第九話 闇夜の憤怒 前編
漸くヤンデレが動き始めます。
後編ではミューが暴れる予定です。
「では、お兄様」
「あぁ、また放課後に」
去りゆくお兄様の後姿に頭を下げ、私は自身のげた箱から上履きを取り出そうとする。
と、上履きの上に手紙が入っていることに気付いた。その時点で、其れを破り捨てたい衝動に駆られるが、そうもいかずに一読する。
「……また、か」
最早ため息をつくのも億劫だった。本当に自慢ではないのだが、私はよく告白される。大抵の場合、手紙で呼び出されて告白される。
無視したいところだが、神ノ瀬 晴渡の妹として悪い印象を持たれないよう、私は渋々ながら出向き、そして断っている。
本音ならそんな奴らの相手はしたくないし、常にお兄様の御姿だけを追っていたい。しかし、学年も違う以上、ずっとお兄様の後ろに控えることは兄妹であることを考えても不自然であり、お兄様に迷惑をかけられない。
そのため私は、登下校と昼食時を除き、出来る限りお兄様と触れ合う時間を減らしてきた。言うまでもなく、人前でお兄様にすり寄ったりしない。
それでも、お兄様からなるべく離れたくない。ついでに言うと、鬱陶しい事この上ない。
唯でさえ、あの女がお兄様に告白し、腸が煮えくり返っているというのに。
しかし、其れは決して顔には出さない。
私の名は神ノ瀬 深雨。お兄様の理想の女として、妹として、無様な姿など曝せない。
「……そうですか…………」
背を向けて歩き出す呼び出し主を一瞥し、私はすぐに踵を返す。
よりにも寄って、昼休みや放課後にに呼び出されるパターンが一番多く、一番最悪だ。
何しろその時間帯は、私にとっては詰らない学園生活で最も充実した時間、即ちお兄様と共に過ごせる時間であるからだ。
表面上は心苦しく断り、申し訳なさ気に頭を下げる。しかし内心では、呼び出し主への殺意を抑えるのに苦労していた。
兎に角、塵以下の存在との時間など無駄以外の何物でもない。もうすぐ昼休みも終わる。
はやくお兄様の元に行き……もう昼食はお食べになっているだろうから、お茶をついで差し上げたい。そう思い、私はかけ足になりそうなのを堪えて歩き出した。
しかし。
「……あいつめ……」
「――――」
呼び出し主が呟いた言葉は、私の耳にはっきりと届いた。
……またか。
周囲の有象無象共は私に鬱陶しい視線を送り、同時にお兄様に嫉妬の視線を送る。私と共にいるお兄様が羨ましいとか、そんな巫山戯た理由によって、だ。
時には、妹より劣る兄を軽蔑する視線も送ることすらある。
私への視線は良い。鬱陶しいと言えば鬱陶しいが、とはいえ気にしているわけでもない。私にとって、お兄様以外の存在など、お兄様の髪の毛一本の価値もない。
しかし、お兄様への視線となれば話は別だ。それが、嫉妬や敵意、侮蔑の視線ならば尚更。
私は、常に人の醜さに触れて生きてきた。両親、銀夜、有象無象共、そして私自身の醜さに。そのせいか、私はこういったものを即座に感じ取れるようになった。……即ち、お兄様への悪意。
ほんの少しの嫉妬も、敵意も、侮辱も、私は決して許しはしない。
………………頭が煮え滾る。血が沸騰する。歯が砕けそうなほど食い縛る。
まぁ、いい。
屑を消すのは何時でもできる。今は、お兄様の御傍に――――。
そう結論し、私は再び歩き出した。
握りしめた拳を、見られないよう隠しながら。
……結局、お兄様にお茶を一杯注いだだけで、昼休みは終わってしまった。
いや、終わってはいなかったのだが、私も自分の昼食を取らなくてはいけない。本音を言えば、もっとお兄様の御世話をしたいのだが、食事は身体の資本だ。お兄様に相応しい身体を維持し、さらに磨きをかけるためには、食事を欠くなど問題外だ。
まぁ、食事中もお兄様と同じ空間にいられることに違いはないので、満足すべきだろう。
こう見えて、私は自身の身体には気を遣っている。もっともそれは、自身が大切だとかそういう理由ではない。あくまで、お兄様に捧げるためだ。
余計な屑まで寄ってくるという副産物もあるが、それでもお兄様が満足できるよう、美しさの向上や肌のケアに余念はない。
「それじゃあ」
「はい」
お兄様の御姿を見送り、私は教室へと戻る。
B組の教室に戻ると、数人のクラスメイトが挨拶してきた。いつものことなので、適当に返す。浮雲さんを筆頭に、私に話しかけてくる生徒、特に女子は其れなりに多い。
後はレヴェルの低い授業を聞き流しつつ、お兄様の事と此れから先の事に考えを巡らす。
……しかし、銀夜も言っていた通り、最近“処理”のペースが速すぎるか……屑を一秒でも野放しにしておくのは不快だが、今回はもう少し間を開けてみようか。
どの道、この先躑躅堂を消すならば、其れなりに準備も手間もかかる。
そんなことを考えていたが……放課後、この計画を早速破棄することになるとは思わなかった。
少し長くなったので、前後編に分けることにしました。
惨劇は次話ということで。