第一五話 スカウトウーマン
お久しぶりです。
雁飛と銀夜に交友関係ができるお話。青春ですね。
紅茶を一口啜り、私は目の前に座った女を見つめました。
腹に一物抱えていそうな顔。
似たような顔を、私は何度も見てきました。
唯一違う点は、目の前の女は、お兄様を見下しているのではなく、好いていること。
それはそれで業腹ですね……。コイツがお兄様を侮辱するのならば、遠慮なくぶっ殺せたのですが。
「同じ晴渡に助けてもらっているもの同士、親睦を深めようじゃあないか」
直球でストレートが来て、思わず歯軋りしそうになりました。
気に入らない。
お兄様の名をほざいたことも。私を指して、「晴渡に助けてもらっている」と言ったことも。
それを否定するつもりはありません。昔の私は、お兄様の背中に隠れていただけの雌餓鬼でしたから。
罪には、しっかりと向かい合わねばなりません。後悔も懺悔も謝罪も、やるだけなら幾らでも出来ますし、してきました。
お兄様に泣きながら謝罪しても、それすらお兄様に御気を使わせてしまう。
お兄様に撫でられ、慰められる資格など無いのに、それに縋ってしまう。
そんな唾棄すべき私自身が、頭の中で何度も再生される。イカれたVDのように。
……あぁ、そうか。
コイツも、そうなのか。
そうして、お兄様に縋って、あの人を傷付けていくのか。
「――――ろ――――すぞ」
「うん?」
「あ……いえ、いえ」
口元を隠し、さり気無く壁に立て掛けられている鏡に視線を移しました。
……そうだ、笑え。笑ってろ。
私は身を乗り出し、見たくもない女の顔を頭に叩き込みました。
同時に意味のない文字の羅列も、仕方がないですけど叩きこみます。
「マツカゼ カリトさん、マツカゼさん、マツカゼさん、マ・ツ・カ・ゼ・さ・ん……うん、覚えました。
どうもすみません。私、ヒトの顔と名前を覚えるのが大の苦手なのです」
小首を傾げ、両手でティーカップを持ち、啜りました。
優雅に上品たる振る舞いで飲めないのも、心が掻き乱されている証拠です。
僅かに波を打つ紅茶を見下ろし、内心で盛大に舌を打ちました。
これではまるで、この目の前の女を恐れているみたいではないですか。出会いがしらにジャブを浴び、ふらついているようではないですか。
阿呆らしい。
そっと溜息をつき、もう一度紅茶を啜ります。
「ボクには兄弟がいないからね。特に晴渡みたいな兄弟がいるなんて、羨ましいよ」
「……そうですね、とても素晴らしいことだと思います。家族が賑やかなのは、良いことです」
息と一緒に罵声を吐けたらどれだけ楽だろうか、なんて思ってしまう。
この女、まさかわかって言っているんですかね? 皮肉ですかね? わかってんですよこっちは、まったく……。
「まぁ、前置きはここまでにさせてもらおう」
「はい?」
松風さんは大仰に、何かを横にどけるジェスチャをして、クッキーをつまみました。
……食べないと、失礼ですよね。お兄様の知人ですし……。仕方なしに、私もクッキーに手を伸ばしました。
……手造りですね、これは。ますます食欲が減りました。スキルの使いどころ、間違えているでしょううよ、コイツは。
いや、お兄様の御身体にコイツの手造りクッキーが侵入するよりかは億倍マシですけど。
「ボクと、友達になってくれないかな?」
「……はぁ?」
何を吐き散らすのかと思えば。
「お友達、ですか?」
「そうだよ。晴渡の家族と面識を深めておくことは、ボクにとっては大きなプラスだ」
「打算ですか?」
「打算で構築した人間関係も、決して悪いモノじゃあないよ。知っていたかい?」
私は目を細め、ティーカップから昇る湯気を見て、またこの女に視線を戻しました。
「お兄様との付き合いも、その“打算”とやらですか?」
瞬間、余裕そうだった松風さんの顔色が、明らかに変わりました。
憤怒のような、呆れのような、憎悪のような、そんな表情。
「…………松風家はね、ドライなんだ」
