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第二話:異世界攻略~冒険の地へ向けて出発~

 異世界に転移して十日弱、当面使用することになるであろう武器の制作と、魔法の確認を終えた昌憲は、管制室で調査と解析を続けているアトロのもとへと向かった。


「調査の進捗状況を教えてくれ」

「マーサ、目の下にクマができてますよ。根を詰めるのはいいですが、もう少し体を労わって下さい」

「いやぁ、つい夢中になって作業してたから…… 次からは気を付けるよ」

「はいはい。調査の方は順調に進んでます。惑星の大気、地質、重力、それに国家構成、言語、文化、文明レベル、通貨、人種などなど。何から報告しますか?」

「順に概要を教えてくれたら助かるよ」

「では、――」


 アトロの報告を要約すると、惑星の大きさは地球とほぼ同等、重力は地球の九八%、大気成分と気圧は地球とほぼ同じ、国家は大小合わせて一七で、一国を除いて君主制、言語は大まかに分けて二つ、十七世紀後半西洋の文明レベル、通貨は金本位制で人種は雑多であるという事だった。

 他の大陸についてはまだ調査中とのことである。


「どんな人種がいるんだ?」


 昌憲の問いを受けてアトロがモニターに映し出したのは、地球人の北欧系白人と黄色人種の混血のような女性、黒人と黄色人種の中間のような男性、線の細い小人のような低身長の女性、それに、猫耳の女性、犬耳の男性であった。

 猫耳の女性も犬耳の男性も殆ど地球の人間と変わらないが、耳と尻尾が猫や犬のそれであった。


「ねっ、猫耳! それにホビットも、エルフとかドワーフはいないのか?」

「そういった種族は今の所見つかってませんね」


 それでも昌憲は歓喜していた。

 獣人が存在し、ホビットっぽい種族まで確認できた。

 それだけでもこの地に来たかいがある。

 まさか想像上の、それもまずは居ないであろうと思っていた獣人の存在を知り、昌憲の探究心をくすぐった。

 ホビットのような低身長種の存在ならば分かる。

 しかし、遺伝子的にかけ離れた、地球上では自然交配不可能な種族同士の混血である。

 いや、もしかしたら犬猫がそれぞれ進化をした可能性も否定できないが、耳や尻尾以外の骨格はどう見ても霊長類のそれである。


「アトロ、優先度は低だが一つ注文がある。獣人の遺伝子情報の取得とエックス線透過映像を撮影しておいてくれ」


 分からないことがあれば研究せずにはいられない。

 こういう科学者らしいこともまた、昌憲の性格なのであった。


「それから、この世界の種族が魔法を使うことは既に調査済みなんだが、魔法についての文化やレベル。それに魔法を使う獣…… 魔獣とでも呼ぼうか、それの調査も並行して進めてくれ。それが終わったら冒険者ギルドみたいな組織があるかどうかも調べてくれると嬉しい」

