威嚇してくるヒョウに似た獣を殺す必要はない。


 昌憲は驚かせるために大げさに魔力を解放し、威嚇を続ける獣に向かって、主義に反するが無詠唱で空気を圧縮し、それをはじけるように膨張させて、拳銃の発射音のように甲高く響く大きな音と熱せられた大気を放った。

 ヒョウに似た獣はその強烈な音に驚き、脱兎のごとく逃げ去って行く。

 覚悟を決めて異世界に来た以上、敵対する人や獣を殺すことに罪悪感や戸惑いは無い。

 しかし、不必要な殺生をする必要もあるはずがなかった。


 静けさが戻った森の中、仕留めた獣の首を落として血抜きをし、内臓を処分する。

 おそらく、内臓も上手く調理すれば美味いのであろうが、この世界の食糧事情に詳しくないうちは自重した方が良いと考えた。

 動物を捌くのは初めての経験で、精神的にキツイものがあったが、慣れていかなければならないと、躊躇することなく作業を進めた。

 そして、とりあえずはこれで十分であろうと、食材の調達を止めて来た道を引き返したのだった。

 背に担いだ麻袋は既に食材で膨らんでおり、右手に持った獣を合わせると、獣道を二時間ほど歩いただけだったが、十分な食材を調達できたことに昌憲は満足している。


 テントまで戻った昌憲は、一旦荷物を置いて森に戻ると、薪となる枯れ木や枯れ枝を集め、それをかまどに投入し、調理に取り掛かった。

 獣の皮をはぎ、肉を切り分ける。

 そして、かまどの枯れ枝に魔法で火をつけると、残った骨をかまどの炎で軽い焼き目がつくまであぶり、鍋に水と共に入れて煮立ててダシを取る。

 骨とその回りに残った肉をあぶっておくことで、香りのいいダシが取れるのだ。

 ダシをとっている間に野草やキノコを水洗いし、適当な大きさに切っておいた。

 近くに飲料に適した水場は無かったので、水は魔法で探査した地下水を転移させて利用している。

 