でもその後、どこか達観したような、諦めきったような表情になり、松風さんは肩をすくめました。
「どいつもこいつも、友情のゆの字も信じないような輩さ。人をビジネスの一情報としか見ない。
恋愛だってそうさ。彼らにとって結婚も出産も、唯の人材確保なんだよ。自分が育てれば自分が手に入れたい人材が確実に手に入る、そう思っている」
「…………」
「彼らの合言葉は一つ――――“愛だの何だの言う前に、まずは稼げ”ってね」
「…………合理的ですね」
「まぁね」
シニカルに笑い、松風さんは私を見つめました。
「一期一会。でもボクにとって、晴渡との出会いは人生でもっとも影響を受けて……もっとも喜ばしい出逢いだったと確信しているよ」
「そうですか」
御苦労なことで、と心の中で呟き、私は注意深く松風さんを見つめました。
……本音ですね。そして、彼女自身、それを望んでいる。
打算でも何でもなく、自分がお兄様に恋していると信じているし、そうであってほしいと願っている。
「それにね、蒼流祭のアイディアのためにも、女友達が欲しいのさ」
「完璧打算ですね」
「きっかけだよ、きっかけ」
あはは、と乾いた笑い声をあげる松風さん。如何もこの人は、ネガティブなのかポジティブなのか、判断に困りますね。
蒼流祭。確か、ウチの学園の文化祭ですね。夏休み直前に始まります。
私は出たことがありませんが、お兄様が毎年たくさん御土産を買ってくれますから、よく覚えているんですよ。
気に入りませんけどね。毎年疲れて帰ってくるお兄様を見ていると。何扱き使っているんだって殺したくなってしまいます。
……実は蒼流祭中変装して、陰ながらお兄様を見守っているっていうのは、お兄様には秘密です。
目立ちますし、周囲の視線が鬱陶しいですし、何よりお兄様に御気を使わせてしまいますからね。
体質的に、日傘をさしていないと長居もできませんから。
お兄様と女が会話をする度に、壁を穴があくほど殴りたくなったのは仕方がないですよね。自制できた自分を褒めちぎりたいですよ。
「アイディア、とは?」
「我らが合唱部の出しものでね、喫茶店をやることになったんだ」
「キッサテン?…………あぁ、アレですか」
私は行ったことがありませんが……確か、珈琲とか軽食とかを楽しむお店、ですよね?
「ところが、だ。やることは決まったものの、後は皆目駄目だ。メニューとか、どんなスタンスでやるかとか、インテリアはどうするかとか、配置はどうのこうのとか……皆が皆、勝手なことばかりだ。
晴渡に助けを求めてみても、あの性格だ。あまり積極的に意見は出してくれないよ」
意見があれば、僕はそれに乗っかりたいところだけどね。
そう言って、松風さんは紅茶を啜りました。
「で、だ。外部の協力者を求める事にした。ところが、ボクの交友関係は……あー……狭いんだ。
親友は晴渡唯一人。後輩にも先輩にも親しい人はあまりいない。心を許せるのも、彼くらいさ」
笑ってくれよ、と言って、クッキーをつまむ目の前の人は、絶対に改善する気はないのでしょうね。
彼女は完璧に、お兄様以外を必要としていない。
……腹が立ちますが、見る目だけはあるようですね。
その目のせいで、死んでもらうことになりますけど。
「来てくれるだろう晴渡のためにも、良い仕上がりにしたいからね。……協力してほしいんだ」
さわやかな笑顔で、この人は殺し文句を言ってきました。
そんなこと言われたら、Noと言えないではないですか。
私は曖昧な笑みを浮かべて、目の前に差し出された手を握り返しました。
……あぁ、お兄様専用の柔肌が……。
ギンのコンセプトは「葛藤する強者」。トラウマを抱え、兄と触れ合いたいと思っていても、罪悪感からそれができにくい。兄に打ち捨てられることを望み、同時に捨てられることを酷く恐れ、自己嫌悪にハマっていく。
ミュー程に割り切れない。でも愛はミューと同じ。
そんな人物を書きたくて、造ったキャラです。