「了解。マーサ」

「ああ、それからもう一つ。代表的な言語の翻訳は可能か?」

「ええ、既にライブラリに加えてあります。発音及び辞書機能も完成していますので、すぐにでも読めますよ」

「ありがとう」


 昌憲はそう言うと、自室がある五階へとエレベーターを使って上がって行った。

 常に体を鍛えるために、全ての階は階段で繋がっているのであるが、さすがに疲れているので今回はエレベーターを使うことにしたのである。

 そして、部屋に着いた昌憲は、机に備え付けられた端末から言語ライブラリーを開き、確認したところで睡眠をとることにした。

 これからしばらくは言語学習に時間を割かなければならないが、徹夜明けのボーっとした頭ではさすがにやる気が起きなかったのだ。

 昌憲は床に就くと、これから始まる冒険に心躍らせながら深い眠りについたのであった。


 翌日から言語学習を始めた昌憲は、アトロにも協力してもらいながら、全ての会話を現地語で行うことにより、発音の練習と単語及び文法の習得を並行して行っている。

 異世界に転移して二か月が過ぎたころには、かなり自然な会話が行えるまでに上達していた。

 そして、この二か月は言語学習ばかりを行っていたわけではない。

 魔法の練習や剣技、格闘技の特訓もアトロを相手に続けているし、世界情勢などの知識も頭に叩き込んでいる。

 そして、この世界の主な病原ウィルスに対するワクチンの製造と投与もこの期間に済ませた。


 嬉しいニュースもあった。

 名称こそ冒険者ギルドではなかったが、ギルド国家が存在しており、通商、魔工業、傭兵、そしてハンターギルドが存在していたのである。

 そして、安全を考えて屋敷の近くだけではあるが、何回かは外に出ての調査なども行っていた。

 昌憲の本心を言えば、早く山を越えて異世界を冒険してみたい、人々と触れ合い、話がしてみたい、といった願望があるのであるが、今はまだ早い。


 何事にもできるだけ手抜きをしない昌憲の完璧主義的な性格と、石橋をたたいて壊してしまいそうな、どこまでも慎重な性格が相まって、今でも活動範囲は屋敷の周辺に留まっていた。