 大量に手に入れたキノコは、軽く水洗いしたのち、今日食べる分以外は乾物にするために、テントの上に干しておいた。

 最後に切り分けた肉を適量薄くスライスし、下ごしらえの完了だ。

 下ごしらえした材料はテントに入れて陽が当たらないようにする。


 ダシが出るまではまだ時間がかかると思い、草原に寝転がり頭の後ろで手を組んで枕にし青空を眺める。

 陽はまだ高く、日没までにはまだ時間があった。

 数百メートル向こうには、姿までは識別できないが――識別しようと思えばできるが、する必要も無かった――黒っぽい獣の大群が草原を移動している。

 おそらくこの辺りの肉食獣の餌になっている草食獣であろう、などと考えている間にも、空には恐ろしく巨大な飛竜が飛び交い、ここが地球ではないことが実感できる。

 こんなことからも、剣と魔法の異世界に来ることができたんだな。

 などと思いに耽っていた昌憲は、ふと、思い出したように通信を繋いだ。


「アトロ、聞こえるか?」

『……なんでしょうか、マーサ』

「ああ、大事なことを言い忘れていたよ。例の計画をそろそろ始めてくれ」

『了解。ではIALARWを起動させます』


 と、アトロに用事を伝えた所で昌憲の腹の虫が盛大に鳴り響く。

 空腹は最高の調味料だとは言うが、どうしても我慢できなかった。


「仕方が無い。先に肉でもつまむか」


 ダシを取るにはまだ少し時間が掛かるので、昌憲は先程切り分けた肉を少量焼いて食うことにした。

 小枝をナイフで削り長さ五十センチほどの串を作る。

 そして、厚さ三センチほどに肉を少し切り分けて串に刺し、持ってきている塩とコショウを少量かけて、かまどの火にかざし、遠火で炙りはじめた。

 ジュウジュウと旨そうな音を立てて肉が焼けていく。

 焼いているあいだ、香ばしい肉の匂いが鼻腔をくすぐり、否が応でも食欲を増強させるが、ここは我慢のしどころだった。

 寄生虫や有害なウィルスがいると怖いので、完全に火が通るまで焼く必要がある。

 空腹に負けて病を貰うなどあってはならない事であった。


「ここが踏ん張りどころだ、俺の腹の虫よ、もう少しだけ我慢してくれ」


 ご馳走を前に待てをくらったパブロフの犬状態の昌憲であったが、何とか耐え、ほどなく肉が焼き上がる。

 そして焼きあがった肉をおもむろに頬張った。


「あちっ!」


 冷ましもせずに慌てて焼けた肉に噛り付いたため、口の端を少し火傷してしまった。


 しかし、そんなことを忘れさせるほどに、美味い肉だった。

 完全に火が通るほどに焼いたにもかかわらず、ジューシーでとても美味い。

 しかも臭みがない。

 遠火で炙ったおかげで、表面がパリッと焼けて中の水分蒸発を防いだのだ。

 肉は臭みも無く歯ごたえがあり、硬すぎず柔らかすぎず食感も良い。


 話は逸れるが、もともと昌憲は、サシが多めに入った高級和牛を美味いとは感じない方だった。

 いくら柔らかく甘みがあろうが、油は油であり、カロリーとしてはいいが体には良くないし、何より脂っこ過ぎて後口が悪い。

 ましてや、体を鍛えている昌憲にとって、動物由来の油は避けるべきものであったのだ。

 そんなこともあって、脂肪の少ない筋肉質な肉は昌憲の大好物であった。

 そういう脂肪の少ない肉は、火を通すと得てして固くなり過ぎる傾向にあるのだが、この肉は焼いても固くなり過ぎず歯切れが良くて、しかも美味い。


「これならコショウとか香辛料が無くても美味いだろうな……」


 少しだけ肉をつまみ空腹感を和らげた所で、もうそろそろいいかとダシを取っていた骨を鍋から取り出す。

 そして下ごしらえの済んだ肉や野菜、キノコを鍋に放り込んで煮込んでいった。

 そのあいだに小枝を削って箸を作っておく。

 鍋から旨そうな匂いが漂ってくると、最後に塩と少しのコショウで味をつけてひと煮立ちし、野草と肉とキノコの鍋が出来上がった。

 鍋をかまどから下ろし、行儀は悪いが鍋からそのまま、箸で摘んでハフハフと頂く。


 もともと昌憲は、異世界に渡るための研究と、戦うすべを身につけるための鍛練に重きを置いて地球で過ごしてきたので、料理のレパートリーは非常に少ない。

 骨を使ったダシの取り方はアトロに習ったばかりである。

 料理は人心を掴む絶大なる手段であることは間違いない。

 幸い地球のウェブデータは、そのほぼ全てをアーカイブ化して屋敷のデータサーバに保存してあるので、そこから検索すればレシピは幾らでも手に入る。

 包丁さばきなどの調理技術は心もとないが、訓練すれば済むことであるし、それがダメなら現地の調理人にレシピを伝授すればいい。


 食べながらそんなことを考えていた昌憲は、現時点で基本的に簡単な味付けをして、焼く、炒める、煮る、茹でる程度の事しかできないのであるが、新鮮な食材で作ったこの鍋料理が不味いはずはなかった。

 さらに、こうやって野外で鍋料理を食うというのは、ことのほか美味いもので、多めに作ったにも関わらず、瞬く間に完食してしまった。


 気がつけば、いつの間にか西の空が赤く染まっている。

 鍋料理を食って汗をかいたこともあるが、気温も幾分下がってきたようで、そよぐ風が何とも気持ちいい。

 テントから少し離れた草原の斜面に草原に腰を下ろした昌憲は、陽が沈み星が出るまで空を眺めていたが、心地よい満腹感と黒狼と力比べをした疲れから誘うような睡魔に襲われ、テントに入ると気を失うように眠りに就いたのだった。


 明日もあの黒狼と力比べだ。

 何としても従えてやる。

 その熱い思いを胸に秘めて。

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