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第一二話 不快で幸福な朝

 ミューの回想が入ります。


 少し後に、ギンの回想も入れる予定です。

 人間にとって、もっとも古い記憶は何時なのだろうか。

 其れは人によって様々だ。人間とは、記憶を持つ。記憶を糧に生きていく、と言ってもよいだろう。


 物事が“記憶”となるには、三つの過程があるとされる。

 印象を刻み込む“記銘”。

 其れを存続させる“保持”。

 そして再び意識化させる“想起”。


 私の場合は――――最初の記憶は、二、三歳くらいの、お兄様との楽しい時間だ。






 もの心がついた時から、私の傍にはお兄様がいた。両親は仕事漬けで、早朝と深夜くらいしか家にはいない。そして我が家はそこそこ豪邸だが、漫画などのようにハウスキーパーの類がいるわけでもなかった。


 銀夜が生まれるまでは、本当に私とお兄様の二人だけだったのだ。

 私は何時も、お兄様の傍にいた。お兄様は、何時も傍にいてくれた。

 お兄様が学校に行くようになってからは離れてしまったが、其れは私が我慢すれば良かっただけの話だ。お兄様が傍にいない時間に何をしていたのかは、今では全く思い出せない。いや、当時から覚えていなかったのかもしれない。どの道、詮のないことだ。


 私の世話は、全てお兄様がしてくれたといってもよい。私は、お兄様の愛に包まれて生きて――――いや、生かされてきたのだ。そんな私が、お兄様を愛するようになったのも、必然だと言えるだろう。


 思えば、あの時は本当に幸せだった…………反吐が出そうなくらいに。



「……畜生」



 偶然だった。考えもしなかった。気付こうともしなかった。

 お兄様が、私に両親に殴られた跡を隠すのに必死だったことなど。

 偶然、ドアの隙間から見てしまった。父と母が、お兄様を傷付けるのを。

 一度気付けば、わけもない。周囲の有象無象から“天才”と持て囃されていた私の頭は、方程式になってすらいない単純明快な問題の答えを、即座に弾き出した。


 同時に、頭が沸騰するのを感じた。その場で駆けだし、自室に戻り、鍵をかけた。

 ベットの上に倒れ、気がついた時には、シーツを濡らしていた。



「……畜生、畜生畜生畜生ォ…………」



 あまりに自分の業の深さ、そして情けなさに、私は歯軋りして、涙を流した。

 ふと、机に視線が行く。其処にあった写真立てには、私とお兄様が笑顔で笑っていた。


――――笑っていた(・・・・・)



「――――畜生ォ!!!」



 頭がカッと熱くなり、私は写真立てに飛びついた。中から写真を取り出し、机の上に転がっていたボールペンをひっつかみ、ペン先を笑顔の私に思い切り突き立てた。

 怒りのままに突き立て、罵りを繰り返す。涙はもう止まっていた。最初から、流す資格などなかったのだ。


 お前(・・)に、お兄様の隣で、何食わぬ顔して笑っている資格など、あるものか!!!

 私はお兄様に、護られる資格もなかった。甘える資格も、ましてや愛する資格など、あるはずもなかった。

 唯、お兄様の苦しみに気付かなかった。

 その原因は、分かりきっているのに。


 父と母は、罵倒していた。私と比べて(・・・・・)、お兄様を出来損ないと呼んでいた。恥だと言っていた。


 元々私は、お兄様に育てられて来たのだ。最初から、あんな連中は親とも思っていない。

 だから、私の中には「裏切られた」感覚などなかった。

 私が不信となったのは、両親ではない。……私自身(・・・)だ。


 今でも、笑いが込み上げてくる。如何して、私はこんな最低の屑を信じてきたのだろう。お兄様の愛を糧に生きてきながら、お兄様の負担となっていた莫迦な女を。


 その日、私は一つの教訓を得た。


 お兄様以外に、信ずるべきものなど存在しない。


 気がつけば、机はボールペンのインクと、私の血が混ざった不快な液体で汚れていた。プラスチック製のボールペンが折れ、無造作に転がっている。

 私は写真を掴み、笑顔で映っているお兄様を残して、芥箱に破り捨てた。同時に、アルバムから新しい写真を取り出す。

 同じように、お兄様と私が笑い合っている写真だ。

……残しておこう。自分の業を、二度と忘れないように。


 此の写真を見る度に、私はどうしようもない殺意を抱く。無論、その対象は、笑顔で映る莫迦な女だ。






「………………」



 意識が覚醒し、私は上半身を起こした。壁にかかる時計を見つめる。午前五時。

 卓上カレンダーを見て、フッと息を吐く。今日は日曜日だ。


 習慣と化しているかのように、机に飾られている写真を見つめ、笑顔で映る私を睨む。

 それでも、お兄様の事を思い浮かべ、気分が軽やかになってしまう。

 頭ではわかっていながらも、お兄様への想いは止まらない。



「……懐かしい夢、ね」



 人生で初めて、自分を心の底から憎んだあの日。落ち着いた私を改めて襲ったのは、両親への形容しがたい憎悪だった。

 それ以降、私は力を手に入れることに全てをかけた。

 心身を鍛え、力を蓄える。あんな屑共がいなくても、お兄様を養えるように。


 改めて周囲を見渡してみれば、お兄様の周りは敵だらけだった。


 私はお兄様を侮辱してきたモノを殺し、告白しようとしたモノを殺し、近付こうとしたモノを殺し、少しずつ力を付けていった。


 いつの間にか、それに銀夜が加わり、私たちはお兄様の世界のために、唯お兄様に捧げ尽くすために動いてきた。

 今後暫く、其れは変わらないだろう。

 私が銀夜を殺すまでは。

……正確に言うと、お兄様が、銀夜を必要としなくなるまでは、か。お兄様の性格上、その可能性は絶無に近いが。






 外に出て、一通りトレーニングをすませば、いつの間にか起きていた銀夜が朝食を作っていた。

 シャワーを浴び、お兄様が起きるまで待つ。

 そして、階段を下りてくる音が聞こえれば、私は精一杯の頬笑みを浮かべ、お兄様に言うのだ。



「おはようございます、お兄様」






 ちょっとミューの過去に触れてみました。


 ミューのコンセプトは、「日常に潜む最悪の怪物」です。ファンタジーの欠片もないリアルな世界に現れた、兄のためなら何でもする怪物。見かけではなく、心にそんな怪物を飼っている人間がいるとしたら、世界はどうなるのか。

 そう考えて、生み出したキャラが彼女です。

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