flesh
ガッシャーン
一瞬幻聴でも聞こえたのかと思ったが
どうやら誰かが自転車を倒したようだ
校門前に置かれていた自転車が
見事にドミノ倒し状態になっている
先輩も同じようによく物を倒していた
俺は先輩を手伝うのと同じように彼女を手伝った
「ありがとうございます
ってやっぱり」
「はい?」
「えーっと、覚えてない?」
「…っえ、もしかして先輩ですか?」
「うん」
まさか本当に先輩だなんて思いもしなかった
確かに近くでよく見れば
高校時代の面影がはっきり見て取れた
「何年ぶりだろう?」
「高校以来ですから6、7年ぶりくらいですね」
「だからすぐ気づかなかったんだ」
「俺も先輩に似ているとは思ったのですけど」
「本当に久しぶりだね」
そう言って校舎のほうを振り返り
物思いに耽っている先輩は
高校時代よりもさらに綺麗に見えた
俺はそんな先輩をただただ見つめ続けていた
「実はね、」
「…っは、はい」
「わたしあなたのこと好きだったの」
俺は
その言葉を聞いて正しく硬直した
過去の俺が情けなく思えた
そして存在したかもしれないひとつの過去を
想像せずにいられなかった
先輩とたわい無い話をしながら
俺はひとつの覚悟を決めようと思った
今更すぎてもはや何の意味も為さないが
それでも
「っは、っはっ、まにあってよかったっ」
「え、わたしまたなにか忘れた?」
「キーケース忘れるなんて僕がびっくりだよ」
「あは、ごめんね」
誰がどう見ても
恋人同士のやり取りだった
その男がやって来たことで
今考えていたことが
すべて否定された気がした
著しく気が削がれた俺は
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気が付けば雪が降っていた
白く色づいている自身から想像するに
俺はずいぶん長い間茫然としていたらしい
あの二人は既にいなかった
俺は不自然無く応答していたのだろうか
唐突の自失から立ち直り
いつも通り思考し始めた俺は
覚えの無い胸のざわめきを無視して
直前の自身を不思議に思った
「私たち結婚するの」
瞬時に
今までに見たことのない満面の笑みで
幸せそうに俺に話す先程の先輩が
否応無しに脳裏をよぎった
俺は鋭い痛みを覚えた
それは頬を伝う涙だった
わけが分からなかった
いや分かりたくなかった
困惑している間にも痛みと共に流れるそれを
俺はようやく手で拭った
既に冷たくなったその滴に触れた後
未だ続く痛みは
俺に言い訳も
誤魔化しも
許してはくれなかった
俺がこの地に降り立ったときから
ずっと思い出してきた事
それを認めるのは
あまりに馬鹿らしくみっともない
だが
「結婚式なんて行けないですよ、先輩」
真に痛かったのは心だと
俺は高校時代からずっと
今も変わらず
先輩のことが好きなのだと
早速、皮肉でしか無かった