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第七話 図書館と茶道室

 新キャラ登場。そして紫亜さんのターン。

 俺とミューは、何時も弁当を二人で食べている。

 場所は、併設図書館の特別資料室だ。


 蒼南学園には、併設された図書館がある。正確には“情報館”という建物で、二階から三階が図書室、四階がパソコン室となっている。が、生徒からは大抵“図書館”と呼ばれている。

 因みに、一階は自習室だ。


 図書館は高等部校舎と中等部校舎の間にあって、渡り廊下で其々が繋がっている。


 そして特別資料室だけど、大層な名前とは裏腹に唯古本を管理しているだけの部屋だ。具体的に言うと、長机二つと積み重なっておかれた段ボール箱の山しかない。それでも、掃除はしっかりされていて清潔だった。


 勿論、図書館内は飲食禁止だけど、どういうわけかこの部屋だけは特例で飲食オーケーだ。もっともそれも、矢鱈滅多ら多い校則を詳しく分析しないと分からない程度のもので、当然生徒に知られてもいない。

 どちらかというと、「飲食が許可されている」というよりかは「禁止し忘れた」と言った方がしっくりくるだろう。ちなみに、同じように自習室は飲食が認められている。


 進学校でもある蒼南学園の自習室には、受験生が文字通りの意味で缶詰になる。許可さえ取れば、毛布などを持ち込むことすらオーケーだ。


 そういうわけで、今日もミューと二人きりで弁当を食べていた。弁当は、基本的に毎日ミューが作っている。



「うん、美味しい」


「有難うございます、お兄様」



 ふんわりと微笑したミューは、コップにトプトプとお茶を注いでくれた。

 彼女はいつも、俺が食べ終わるのを確認した後で自分の弁当に箸を付ける。それまではこういう風にお茶を用意してくれたり、じっと俺を見つめている。



「……ミュー」


「はい、お兄様」


「……うう~ん……」



 一瞬、躑躅堂つつじどうさんの事が頭に浮かんだ。

 けど、ミューに聞くようなことでもないだろうしなぁ……。

 彼女に告白されたとき、ミューもその場にいた。だけど、ミューは気にもとめていないように見える。

 まぁ、俺のことには基本的に口を挟まないのがミューだから、珍しくも何ともないんだけど。


 未だに、あんな綺麗な人に告白されたことが信じられない。

 何時も巻いている包帯も、病人のように青白い顔も、気弱そうな表情も、彼女にかかれば全部プラスに作用する。つまり、端的に言って彼女はかなり美少女だ。俺もそう思うし、皆だってそう思っているだろう。あの人は、ミュー並みにアイドル扱いされているのだから。


 俺だって男だから、そんな人に告白されれば悪い気はしない。でも、なぁ……。

 妹たちに頼りきっているうえに、自分だけ彼女を作って遊び歩くのも気が引けるし、そろそろ受験シーズンだしな……。


 いや、それ以前に。


 俺は躑躅堂さんが好きなんだろうか……?


