第一章:第六話:その名は……
「……ん……ふぁ……」
ヴィントの膝の上で寝ていた少女はゆっくりと目を開け、焦点の合わないアメシストの瞳でヴィントを見る。
ちなみに盗賊たちはヴィントが一か所に集めて魔術で拘束されており、まだ目は覚ましていない。
アンペルの三人は拘束はされてはいないが、武装を解除して地面に転がっている。
「!? ……起きたか?」
トロンとした様子にヴィントは一瞬ドキッとする。
「はい……あなたは?」
目をパチパチと瞬きさせ、なんとか覚醒し始めたであろう頭は先ほど起きたことよりも目の前の現状把握に努めたようだ。
「俺はヴィン……ヴィオ。通りすがりの者だ。」
危うく本名を告げそうになったヴィントは咄嗟に偽名など思いつかず、誤魔化すように微笑を浮かべて愛称を告げる。
「君の名前は?」
「……っ!?」
怖がらせないように笑顔を浮かべるヴィントの顔を、ようやく覚醒した少女は至近距離で見つめて赤面すると、バッと起き上がり、あたふたしながらも自己紹介を始める。
「あ、わっ私の名前はアプリル。アプリル・フリューリングって言いましゅっ。」
盛大に噛んだ少女……アプリルは赤面していた顔をさらに赤くし、さながら瞬間湯沸し器のように顔から湯気が出る一歩手前といったところだ。
「……ア、アプリルか……」
「は、はい……」
消え入るような声で返事をするアプリルだった。
「うぅ……」
そんなやり取りをしている二人から少し離れたところに転がっていたロートがどうやら目を覚まそうとしているようだ。
「あ、あの人は……」
「そうだ、何があったか教えてくれないか?」
ロートの呻き声に初めて辺りを見回すアプリルに状況の説明を求めるヴィント。
大体の推測はついているが、流石に詳細までは掴めていない。
「えっと……」
アプリル自身も現在の状況が全く掴めていないが、最初の出来事から話し始めた。
所々噛みながら……
†
†
†
アプリルは自分が気絶したところまで話す。
「……」
「どうしました?」
何とも言えない顔でいるヴィントの様子を伺うアプリル。
「いや……ちょっと、な。」
「?」
要領を得ない回答にアプリルが困惑していると、突然ヴィントが目を鋭くさせた。
「ッ!?」
シュッと何かが空気を切る音がしたかと思うと、目の前にいたヴィントの姿は消え、その位置にナイフが飛んできた。
「キャッ!?」
「お目覚めのようで……箒星のロートさん?」
声はアプリルの後ろから……いつの間にかヴィントは剣を抜き、投擲用のナイフを構えるロートと睨み合っていた。
「お陰様で最悪の目覚めだよ……で、お前は何者だ?」
「ただの通りすがりだ。」
「ハッ、ただの通りすがりがあんな魔術をぶっ放せるか……答えろ、お前は何者だ?」
―――流石は二つ名持ち……正体までは見抜けなくても大体のアタリはつけてるってか……そして、大分お怒りのようだ。
この国で魔術を扱える人間というのはそう珍しくはない。
だが、人を気絶させられるほどの威力を持つ魔術を扱える人間はそう多くはないだろう。
そんな人間はオステン王国の魔術師団か魔術師を輩出してきた名門貴族、そこそこ腕のある冒険者ぐらいだ。
各国を股にかける義賊の目から見ればヴィントはどれにも当てはまらない。
魔術師団ならば一人で軍服も着ずにこんな森の中にいるのもおかしい、貴族ならば服装が質素すぎるくせに護衛の一人もいない、一番当てはまりそうな冒険者にしては服装が軽装過ぎる上に漂う雰囲気が明らかに違っている。
現在のヴィントは冒険者と同じカテゴリに近いが、その割には装備が少ない。
これにはある理由があるのだが、そこまではロートも見抜けないし、あながち的外れな見解でもない。
「悪いが、その問いには答えられないな。それから、先ほどの早とちりした攻撃は謝るから武器を下げてくれないか?」
「そんな提案を受け入れると思うか?」
