第八話 一人を軸に、二人を対に
家での一時編。
惨劇への小休止とも言います。
夕食の後、リビングでテレビを見ていると、ぽふんと膝の上に何かが乗った感触がした。視線を下げると、ギンが上目遣いで俺を見ている。
何時ものことなので、俺は物欲しそうに見つめてくるギンの髪を優しく撫でた。
「あ……ふふふ、気持ち良いです、お兄様♪」
ギンは俺の腹に背中を擦りつけながら、寄り掛かってきた。
「お兄様」
「ん?」
別の声のした方を見ると、和装のミューが盆を持って立っていた。盆の上には湯呑みが湯気を立てている。
「ありがとう。ほら、ミューも」
「はい、失礼します」
ソファを軽く叩くと、其処にミューが腰を下ろした。
湯呑みを受け取り、程良く熱い液体を喉に流し込む。
……ん、美味しい。
ミューが淹れてくれるお茶は何時も最高だ。味も温度も文句のつけようがない。
「ん、何時もありがとうな、ミュー」
「身に余る光栄です、お兄様」
嬉しそうに、ミューはそっと肩を寄せてきた。
膝の上ではギンが恍惚とした顔でボーッとしている。
……凄い光景だよなぁ、コレ。二人の美少女の、二種類のとても良い匂いが鼻腔を満たした。
真正面にあるテレビからは、ニュースの映像が流れている。
此処、翠ヶ丘市では最近、物騒な事件もなく平和……といいたいところだけれど、神隠しとかの妙な噂も絶えない。
一応都会の部類に入るとはいえ、人口が多いのは一部の地域だけだ。基本的に自然が多い此処には、やたらと神社とかも多いし、大きい山もある。
他市町村・他県とのアクセスも御世辞にも充実しているとは言い難く、結構閉鎖的なところもあったりするんだよねぇ。
何てことを考えながら、お茶を啜る。
うん、決して、二人の妹の感触について考えないようにしているわけじゃあない。
「物騒な事件が多いね」
「ええ、そうですね」
「二人も気を付けてくれよ?」
「フフフ、心得ております」
「私は元々外に出ませんからね」
二人の妹を交互に見やると、二人とも笑顔で返してくれた。
同時に、二人の柔らかい感触が一層強くなる。……うん、決して…………いや、もういいか。どうしたって言い訳じみちゃうし。
ギンの髪を撫でつつ、ミューを見た。清楚に微笑むミューは、こっちがゾッとするくらい妖艶だった。
「やっぱり買い物の時、ついていこうか?」
「……お兄様がお疲れでないのなら」
そう言うと、ミューは一瞬天井を見上げて直ぐに俺に視線を戻した。考え事をするとき、スッと上の方に視線を向けるのがミューの癖だ。
「そっか。うん、ごめんな……やっぱり心配だからさ」
「いいえ、お兄様の御心配、痛み入ります。そして、その御心配を此の身に浴びれることを感謝します」
深々と、まるで妹というよりは部下のように頭を下げるミューは、ウットリとした目で俺を見た。
「――――」
瞬間、思わず息を飲んだ。
背筋が凍るような美しさだった。……俺がミューの兄で、彼女のこういった笑みに耐性が付いていなければ、間違いなく堕ちただろう……そんな笑みだった。
「お兄様、ギンも心配ですか?」
「え?」
視線を落とせば、その体格にしては豊満すぎる胸を押しつけながら、ギンが抱きついて来ているのが見えた。
……う、物凄く気持ちいい……でも、何とか耐えた。
「心配して、くれませんか?」
瞳を潤ませながら甘えてくるギンの髪を撫でて、小さく苦笑する。
「ははは、勿論心配だよ」
「ありがとうございます、お兄様♪」
さらにギュッと抱きついてくるギン。
……本当にギンは甘えたがりだ。まぁ、色々な事情で友達もできないから、俺しか頼れるやつがいないんだろうなぁ。……ギンとミューは何故か仲悪いし。
まぁ、そんなことは差し引いても、此の二人は俺の大切な妹だ。大した助力になれなくても、心配なものは心配だし仕方がない。
「では、微力ながら、お兄様はミューが御護りします」
そう言って、より体を密着させてくるミュー。
「え?」
「あ、ギンもお兄様を御護りします!」
「ギンも?」
……そんでもって、こういうときだけ息が合うのもウチの妹二人なんだよなぁ……。
うん、何時も通りの神ノ瀬家だ。
自然と、笑みが零れる。
ふと、思う。
ミューも、ギンも、俺と一緒にいるときにしかこういう風に笑わない。
だったら。
俺がいなくなった時、どうなるんだろう?
何とも自意識過剰な疑問だ。年相応に悲しんだ後、後は二人だけで生きていけるだろう。
でも、そう言えない。想像できない。
俺の傍にいない二人なんて、俺は全く知らないからだ。
知らなくて当然のことだ。でも、其れが何故か、とても不思議な感じがする。
「お兄様……」
「お兄様ぁ♪」
「え?」
ミューとギン、二人の妹から同時に抱きつかれる。
「不安も、心配も、仮定も、何も必要ありませんよ、お兄様」
「そうです。私たちがお兄様の傍にいる。其れが不変の事実です」
「……そっかそっか」
耳元でそっと囁かれる。双方の耳へ、甘い息がかけられる。
――――心配かけちゃって、御免な。
心の中で、小さく呟いた。
次話からやっとヤンデレの本領発揮に……できるといいですねぇ。
手始めにモブでも消しましょうか(←超他人事)。