 その辺りも、よくわからない。



「お兄様」


「え?」



 呼ばれて見ると、其処には上品に笑ったミューの姿が。



「お兄様は、お兄様の思った通りにすればよいのですよ。そうすれば、私は全力でお兄様の御力になります」


「……有難う」


「お兄様、ミューはお兄様を、お兄様だけを永遠に御慕い続けます。どうか、其れだけは御忘れにならないでくださいね?」


「あ、ああ……」



 一瞬、ミューの雰囲気が変わった気がした。フッと顔を出したそれは、俺の頭が認識する前に消えていってしまった。

 まるで、深海から浮上した泡のように。






 昼食を食べ終えた俺とミューは、其の儘図書館の中を歩いていた。

 自分で言うのも何だけど、俺は結構読書好きだ。

 相変わらず周囲の視線がミューに集まるけど、彼女は黙って二人分の弁当と水筒が入ったバッグを持ちながら俺の一歩後ろを歩いている。


 御目当ての本を見つけて、意気揚々とカウンターに向かうと、見知った顔を見つけた。

 雁飛かりととよりもさらに小柄で、赤茶色の髪をロングにしているふちなし眼鏡をかけた少女だった。



「やぁ、美香月みかづき


「あ、セイ先輩」



 本を読んでいた少女は、小声で話しかけた俺に同じく小声で返した。

 躑躅堂さんと同じクラスで、中等部の時に同じ委員会に所属して以来よく話すようになった後輩、美香月だった。



「頼むよ」


「はい」



 淡々と言った美香月だけど、彼女が平淡な口調なのはいつものことだから気にもならない。

 差し出された本を手に取り、バーコードリーダーを本のバーコードに押し当てた。同時に同じく差し出された俺の学生証にもバーコードリーダーを押し当てる。



「はい、どうぞ」


「ありがとう」


「いえ」



 美香月は俺を見上げ、スッと視線をそらした。俺の後ろにいるミューを視線で捉える。



長篠ながしのさん、お願いしますね」



 微笑んで本を差し出すミューを感情の読めない瞳で見据え、美香月はこくんと頷いて本を手に取った。

 ピッと聞き心地の良い音が響いた。

 本をミューに渡すと同時に、美香月は立ち上がった。



「え? もういいのか?」


「セイ先輩、もう時間ですよ」



 言われて壁掛け時計を見ると、そろそろ昼休みが終わる時間だった。

 本を物色していた生徒たちも、次々と渡り廊下に向け歩いていっていた。



「あ、もうこんな時間か……じゃ、いこうか」


「「はい」」



 ミューと美香月の言葉が重なる。二人は一瞬だけ互いを見やった後、何でもないように俺の後ろに続いて歩き出した。






 放課後になると同時に、俺の横の席である右一ゆういちが話しかけてきた。



晴渡せいと、一緒に帰れるか?」


「え、部活は?」


「ん、今日はねェっぽいんだ」



 彼にしては歯切れが悪い。



「どうしたんだよ、右一らしくもない」


「……それがな、部長が急に今日は休みだってメールを寄越してきたんだよ。そもそもスケジュール管理はマネージャーの仕事なんだが……」


「ふうん、でも御免、ちょっと呼ばれててさ」


「そっか、じゃあ仕方ないなぁ、テスト勉強でもしてるか」


「その方が良いよ」



 俺は微笑みながら、教室を後にした。

 其の儘階段を降り、一階の隅にある和室へと踏み込んだ。[茶道室]と書かれている。



「あ、先輩」



 ビクッと肩を震わせつつも、真正面から俺を出迎えてくれたのは躑躅堂さんだった。彼女は茶道部に属している。



「メール、見てくれたのですね」


「ん、まぁね」



 昼休みの最中に、俺は彼女から呼び出しのメールを貰っていた。勿論、電源は切っていたから直ぐには気付かなかったけど。

 八畳の茶道室には、彼女以外誰もいない。普段なら、此処で茶道部のメンバーが部活動に励んでいるはず……なんだけど。



「部活は?」


「今日はありませんよ、色々ありましたから」



 右目を包帯で隠したままの気弱な少女は、瞳を妖しく濁らせながら俺を上目遣いに見た。一つの瞳が、俺を見つめている。

 相変わらず、ミステリアスな雰囲気だ。彼女は突然、スイッチが入ったかのようにこうなることがある。



「どうぞ、先輩」



 スッと優雅な仕草で、躑躅堂さんは濃い緑色の液体が波打つ茶器を差し出してきた。

 躑躅堂つつじどうはウチの家系……神ノ瀬(かみのせ)に負けず劣らずの名家で、かなりの資産家でもある。つまり、躑躅堂さんは本物の令嬢。仕種がイチイチ上流っぽさを滲み出させていた。



「……有難う」



 こういう場は、何時も緊張する。唯の部室だというのに、まるで皇族が出入りする神聖な茶室のような清廉な雰囲気が辺りを包んでいた。

 その発生源は当然、躑躅堂さんだ。

……気弱だなんて信じられないくらいだ。今、彼女が茶道具ではなく弓と矢を持っていたら、俺は今頃失神していたかもしれない。


 ミューもいざとなれば、躑躅堂さんを遥かに凌ぐ“令嬢”っぽさを披露できる。

 子供の時からミューは、其れこそ大人を言葉で捩じ伏せる程の覇気を備えていた。


 ギンは……どうだろう?

 見たことはないけど、彼女も時折人の上に立つ者のような雰囲気を出す事がある。


 俺は正座したまま、ゆっくりと抹茶を喉に流し入れた。



「うん。結構なお手前で」


「あ、ありがとう、ございます……!」



 何がそんなに嬉しいのか、躑躅堂さんは白すぎる顔を破顔させた。



「さぁ、茶菓子もありますよ」


「有難う……でも、勝手に此処二人だけで使っちゃって問題ないのかなぁ?」


「大丈夫ですよ。…………………………………………………みんなみんな、私の言うことは何でも聞いてくれます。私のために動いてくれるんです。御蔭で先輩と、こうして二人っきりになれます」


「え?」



 何か言ったようだったけど、普段からヴォリュームの小さい彼女が、さらに蚊の鳴くような声で喋ったため、ごにょごにょと何か言っているくらいしかわからなかった。



「いえ、何でもありません。……そう言えば、深雨さんは?」


「え、あぁ……メールで先に帰ってくれるように言っておいたよ。でも、どうして二人で――――」


「これが、いいのです」


「え?」


「先輩と、二人っきり。二人だけの世界。それが、一番素敵です」



 そう言って、躑躅堂さんは満面の笑みで俺を見つめた。







 次回は家でのシーンです。

 つまり深雨と銀夜の独壇場。

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