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第三話:攻略の始まり~相棒を求めて~

 森が終りを告げ、広大な草原が広がっている。

 遥か地平線まで続く草原の東方には陽が顔を出し、朝陽が広大な森とその後方にそびえ立つ巨大な山脈を照らしていた。

 その森と草原の境に忽然と十字の闇が現れ、そこから一人の男が歩みだす。

 そしておもむろに前方を指差した。


「くぅー、いよいよ冒険の始まりだ。待ってろよ!!」


 それが誰に向けられた言葉であるのかは、分からない。

 これから始まる冒険への期待から、昌憲は興奮を抑えることができなかった。


「さて、最初の目的地はこの大陸最南端の国にあるハンターギルドだ。だがその前にやることがある」


 そう一人ごちた昌憲は周囲の気配を探った。

 気配を探ると言っても生物の気や鳴き声を探っているのではない。

 自らの魔力を周囲に薄く拡散させ、それに干渉する魔力を探っているのだ。

 言わば魔力のレーダーである。

 なぜそんなことをしているのか?

 何も安全を確保するために、外敵が近くにいるのかを確認している訳ではない。


 当面の目標はハンターギルドに加入登録し、ハンターとして活動することである。

 しかし、ただ単純に加入するわけにはいかなかった。

 加入するからには、インパクトをもって自身を認めさせなくてはならない。

 そのためには、討伐困難と言われる魔獣をしとめ、それを手土産にする必要がある。

 以前にアトロがしとめた地竜と呼ばれる魔獣は、ハンターギルドに衝撃を走らせたらしい。

 よってより目立つためにはそれ以上の魔獣をしとめ、持参する必要があると昌憲は考えたのだ。

 しかし、昌憲が今探しているのはしとめるべき魔獣ではない。


 地竜は全高四メートルほどの肉食恐竜に似た魔獣なのだが、それを超える大物をしとめ、持って行かなければならない。

 と、昌憲は考えている。

 そのためには獲物を運搬するための手段が必要である。

 ただ運搬するだけならば空間魔法を使って亜空間、つまりは余剰次元による空間に獲物を収め、運べば合理的だ。

 しかし、それではインパクトに欠けると昌憲は判断した。

 ならば、一般的には手なづけられないような強い騎獣を従え、それに獲物を運搬させればよい。


 そう、今、昌憲は騎獣にすべき魔獣を探していたのである。

 この世界の騎獣は馬に似た体高二メートル弱、全長三メートル強の哺乳類である。

 地球の馬よりは顔が短く、がっしりとした体格であるが、そのまま馬と呼んでも差し支えない。

 さらにその上位種として、頭部に二本の角をもつ馬型の魔獣を騎獣にしている猛者も確認しているが、それを超える騎獣を手に入れたい。

 そう考えた昌憲は、山脈の北側に位置する森と草原の上位種の中から、小型探査機を使って騎獣に適した強い社会性を持つ魔獣を探し出していた。


「いた」


 草原の西を注視していた昌憲が、朝陽を背に受け走り出す。

 常時身体強化魔法をその身に使用している昌憲の駆ける速度は、全力を出さなくとも時速百キロメートルを余裕で超えることができる。

 魔力レーダーの反応は西方二十キロメートルほど。

 全力走ではない今の速度で走り続けても十分ほどの距離だ。

 時折足に草が絡みつくが、身体強化が掛かっているおかげで苦も無く走り続けることができている。

 それよりも今、昌憲が気になっていることは、朝露のせいで靴の中がぐちょぐちょになって気持ち悪い事だった。


 そんなことはさておいて、昌憲が察知したとおり、走り始めて十分ほどで目的の魔獣を視界に捉えた。

 その姿は漆黒の毛並みにシャープで精悍な顔つき、四肢は細くも無く太くも無く力強い印象を受ける。

 隆起した分厚い胸板のその上には、ピンと立った耳をこちらに向けた狼の顔があった。


 全高は三メートルを超え、体高は約二メートル、体長にたってはその美しい尾を含めなくても五メートルを超えている。

 速度を落として正面十メートルほどまで近寄り、槍とザックを背から下ろした昌憲を三メートル超の高さからうなり声を上げ見下ろしていた。

 明らかに威嚇しているようであるが、すぐに襲ってくる気は無いようで、昌憲の様子を伺っているようだ。

 昌憲は敵意は無いという意思を込めて視線を外し――もちろんその他の全神経と魔力を漆黒の巨狼に向けているが――胡坐をかいてその場に座り込む。


 今、視線を外されたことにより十数メートルの距離をとり、威嚇を解いて伺うように昌憲の周りを歩き回り、彼を意識している漆黒の巨狼を騎獣に選んだのには理由があった。

 個体の強さだけで言うならば、黒狼よりも強い種は幾種か確認が取れている。

 しかしそれは、体格的に騎獣とするには向かない種であったり、気性が荒すぎたり社会性が無かったりした。