 今日も昌憲は自称覇者の剣を振りながら剣技のトレーニングを行っている。


「アトロのやつ、もうそろそろ帰ってきても良い頃合いだな」


 そう一人ごちて、昌憲は滴る汗を拭うことなく自称覇者の剣を正眼に構え、呼吸を落ち着かせた。

 アンドロイドであるが、外見はどこから見ても可愛い美少女であるアトロは、今、幾らかの貨幣を稼ぎ、買い物をするために山を越えて異世界の都市へと出向いている。

 戦闘能力にしても魔法にしても言葉に関しても、アンドロイドであるアトロは完璧である。

 だから安全を考えて、アトロは単独行動をしているのであるが……


 本音を言えば昌憲はアトロに同行したかった。

 いや、昌憲が同行するのではなく、アトロを連れて山を越えたかった。

 しかし、冷静に反論されてしまった。


『危険です』


 もし、アトロが何らかのアクシデントで自立行動不能に陥ってしまったとしても、昌憲が転移魔法を使って呼び戻し、修理すればそれで済む。

 しかし、もしも昌憲が死亡してしまった場合はそれができない。

 だから、準備が完璧に終わるまでは昌憲が山を越えることは無いのである。

 アトロのAIは昌憲が組んだものである。

 よってその思考パターンは、昌憲の慎重すぎる性格をある程度倣ったものとなっていたのだ。


 そして間もなく、アトロが帰還してきた。


「ただ今戻りました」

「うん、うんっ! どうだった、早く異世界の感想を聞かせてくれ」


 帰ってきたアトロに駆け寄り、両手を掴み、ブンブンと上下に振りながら、せがむようなキラキラとした瞳で話をねだる昌憲。

 それを見たアトロは、優しく微笑んで子供を諭すように言った。


「はいはい、焦らなくても私は逃げませんよ。ここでは何ですからモニターがある管制室でお話ししましょう」


 管制室に下りたアトロは、照明をつけると早速サンプルとして購入してきた短剣や衣類、薬、加工食品、それに一枚のカードと残った貨幣をテーブルに並べた。


「これが入手してきたサンプルです」


 昌憲はテーブルに広げられたサンプルの中から一枚の銅でできたカードを拾い上げると、書かれている文字を読んでいる。


「こ、これはギルドカードだな!」


 カードを見つめる昌憲の瞳は、宝物を手に入れた少年のようにキラキラと輝いていた。

 アトロはそんな昌憲を微笑ましい笑顔で見守っている。


「ハンターギルドのメンバーズカードです。埋め込んである鉱石に情報が入力してあるそうですよ」

「ギルドはあと三つあったよな?」


 アトロの報告と昌憲の質問がかみ合っていないのは、記録媒体としての鉱石への興味よりも、カードが一枚しかないことが気になったからである。

 今手にしているカードさえあれば、埋め込んである鉱石の調査はいつでも出来るのだ。

 気が向いた時にやればいい、そう、昌憲は考えたのだった。


「魔工業ギルドと傭兵ギルド、それに通商ギルドは試験を受ける必要があるそうなので、今回はパスしました」

「そういうことか、それならば試験の内容を調査しておいてくれ」

「受けるつもりですか?」


 呆れ顔でそう言ったアトロに、昌憲は得意げに答える。


「当然だろう。何のためにここに来たと思っている。郷に入っては郷に従え、虎穴に入らずんば虎児を得ずだ」


 ことわざの引用が少しズレているが、アトロは指摘しなかった。

 興奮している時の昌憲は、ときどきこういったことをわざと言う。

 それは、ただ韻を踏んでみるのが好きなだけだからである。

 それをアトロは知っていた。


 昌憲にすれば、せっかく探し当てたファンタジー世界。

 体験できるものは体験してみる。

 たとえそれが後の面倒事になろうとも気にしない。

 慎重すぎる性格とは相反する思考のように思えるが、興味があることに対する昌憲の執着もまた、非常に強いものであった。


 もし、はじめから面倒事になると分かっているならば、綿密な対策を立てておけばいい。

 魔工業ギルドや傭兵ギルド、通商ギルドに加入することが、面倒事に繋がるかどうかは分からないが、それも調べればある程度分かるはずである。

 調査の結果、仮に面倒事があると判明したとしても――例えばギルドに縛られて身動きが取れなくなるとか――それが予測できたのならば、縛られない方法を考えればいい。

 そのための慎重さは決して捨てない。

 例え面倒事があると分かっていても、興味があることには十分な対策を立てて首を突っ込む。

 昌憲とはそう言う男なのだ。


「これがこの世界の通貨か、どこで手に入れた?」

「大陸の南に位置する大国、アルガスト王国。そこのハンターギルドで、仕留めた魔獣を一頭換金しました」


 昌憲の手には直径三〇ミリほどの金銀銅貨と二〇ミリほどの金銀銅貨が持たれている。


「価値は日本円でどれくらいだ?」

「現在のレートでは大金貨が二五万円弱、小金貨が六万円強、大銀貨が五千円弱、小銀貨が千円弱、大銅貨が百円弱、小銅貨が二十円弱です」

「換金レートは?」

「大金貨一枚が小金貨四枚、小金貨一枚が大銀貨十二枚と小銀貨二枚小銅貨五枚、大銀貨一枚が小銀貨五枚、小銀貨一枚が大銅貨十枚、大銅貨一枚が小銅貨五枚です。銀貨と銅貨の交換レートは固定で金貨と銀銅貨の交換が変動しているようです」

「となると金貨は一般的には使われていないということだな」

「そうですね、一般市民は殆どが金貨を持っていません。それから、ギルドで流通しているこの貨幣は、この大陸全土の基軸通貨になっているので、どこででも使えるそうです」

「ありがとう、大体分かったよ。ところで、魔獣を一頭換金したと言っていたけど、どんな魔獣だ?」

「山脈の向こう側の森を出たところに群れていた恐竜型の魔獣で、ハンターギルドでは地竜種の茶毛竜と呼ばれていました。亜竜に分類されているそうで、なかなか仕留められない貴重な魔獣だそうです」