剣を収めて両手を軽く上げるヴィントをロートが睨み付ける。
「ああ。」
ヴィントの提案を訝しげにしていたロートだが、ヴィントのあまりにも迷いのない返答に呆気を取られる。
「何故そう思う?」
「この娘を盗賊から守っただろ? それにアンペルの噂は聞いてるよ。悪しきを挫いて弱きを助けるってな。」
その言葉にロートは大声を上げて笑う。
「くくくッ……お前面白いな。」
「褒め言葉として受け取っておくよ。」
「いいだろう、お前の攻撃は許してやるよ。ただしそれには条件がある。」
「条件……?」
「ああ、俺と戦え。」
「……へ?」
今度はロートの提案を訝しげにしていたヴィントが呆気に取られる番だった。
「こっちにも矜持ってのがあってな……不意打ちとはいえ、お前みたいなガキに手も足も出ずに負けたってのは納得いかねーんだよ。それに、随分と強そうだしな。」
「……」
「それと……そうだな、俺が勝ったらお前の正体と強さの秘密を教えてもらおうかね。逆にお前が勝ったら……適当になんか考えておけ。どうだ?」
「子ども相手に天下のアンペルが……って思うけど、落ち度はこっちにある。受けて立ってやろうじゃんか。」
「なら決まりだ。それから俺の剣を返せ。」
ヴィントは振り返り、木の後ろに隠していた剣を手に取るとロートに投げ渡す。
「アプリルは下がってってな。」
「ヴィオさん……」
剣を抜きロートと相対するヴィント。
「んじゃま、始めますか。」
「ああ。」
アプリルが見守る中、二人の姿がブレた。
ガキィィーン
金属と金属がぶつかった音が森に響く。
†
†
†
何度音が森に響いただろう。
互いの力が拮抗しているのだろうか、どちらかが押し切るような展開にはまだなっていない。
「本気は出さないのか?」
剣の応酬を一旦止めてヴィントは訊ねる。
ヴィント自身も魔術を一切使っていないが、ロート自身も本気を出しているようには見えない。
「それはお互い様だろ? だが、様子見もこれくらいにしとこうか。」
ロートは剣を水平に構えると人差し指と中指を立てて刀身の部分を撫でていくと、刀身に魔術文字が浮かび上がった。
「法剣か……」
法剣とは法具と呼ばれる武器の一つであり、魔術を使えない者の為に造られた剣である。
刀身の部分には魔術文字が刻まれており、その文字を撫でるだけで魔術文字に込められていた魔術が解放されるというものだ。
「いくぞ! 箒星の二つ名の真の意味を見せてやる!」
ロートは淡く発光する剣で襲い掛かってくる。
ヴィントは法剣の能力を恐れ、切り結ぶのではなくロートの頭上を飛び越え背後に回り込んだ。
そこで、違和感を覚える。
空気がおかしい。
「流れろ。」
「!?」
瞬間、ロートの振るった法剣の軌跡が爆ぜた。
ヴィントは魔力を瞬時に高め、抵抗する。
ロートも加減はしていたのか、体に火傷を負うことはなかったが、上に着ていた服が燃えた。
「!? 左胸のそいつは……なんでこんな所に?」
所々で布地も残っているが上半身がほぼ半裸のヴィントの左胸には、初代国王……覇王竜アインスの再来と呼ばしめた竜の《王認紋》があった。
「ちっ……」
「ってことはお前、ヴィント・シュタート・ナトゥーアか!」
ロートの驚愕の声が森に響いた。
木の下でアプリルも目を丸くしているのが視界に入った。
ヴィントは忌々しそう燃え残った服を引きちぎる。
「……そうだ。なぁ、さっき俺が勝ったら適当になんか考えておけって言ったな?」
「? ……ああ。」
「なら一つ言うことを聞いてもらおう、かッ!」
「勝てたら、なッ!」
二人の影が交錯した。
前回から間が空いてしまって申し訳ないです(/_;)
すでに大分改稿前とかけ離れてますね。
いや、そんなの最初からか……
大筋は変えるつもりは無いので、次話かその次ぐらいには第一章が終わる予定です。一応。
誤字脱字の報告、感想お待ちしております(^^)