 人を乗せて走ることができ、力持ちで足が速く、強い社会性を持つことが騎獣の絶対条件である。

 人に懐きやすく、怯えにくく、落ち着いた性格をしていれば尚よい。

 そういった種の生息は魔獣に限らず数種類確認が取れているが、昌憲が求める騎獣はその上で戦闘能力が高く、騎乗した時に見栄えが良いものでなければならない。


 今接触を試みている黒狼は人に懐きやすいとはとても言い難いが、強い社会性を持つことが確認できているし、戦闘能力も力強さも足の速さも申し分ない。

 昌憲が開発した、戦闘能力の目安――漏れ出る魔力と体格から読み取った筋力をパラメータとする――を計測する装置が、警告を意味するオレンジ色の数値を視覚野に表示している。


「戦闘能力値一万二千か」


 黒狼の戦闘能力値一万二千に対して、昌憲の戦闘能力値は身体強化を施した上で一万程度である。

 数値的には黒狼のほうが上であるが、武器が使える昌憲と使えない魔獣とでは、本気の殺し合いになった場合は昌憲に分があると言えた。

 しかし、昌憲は黒狼を殺しに来たわけではないのだ。

 武器を使うわけにはいかなかった。


 どうしてもこの黒狼を騎獣として従えたい。

 そう昌憲が思ったのは、なにより重要な事であるが、見た目が最高にカッコよかったからである。

 それはまさに彼が望み、求めた存在であった。

 黒狼は求める騎獣として最良の素材――彼がそう思っているだけなのであるが――ではあるが、先に示した戦闘能力から見ても、容易に騎獣とすることは出来ないであろう。


 そも、彼ら黒狼にとって、本来人間種は食料であり敵であるからだ。

 例えば単独で行動している人間ならば、それがいかに強かろうともただの食糧であり、例えば騎士団や軍隊のような多人数で攻撃してくる人間は敵であった。

 今までは。

 しかし今、黒狼のすぐ傍で胡坐をかいて座っている人間からは敵意も、そして怯えも感じ取ることができない。

 そんな変わった人間に、黒狼は周りをノシノシと歩きながら戸惑っていた。


 もしここで少しでも昌憲が怯えを見せれば、黒狼は彼を餌だと判定するだろう。

 そうなれば即座に襲いかかってくるはずであり、この黒狼を騎獣にすることは夢と消える。

 今、昌憲の周りを歩いている黒狼は、この辺り一帯に生息する複数の群れを纏め上げる存在であり、ボスの中のボスである。

 強さや賢さ、それに体格は黒狼の中でも飛びぬけていた。

 何も知らない人が見れば、この光景は絶望的なものであろう。

 しかし、昌憲には絶対の自信があった。

 それは、昌憲には科学の力というチートな奥の手が存在しているからである。


 先に述べたように、武器を使いただ勝つことだけを考えれば、それほど難しいことではないことは既に分かっている。

 しかし、騎獣にするためには黒狼に傷を負わせることは出来ない。

 魔力による圧力と腕力のみで力を示さねばならなかった。

 そういう意味では、奥の手も含めて五分の勝負である。

 だから、もし騎獣化できないようであるならばその時は諦めて武器を使おう。

 昌憲はそう考えている。


 しばらくは様子を伺っていた黒狼であったが、全く動じることが無い昌憲との距離を少しずつではあるが縮めてきた。

 時間をかけて触れる位置まで昌憲に近づいた黒狼は、クンクンと匂いを嗅ぎ始める。

 そして、ついに昌憲にちょっかいを出しはじめた。

 初めのうちは前足で軽く触れる程度。

 それが次第にエスカレートしていった。

 ある程度まで自由に弄ばれていた昌憲であったが、やがて応戦をはじめる。

 身体強化の出力を極限まで上げ、黒狼の体を触り、そしてじゃれ合いにもつれ込んだ。


 体長五メートル超の黒狼と二メートルに満たない昌憲では体格に差がありすぎるのだが、主に前足や顔を使ってじゃれ付いてくる黒狼に、昌憲は体全体を使ってじゃれ返している。

 最初のうちは黒狼が主導権を握っていたそのじゃれ合いの主導権は、時間と共に昌憲へと移って行った。


 じゃれ合いが始まってから三十分ほど経過した今では、地に体躯を横たえた黒狼に対して、昌憲が上から攻めている。

 順調に事が運んでいるようであるが、しかしこの時昌憲は焦りを感じはじめていた。

 それは、昌憲が既に奥の手を何度か使っていることもあるが。

 疲れ知らずの黒狼に対して昌憲の息が上がってきたからである。

 身体強化魔法によって、体力の消耗は極限まで抑えられているはずであった。

 しかし、現実とは厳しいもので、その予測は裏切られる事になる。


 そもそも、昌憲の体に埋め込まれた余剰次元干渉装置、つまりは魔力の源になっている装置のエネルギー源は水素そのものである。

 体内の水分に含まれる水素の質量をエネルギー供給装置――地球滞在時に開発を終えていた装置であるが、既に資金に余裕があってために世間には公表していない――でそのままエネルギーに変換し、余剰次元干渉装置に送り込んでいるのだ。

