第一章:第五話:義を持つものたち
「ふっふふっふ〜ん♪」
木漏れ日が漏れる森の中で暢気に鼻歌を歌いながら一人の少女が歩いている。
銀色の綺麗な髪を背中まで伸ばし、瞳にはアメシストのような美しい紫の色合いを輝かせている。
彼女の背中には大きめの麻袋が一つ。
どうやら、どこかへの旅路の途中のようだ。
まだ出発したばかりなのか疲労感などは窺えず、とても気持ち良さそうに歩いていると少女の目の前に茂みからウサギが飛び出してきた。
ウサギは少女の前を横切ると、森の奥へ逃げていった。
「わ、かっわいぃ~待ってよー」
可愛いものに目が無いのか、道から逸れるのも厭わずに、少女はウサギを追いかけ森の奥へと走っていった。
しかし、ウサギの軽やかな動きについて行けず、程なく見失った。
「あれぇ~いないなぁ? どこ行っちゃったのかな?」
そう呟きながら目の上に手を翳して辺りを見渡していると、後ろの茂みから物音がした。
「ん、ウサギかな?」
少女が期待に満ちた顔で振り向くとそこには、下卑た笑いを浮かべた十数人の男たちが少女を取り囲むようにして佇んでいた。
「へへ、物音がするから見に来てみりゃ、女がいんじゃねえーか!」
「あぁ、しかもかなりの上玉じゃねーか! 最近は女を抱いてなかったし丁度良い。」
「そうだな、俺らで楽しんだ後は奴隷商人か娼婦館にでも売り飛ばすか……きっといい金になるぜ?」
男たちは少女の体を舐め回すように見つめながら口々に下賎な言葉を投げかけると、懐からナイフを取り出す。
「ひっ!?」
少女は逃げようと後退りしようとするが、背後にあった木が退路を無くした。
男たちは剣や弓などの武器を片手に少女を囲んだ。
「無駄な抵抗すんなよ。何も殺したりしねーさ、ただ逃げたり暴れたりしたら痛い目に合うかもしれねーけどな。」
「あぁ……けど、傷でもつけたら商品価値が下がるから気をつけろよ。」
「どうせならこの状況を受け入れちまえよ。どっちかというと気持ちよくなれるぜ? へへ……」
数人の男が近寄ってくるにつれて、少女は瞳にどんどんと涙を浮かべていく。
だが、男達はそんなことも気にせず距離を縮めてきて、ついに少女は恐怖から悲鳴を上げた。
「イッ、イヤ! だっ、誰か助けて…キャァ~」
少女の悲鳴が白昼の森に響き渡る。
「へっ、そんなに声出しても誰も助けに来ねーよ。」
「あぁ、こんな森の奥まで人なんか来ないさ。」
「しかし、五月蝿いのもなんだ、猿ぐつわでもしておくか。」
男達の手が少女に触れようとしたとき
「オイ、お前ら! その嬢ちゃんに何をしている。」」
近づいていた数人は声が聞こえてきた方に顔を向けると、目に映ったのは視界一面の靴底だった。
「へぶっ!?」
闖入者たちに蹴り飛ばされた三人は奇声を発して、少女から少し離れていた盗賊たちの元へ吹っ飛んできた。
「何だ、貴様らは?」
盗賊の中でも周囲の連中とは漂う雰囲気が違う男……盗賊の頭は闖入者たちに鋭い視線と共に疑問を投げかける。
少女も突然の展開に思考が追いつかないようで、口が開いている。
「何だっていいだろ。俺らはお前等の敵……ただそれだけだ。」
赤毛の男は不敵に笑うと腰に差してあった剣を引き抜く。
「ゲルプは左を、ブラウは右を頼んだ!」
赤毛の男が指示を出すと左右の二人が、おう! と応える。
そんな三人を見て、盗賊の頭が口元を歪める。
「ゲルプにブラウ……フンっ、聞いたことがあるぞ……ということは貴様は箒星のロートか……」
「あ、聞いたことある……悪質な貴族や商人しか狙わないっていう義賊……アンペル!」
頭の言葉に一人の男が続く。
「俺らも有名になっちまったな。」
「お前が派手なことばかりするからだ、ゲルプ。」
「うわ!? それはねーべ、ブラウ。」
「おい、その辺にしておけ。さっさとこいつらを沈めるぞ。」
ロートの言葉に二人の雰囲気が変わった。
「いくぞ!」
「返り討ちにしろ!」
ここに義賊と盗賊の戦いが始まった。
†
†
†
三対十一という人数差をものともせず、あっという間に盗賊を片付けたアンペルの三人。
特にリーダーであるロートの強さは圧倒的で、一人で盗賊の頭を含めて五人も倒したのだ。
扱う剣技は目で追えず剣の軌跡が彗星の様に目に映り、立ちはだかる敵をはるで塵やゴミを掃く様で、悪しき貴族や大商人には凶事を運ぶ……いつしか箒星の二つ名が付くまでになった。
この世界で二つ名が付くという事は各国の騎士団の部隊長やその上を束ねる団長に、とオファーが来るほどだ。
三人の戦いぶりに唖然としていた少女へ、剣を鞘へ収めたロートは体を向ける。
「嬢ちゃん、怪我は無いか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「そりゃ、よかった。立てるかい、嬢ちゃん?」
ロートに言われて何とか立ち上がる少女。
「はい……あっ!?」
しかし、今まであった出来事が衝撃的だったのか十秒もせず、再びその場にへたり込む少女。
「大丈夫か!?」
へたり込む少女に駆け寄ろうとする三人に不幸が起こった。
遠くから風に乗って魔術の発動が完了する魔術名……“怒りの雷”のオトが聴こえた。
「ッ!?」
ドッシャーーーン
稲光と共にけたたましい轟音が森に響き渡る。
少女は突然の展開に意識を失い、ゲルプとブラウは雷に打たれて意識を刈り取られた。
何とか効果範囲から飛び出すように逃げたロートはすぐさま体勢を立て直し、“怒りの雷”の飛んできた方向を閃光で霞む目で睨み付ける。
「よく避けることができたな。完全に不意を突いたと思ったんだが……」
「ゼェゼェ……何なんだ、テメーはよッ!?」
突然木の上から現れた金髪紅眼の少年に声を荒げるロート。
「悪党に名乗るほど俺の名前は安くはないんでね。お前も沈め。」
ロートが瞼を閉じたのは一瞬……少年を次に見たときは鳩尾に拳を叩き込んでくる姿だった。
「うがっ……」
ロートはそこで意識を無くした。