「そんなものを持ち込んで騒ぎにならなかったか?」

「ええ、ずいぶん騒がしかったですね。でも、これで良かったんでしょ? マーサ」


 そう言ったアトロの表情は、貴方の魂胆くらい分かっていますよ。

 と言わんばかりの物であった。

 そして、昌憲はアトロのその表情を見て、分かってるじゃないかと満足した。


「良く分かっているじゃないか、アトロ。そうとも、それでいいんだ。せっかく異世界に来て名を売らずに何をする? 手始めとしては上出来だよ」


 そう、昌憲はこの世界で行動を自重する気は全くない。

 力を、知識を、行動力を知らしめて名をあげ、発言力をつけてこの世界で成り上がる。

 それこそがファンタジー世界の英雄が辿るべき道である。

 力を隠し、知識を独占し、陰に隠れて人知れず正義を行う。

 それも一つの在り方だろう。

 しかし昌憲は、派手に魔法をぶっ放して悪党をこらしめ、人々の危機を救い、アニメや小説のヒーローや英雄のように称賛を浴びたいのである。

 そのためには、目立つことによって降りかかる困難など、たたき伏せてでも前進する。

 そう考えているのであった。


 それから二か月が過ぎた。

 この間に昌憲はこの世界の情勢、文化、文明、宗教、常識、魔獣やギルドの情報などを頭に叩き込み、幾つもの武器や防具、それに衣類や道具を作った。

 そして魔獣とも戦ってみた。

 戦う魔獣を選択し、観察を重ねて弱点や習性を調査した。

 そして、目安にしかならないが、もれ出る魔力から相手の強さを計測し、数値化して視覚野の一部に信号を送る小型装置まで開発し、体内に埋め込んだ。

 その上で武器や防具、そして万が一の場合の逃走手段などの準備を万全に整え、一対一の状況を作り出して戦いに挑んだのである。


 慎重に慎重を重ね、何重もの安全策を取り、負けようのない状況を作り出して戦いに挑む。

 やり過ぎの感はあるが、緒戦はこれくらい徹底して挑んだ方がいい。

 そこまでして挑んだ魔獣との戦いは、当然であるが、準備の甲斐あって昌憲の圧勝に終わった。

 それからも、何度か戦う相手を変えて魔獣に挑んでは勝利を収め、戦いに慣れていったのであった。


 知識を身につけ、経験を積んで自信を得た昌憲は、とうとう山を越える決心をする。


「アトロ、急で申し訳ないが明日出発するから旅の準備の最終確認を頼む。それから、換金用の素材も用意しておいてくれ」

「はいはい、分かりましたよ。今まで四か月もよく我慢できましたね」

「そうからかわないでくれよ。子供じゃないんだし。でも慎重に行動することは大事な事なんだぞ」

「ええ、分かってますよ。マーサが誘惑に負けなかったことに感心しているんですから」


 当面の行動計画を立て、万全の準備を整えた。

 そして、明日山脈の向こうへと旅立つ。

 実は、昌憲自身は昨日の時点で、既に旅の準備を粗方終えていたのであるが、持っていく物や知識の確認と山を越える決心をするのに一日半を要したのである。

 決心がつき、ようやくアトロにそのことを告げて早めの就寝をした。


 そして翌日、日の出と共に屋敷を後にしたのである。

 昌憲は単独で行動し、アトロは屋敷で昌憲のフォローに徹することになっている。

 それは、万が一動けなくなったときに、アトロが昌憲を召喚することによって、危機から脱出することを目的としているからだ。

 いずれはアトロも冒険に引っ張り出そうと考えているが、当面は安全策をとったほうがいいだろうと昌憲は判断したのだった。


 黒の皮製パンツに黒のロングコートを纏い、腰には自称覇者の剣、背には自称オリハルコンの槍と皮製のザックを背負い屋敷を出た昌憲は、朝日が届かない鬱蒼とした森の中で、北に向かって手をかざし、大きな十字を切る。


「我が望むは道、亜空を開き、彼の地へと繋げ。亜空回廊!」


 そう唱えた昌憲の前方空間に十字状の亀裂が現れた。

 昌憲はその空間の亀裂へと歩を進める。

 そして、亀裂は彼を飲み込むと、忽然とその場から消えうせたのだった。

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