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第一三話 合唱部員の来訪

 前半、前話に引き続いてミューの回想が入ります。


 後半はちょっとした動きが。

 よく、人は私を差して完全無欠と呼ぶ。

 しかし、私の理性は其れを否定する。

 客観的にみて、私は欠落が多い異常者なのだろう。お兄様以外が如何なっても、如何殺しても何とも思わないという時点で、頭がイカレているとしか思えない。――――客観的に視るならば。


 以前、銀夜ぎんやとそもそも何故私たちはお兄様を愛しているのか、話し合ったことがある。

 此の感情は、お兄様にとって害悪にしかならないだろうから。実の妹が兄に恋焦がれるということは、現代日本では、其れだけ重い罪なのだから。そもそも、お兄様をあれほど傷付けた私たちが持っていい感情でもないのだから。まぁ、その罪か否かの妥当性は一先ず置く。


 結論は――――“穴埋め”のためではないか、ということとなって落ち着いた。

 要するに、私と銀夜はお兄様以外幾らでも殺せるほどの異常者だから、普通を求めて、私たちに足りないモノを備えているお兄様を求めていたのではないか、ということだ。



「実際、お兄様がいなければ、私は三歳の時点で自殺していた自信があります」



 とは、銀夜の談だ。確かに、お兄様がいなければ、今、生きている理由が全く説明できない。

 というより、理性は確実に「自殺しろ」と叫んでいるだろうし、身体は其れに従っていたはずだ。


 思えば、私は小さい頃からお兄様を愛していたが、其れは自分の世話をしてくれたからだろうか? 護ってくれたからだろうか?

 否定はしない。其れが、お兄様を愛する数多ある要因の中でも、大きなウェイトを占めているという点は間違いないだろう。


 では、私も銀夜も、例えばお兄様が私たちの世話をする機会がなければ、私たちはお兄様を愛さなかったのかというと、全くそんなことはない。

 違う、違うのだ。

 私たちの根底の愛と、お兄様が身を削って私たちにしてくれた行為の結果が生んだお兄様への愛は、まるで異質だ。

 同じ愛という一文字で包括して良いのかわからない、其れほどまでに違うのだ。


 では、何か?

 その結論が、“自身の欠陥を埋める存在として、お兄様を求めた”ということだ。


 私の根底は、今も昔も変わらない。

 お兄様が苛められる前までは世間や両親を信じていた――――などということは全くなく。それ以前から、私はお兄様以外の事には無関心だった。


 此れは親戚――――親戚の屑共の中でも、比較的お兄様に優しかった人で、私も彼は殺さなかった――――から聞いた話なのだが、私は産まれた頃から両親よりも真っ先にお兄様に懐き、お兄様の指をしゃぶっていたという。

 銀夜も同様で、彼女の場合は余計に酷く、両親の名前すら未だに覚えていない。アレは、兎に角お兄様以外の顔と名前を覚えるのが苦手なのだ。


 子供のころから、私はお兄様がいないとき、如何していたのかと考えていた。記憶がないのだ。完璧に。

 例えば、小学校の時の林間学校。気付いたら自宅の前で、お兄様に抱きついていた。三日間、自分が何処で何をしたのか全く覚えていない。改めて集合写真を見て、自分がにっこりとした笑顔でクラスメイトの中に普通にいることを知り、自分で目を剥いたのは覚えている。


 例えば、中学時代にクラスメイトに無理矢理引っ張り出され、水泳大会の助っ人として出されたことがある。遠征試合だったため、帰って来たのは二日後となった。此れまた気が付けばお兄様と話していて、ふと鏡を見ると、嬉しそうに笑っている私が無駄に大きいトロフィーを抱えていた。未だに、何の種目に出たのかも思い出せない。


 銀夜に至っては、お兄様と離れそうになると冗談抜きで死にかけていた。高熱を出し、倒れるのだ。

 御蔭で彼女は、学校行事と言う物に参加したことが一度もない。

 私は、流石に其処まで精神が脆くない。発狂しそうになるが、抑え込めるレヴェルだからだ。


 話を戻すと、かようなことから分かる通り、私も、そして銀夜も、本来ならばお兄様が御傍にいなくては、碌に日常生活も送れない欠落者なのだ。にも拘らず、ある程度は行えているのは、お兄様が“普通”の存在として、私たちの“普通”の指針となってくれているからではないか? と私たちは考えている。


