第四話 その頃家では
ギン回です。
彼女はしたたかさと策略家の面を持っています。それでも、その思いは本物です。
お兄様、ついでにお姉様を見送った私は、自室に戻ってPCを立ち上げました。
最近は便利な時代になったもので、家に居ても大抵の者は手に入るし、知ることもできます。
私たちの親は、結構な遺産を残して死んでもらったから、資金には困っていません。
でも、あの財産は全部お兄様のものなので、私はお兄様からもらうお小遣い以外は自分で稼いでいます。
方法は投資、つまり、株。
ネットでも出来るし、此れが結構稼げたりするんですよね。世の中、こういうところにお金が溜まるものみたいです。
もっとも、此の稼ぎはお姉様と共同でやっています。悔しいですが、私よりもお姉様の方が頭が良いし、年齢上も融通がききます。その辺りは、利用させてもらってますよ。
それで、集めたお金はどういうことに使っているのかというと……大半は“片づけ”のための“道具集め”に使われます。
薬とか、工具とか。高そうではないですけど、此れが結構コストがかかるんですよ。何十人分にもなるから当然の話です。
……其れは兎も角、私は肌のメラニンが常人より遥かに少ないせいで、日光に当たると直ぐに肌が焼けてしまいます。だから、お兄様から頂いた大切な日傘が欠かせないのですが、問題なのは私の髪の色、そして瞳の色です。
日本人離れしている此の風貌のせいで、周囲の視線が兎に角鬱陶しい。見世物のように扱われて喜ぶ趣味はない。
……私は、お兄様以外の視線に価値を見出せない。
でも、私自身は此の髪と瞳をそれ程嫌っていません。お兄様がつきっきりで私の傍にいてくれた理由にもなりましたし、何よりお兄様は、私の髪と瞳を好きだと言ってくださいました。
身体だって、小さいからこそできることもあります。
お兄様のために胸だけは大きくなるように育てていますし、実際にそこそこ大きくなっているんですけど、正直背はあんまり伸びてほしくないです。
だって、此のサイズだとちょうどお兄様の膝の上に座れるのだから。
フフフ、こんなこと、あのデカブツお姉様には出来ない真似でしょうね。
私はお兄様の上にちょこんと座り、優しく髪を撫でて頂くのが昔から大好きでした。至福の時、などという安い言葉ではとても表現できない、大切な時間。
そして、ほんの少しでもいいからぎゅっとしてくれれば、もう半年は幸せ気分です。
勿論、お兄様の御許可を頂いたなら、私の方からもぎゅっとしたい。ていうか、する。やらないでか。
…………落ち着きましょう、うん。
まぁ、兎も角私はおいそれと外に出られませんし、出るつもりもありません。肉体的にも精神的にもくるものがあります。
だから、私は“片づけ”を除いて外に出ることはあまりありません。勿論、お兄様にデートに誘われたら話は別ですけど。
でも、此の国には義務教育があります。だから、私は特例で通信教育を受けているのです。
郵送される教材を同伴されたビデオテープを参考に解いて、其れを送る。基本は其れの繰り返しです。
本当につまらないですが、勉学を疎かにする女などお兄様の妹に相応しくありません。どうせ大して時間もかからないのですし、暇つぶしと考えればそれ程辛くもありませんし。
その勉強が終われば、後は掃除と洗濯です。お兄様の御部屋は特に念入りに、馬鹿が何か変なものをお兄様に渡してやいないか調べ、丁寧に掃除をします。
後は、お兄様のベッドの上で、お兄様の匂いに包まれながら、お兄様が帰ってくるのを待ちます。ちゃんと私の匂いは消しますよ。
お兄様の気配と匂いを感じれば、御飲み物等の用意をして玄関で待って、出迎えます。後はお兄様と同じ空間にいる幸せを噛みしめながら、お兄様に甘え、お姉様と殺し合って、一日を終えます。
あ、本気で殺し合っていませんよ? 一応協定を結んでいますしね。お兄様は、私もお姉様も大切にしてくれている。その間は、互いに潰し合わずにお兄様の傍にいる。
だから、組み手と言うかそんな程度で済ませています。
基本の行動はこんなところですが、勿論他にもすることはあります。
PCを使った買い物や情報検索もその一つです。
“片づけ”に必要なものや情報を入手したり、或いはお兄様のためのモノも買え揃えたり……。お兄様に内緒で揃えるのも、結構苦労するんですよね。
クリックしながら、昨日の、お姉様の言葉を思い出します。
――――お兄様の負担にしかなっていない雌豚が。
テメェには言われたくない、と思います。けど、間違っていはいません。
そう、子供の時の私は弱かった。
風貌のせいで苛められた私は、お兄様に縋りついて、あの人の後ろに隠れることしかできなかった。
そんな私を両親は気付くことすらなく、お姉様は見下げ果てたような目で見ていました。
…………両親の態度も、私がお姉様に劣らぬ天才だと分かってからは一変しました。もっとも、すでに私は両親など眼中にありませんでしたけど。
唯唯、護って優しくしてくれるお兄様に甘えてばかりいました。
……………………反吐が出る。
お姉様のせいで苛められ、私のせいで盾になってきたお兄様を、私は助けようとも直視しようともしなかった。浅ましく、安全地帯でぶるぶると丸くなりながら、要りもしない助けを求めていた。
だから、私は強くなろうと決心しました。
そして、強くなった……はずです。
もう、何十人も消しているのですから。
そう、私はもう、護られてばかりの屑では無い……お兄様を護る。何があっても。例え此の身が朽ちようとも。
そして、傷ついたお兄様に永久の幸せと癒しを。此の口で、顔で、胸で、脚で、身体で。
「あぁ……許して下さい、お兄様。此のお兄様を傷付けてしまった愚鈍で屑な妹を。
でも、ほんの少しだけ、ほんの少しだけでいいですから、求めさせてください。
離れたくない、触れ合い続けていたいのです、お兄様ぁ!!
その代わり、ギンを好きにしてください。好きなだけ犯し、嬲り、捨てて下さっても結構です。其れが償いになるのなら……。
でも、私はお兄様に消えろと言われれば……………躊躇いません。其れだけの罪を犯したのですから。
今の私は、お兄様を護り、捧げ尽くすことのみを己の生の意味としています。絶対に、二度と、お兄様に悲しい思いをさせません……」
いつの間にか叫び、マウスを握り潰してしまっていた。
……あ、またやってしまいました。時々フッとやってくるんですよね、これが。
「愛しています、お兄様」
口に出す資格など無い。でも、それでも言いたいのです。
「今日という一日も、お兄様のために」
私の身体も、時間も、存在も、全てはお兄様のために在る。
そう考え、ふと手元を見ます。スペアのマウスまで握りつぶされていたのを確認し、次はもっと頑丈なものを買おう、と決意しました。
次回は放課後タイム突入です。
ミューと雁飛と新キャラを中心に、晴渡視点でお送りする予定です。
本作は基本的に神ノ瀬三兄妹の誰かの視点で書いていくつもりです。