 これは、かの有名な公式――エネルギーは質量と光速の二乗の積に等しい――に基づいたものなのである。

 いかにこの世界が容易に余剰次元に干渉できるとしても、魔法を使うためには魔力が必要であり、魔力はエネルギーと等価であって、それはエネルギー保存則に支配されている。

 つまり、魔法を行使するという事はエネルギーを使う事であり、そのエネルギーは仕事として消費される。

 そして仕事の効率が百パーセントになることなどは、あり得ないのである。

 確かに、昌憲の体に張り巡らせてある魔力繊維の魔力伝導効率は百パーセントに近い。


 しかし、それによって行使された魔法――この場合は身体強化――は彼の肉体を介して黒狼へと伝わっている。

 そして、肉体を介して伝えられる時に、かなりのロスが発生しているのである。

 ロスが発生すればどうなるか?

 それは熱エネルギーとなって体外に放出されるのであるが、その時に昌憲の肉体も当然温められてしまう。

 そしてその熱は昌憲の体力を奪っていくのである。


「くそッ、このままじゃマズイな」


 奥の手を使うことで、力では僅かに上回っているが、黒狼にこれほど体力があるとは思っていなかった。


「だけど、これくらいのことで諦めちゃぁだめだよな」


 地球において、昌憲は多大な功績を成功という形で残している。

 しかしその成功の裏には、それ以上の失敗も経験しているのだ。

 そんな昌憲がこれくらいのことで音を上げることはない。

 そして、昌憲の性格。

 それは慎重すぎるほどに繰り返される思考と、それに基づいた下準備に裏打ちされていた。


「まさか使うことになるとは思ってもみなかったが……」


 そう一人ごちて、昌憲は両手首の白銀に輝くブレスレッドに魔力を流し込んだ。

 その瞬間、昌憲の腕力が飛躍的に上昇する。

 そう、両手首に装備していたブレスレットは身体強化専用のブースターであった。

 奥の手第二段である。

 既に使っている奥の手第一弾は、魔力そのもののブースト作用である。

 これはエネルギー変換路に最初から組み込んでいたもので、一時間程度の連続使用ならば安全性も確認してあった。

 しかし、一般的にはブースターというものは総じて効果時間が短く、リスキーなものである。

 例にもれず、昌憲が使った腕輪型のブースターもその効果時間は一分強であり、急速に体力を消耗するリスクがあった。


 昌憲は焦る気持ちをその意思で強引に抑え込み、勝負に出た。

 地に背をつけている黒狼の首筋にしがみ付く。

 そして、体を回転して強引に黒狼を伏せの体勢に持っていき、頭部に両手を回して強固に固定し、起き上がろうとする黒狼の動きを上から制した。

 残された時間は一分ほどである。

 その間に黒狼を腕力で制圧しなくてはならない。

 昌憲は全力で黒狼を押さえつける。

 そして時が過ぎ、ブースターの効果が弱まったのを感じ取ると、押さえつける力をフワリと弱め、黒狼の体から離れて座り込んだ。

 その瞬間、黒狼は立ち上がり、まだ遊び足りないと言いたげに昌憲の体を鼻先で押してくるが、既に昌憲の体力は尽きかけていた。


「おいおい、まだお前は遊び足りないのか。俺はもう限界だよ」


 昌憲はそう言って、尚も押してくる黒狼の首筋を乱暴にワシャワシャと撫でる。

 そして黒狼はというと、体力を使い果たした昌憲に飽きたようにその場から離れていってしまった。


「まぁ、はじめからいきなり上手くはいかないよな……」


 少し悲しそうに一人ごちた昌憲は走り去っていく黒狼を見送ると、じゃれ合いという名の力比べによって押し倒された雑草の上に、光と音と熱と匂いを外側に向かってのみ遮断する結界を張って、ひと眠りするのだった。


 今日の所は目的を達成するに至らなかったが、たった一回の失敗で諦めるような昌憲ではない。

 ファーストコンタクトで黒狼を騎獣にすることには失敗したが、そんなことはある程度予想できていた。

 それというのも、小型探査機で観察していた時に分かったことであるが、群れの上下関係が入れ替わるときは、本気で噛みついたりして命を懸けて戦うという事を、黒狼はしていなかった。

 何度も何度も力比べをし、次第に上下関係が形成されていくのである。

 本当はスマートに一回で決めたかったのであるが、気持ちを切り替えて根気よく黒狼と向き合っていこうと、昌憲はこの時薄れゆく意識の中で決心したのであった。


 横たわる昌憲を照らす太陽は、まだ頂には達しておらず、心地よいそよ風が彼の頬を撫でていた。

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