 お兄様は、所謂“普通”の御人だ。悪い意味ではないし、学業でも運動でも容姿の問題でもなく、精神の問題だ。

 あの人は人並みに笑い、人並みに泣く。そんな御人なのだ。喜怒哀楽が激しすぎるのではなく、乏しすぎでもない。

 だからこそ、私たちは其れを指針にすることで、周囲、そしてお兄様に“普通の人間”を演じることができるのだ。

 其れがなければ、私たちは何千枚どころか、一枚も猫の皮を被れなかっただろう。

 きっと、視界に入った人間全員を皆殺しにしていたに違いない。






「……何を、考えているのかしら」



 洗濯物を取り込みながら、何時の間にやらそんなことを考えていた。

 お兄様は、今は家にいない。

 本屋に行くといって、自転車に乗って出ていった。流石に、其れについていくほど、私たちはお兄様のプライベートに干渉しない。


 ピンポーン。



「……?」



 チャイムの音がした。

 私はベランダを後にし、ドアを開ける。



「……これは、松風まつかぜさん」


「やぁ、深雨みうさん」


……なんだ、こいつか。

 まぁ、お兄様なら気配で分かるから、違うとは思っていたし、そもそもお兄様なら鍵を開ければ良い話で、チャイムを鳴らしたりしないのだが。


「どうしましたか? お兄様なら、外出中ですが」


「いや、今日は晴渡せいとに逢いに来たわけじゃあないよ」



……自身の頭が、沸騰しそうになるのを感じる。

 落ちつけ、私。たかがチビ女がお兄様の名をほざいただけで、我を忘れて如何する。

 ほら、何時ものように。殺したくて仕方がない、たまらなく憎々しい目の前の屑に、笑顔を。



「あら? 其れでは、如何したのですか?」


「うん、いや……」



 目の前の女は、ボブの髪を揺らしながら、数瞬目をそらし、ゆっくりと話し始めた。



「……前々から、気にはなっていたんだが……君の妹に、逢ってみたくてね」


「銀夜に、ですか?」


「あぁ。晴渡から妹の話をよく聞く。勿論君の事もだけどね。でも、彼は二番目の妹……そう、銀夜さんといったね。彼女の事はあまり話さないし、面識もないから……突然だけど、逢ってみたくなってね」



 こんなものを用意したのだが、と続けて、下げていたバッグからクッキーが入った包みを取り出した。


……そう言えば、こいつは銀夜と面識がないんだった。



「何故、今頃?」


「……僕には、あまり友達がいなくてね」



 突然そんなことを言い、頭を掻くチビ女。



「実は、今度、新しく生徒会長を引き受けることになりそうなのだが、その前に僕は蒼流そうりゅう祭での仕事もあってね。

 それが……女の子の意見を必要とするもので、色んな女の子に話を聞きたいんだ。勿論、あとで君にも協力を依頼するつもりなのだけれども、伝えに聞くところ、銀夜さんは中学生のようだから、そういった小さい子の意見も拝聴したくてね……」



 彼女は目尻を下げ、困ったように俯きました。

……苦しいこじつけ(・・・・)だと、彼女自身気付いているのかいないのか、それとも、全く下心がないのか……。高確率で、前者だろう。

 あぁ、やりづらい。この場で殺してやりたい。此の手の無駄に頭が回り、勘が鋭い屑が一番やりづらい。蠅叩きに、無駄に時間をかけたくないのに。



「分かりました、暫く、お待ちください」



 そう言ってドアを閉め、階段を上がり、ノックも無しに銀夜の部屋をこじ開ける……前に、気配を感じ取ったのか、銀夜がドアを開けた。



「……一応、鍵がかかっていますので、壊さないでくださいね?」


「悪いわね、ちょっと溝鼠がやってきたので」


「駆除しますか?」


「得策ではないわね。アレはお兄様と懇意にしているから」



 紅い瞳を細め、チッと舌を打つ銀夜。



「……逢うべきですか?」


「向こうが売った喧嘩よ」


「……私を見定めるつもりですか? 何処の誰かは知りませんが」


松風まつかぜ 雁飛かりと


「誰ですか?」



 相変わらず、人名が覚えられない女だ。



「お兄様のクラスメイト。女よ。……お兄様が外出中に来たのも、偶然ではないわね」


「へぇ」



 欠片も興味を持っていない声色で、銀夜が呟く。



「……ほら、さっさと余所行きの顔になれ」


「言われるまでもなく」



 そう言って、銀夜は部屋へと引っ込んだ。


……さて、適当に茶でも淹れるか。






 次回より、今までスポットの当たってなかった雁飛が動き出します。

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