第一章:第一話:隔てられる空と風
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「本当に一人で行くの? 何ならゼクレをお供に付ける?」
城の裏の通用口で装飾の少なめな一見質素にも見える薄い黄色のドレスを身に纏った美しい女性が、頬に手を当てて心配そうな表情を浮かべている。
陽の光を浴びて黄金に輝く髪を風に遊ばせるその女性はまるで絵画のようで、見るもの全てを虜にする。
貴族たちの豪華絢爛な社交界にでも出れば貴族達から様々な賛辞の言葉やダンスの誘いなど引く手数多だろうが、その可能性は限りなく零に近いだろう。
何故なら―――
「いや、いいよ。ゼクレは母さん付きのボディーガードだしさ。」
―――すでに一児の母であるからだ。しかも、その息子、歳は十七歳である。
そして、今代の王家の恥と呼ばれる様な数々の衝撃的事件を起こした張本人である。
「私にボディーガードなんていると思う?」
見目麗しい見た目からは想像できないアグレッシブな性格の女性……オステン王国の現国王の第二子のシエロは、ふふんと腰に手を当てて豊かな胸を張るという幼い行動を取る。
誰が見ても二十代半ば・・・時には二十代前半や十代の少女にも見間違えられるこの女性、自分が産んだ目の前の息子の年齢にはすでに身籠っている。
年齢は推して計るべきである。
「いい歳してそんなポーズ取るなよ、母さん。」
いまだに歳を感じさせない母親に、息子は傍らにいる馬の顔を撫でながら皮肉を言う。
軽口を叩き合う二人の傍らには、燕尾服を身に纏い蒼銀の髪を結い上げた若い女性が、整った顔に表情一つ浮かべず佇んでいるが、親しい者から見れば頭を痛そうにしているのが窺える。
普段は立場など気にしなくて良いと目の前の主人達は言っているが、今日は曲がりなりにもオステン王国王家の人間の旅の門出であり、立場上なんとか頭に手をやるのを我慢しているのも窺い知れる。
燕尾服を着こなす若い女性、ゼクレはエメラルドグリーンの瞳を閉じ、目の前の母子がしている当分は聞けないだろう言葉の応酬に耳を傾ける。
オステン王国の恥と言われている母から生まれた問題児であるが、王位継承権第三位のヴィントの生い立ち上、派手な式は開かれず、極少数の身内だけに挨拶を済まし、静かに出発しようとしている。
しかし、追い討ちを掛けるように嫌味たらしくヴィントの出発を見下ろしている複数の視線を感じたゼクレは人知れず心の中でため息を吐いた。
声は聞こえないだろうが、これは曲がりなりにもヴィントという王族の旅の門出という式典だ。
自分が式典中に変な動作や粗相でもしようものなら、これ幸いにとすぐにでも元老院派の大臣達が自分の代わりに、彼らにとって都合のいい人間をシエロ付きの使用人に宛がうに違いない。
そうなったら、シエロは様々な陰謀が渦巻く王宮でほぼ孤立無縁になる。
そう考える優秀な使用人の苦悩など露知らずといった感じで目の前の母子は気楽そうにしている。
「まァ、それは置いといて……俺は大丈夫だ。それに母さんの方こそ何があるか分からないだろ? しかも、ゼクレがいないと母さん……何もできないだろ。」
「うぐっ、失礼ね……」
「朝は起きられないし、服の在り方もゼクレがいないと分からないだろ。いいよ、一人で大丈夫だ。」
「……色々と癪に障ることを言われてるのは気に入らないけど……まァいいわ、気をつけて行きなさい、ヴィオ。」
「あぁ、行ってくる。母さんのことよろしく頼むな、ゼクレ。」
「この命に代えてもお守りします。ヴィント様もお気をつけて。」
恭しく頭を下げるゼクレにヴィントは苦笑交じりの顔を見せる。
「おいおい、今更俺らの間にそんな畏まった言葉は要らないだろ。」
「しかし、どこで誰が見聞きしているか分かりませんし・・・」
実はこの二人、幼少期から一緒に育ってきた幼馴染である。
シエロ付きであった前使用人の娘であるゼクレは、親同士が仲が良かったのもあり、ヴィントとは姉弟の様に育ってきた。
「あぁ、糞ジジイ共(元老院)の視線のことか。それなら大丈夫だろ。耄碌した目じゃ大して見えてないさ。盗聴系の魔法を使われている気配も感じないしな。行動にだけ気をつければいいさ。」
ヴィントは万人を魅了する様な紅の瞳を一瞬、王城に向けながら嘲笑う様に言う。
「驚いたわ……ちゃんと気づいていたの? しかも、そこまで気が付い……ッ!?」
ヴィントの発言に感心するのも束の間。
「「ッ!?」」
王城の方から直径2メートルはあろう火炎球が三人に迫って来るのをその場にいた全員が察知する。
「出て行くって言ってんのに最後までしつこいな。」
「これ、ヴィオにじゃなくて私狙いじゃない? あわよくば三人諸共とかでしょうけど。」
火炎球が迫っているにも関わらず暢気に相手側の意図について話し合う母子。
そんな二人を尻目にゼクレは一歩前に出る。
もしも、二人が迎撃でもしようものなら大臣達の糾弾を受けるのは目に見えてる。
お前は何の為にシエロ様に付いているのだ? と……失敗しても同じだ。
「ふぅ……お二人は下がって下さい。脚部強化……ハッ!」
―――まァ、こんなカスみたいな魔法なんて屁でもないけど!
迫り来る火炎球をゼクレはジャンプし、天高く蹴り上げる。
「「たーまやー」」
そして、二人の投げやりな言葉に着地を失敗しそうになる。
気を取り直してゼクレが二人と向き合おうとすると、火炎球の飛んできた方向から一人の兵士が小走りでやってくる。
兵士が近づくにつれ、その兵士がオステン軍の魔術師団の部隊長の証であるローブを着ていることに三人は気付く。
「これはこれは……シエロ様にヴィント様。お二人が先ほど我が部隊の魔術演習で誤ってこちらに放たれた火炎球を天高く弾き飛ばされたのですか?」
部隊長は王族相手に粗相をしたにも関らずに大した焦りも見せずにいる。
「いいえ、私の付き人であるゼクレが対応してくれたわ。」
シエロも相手の態度など歯牙にも掛けずに穏やかに答える。
「そうでしたか……いや、我が部隊の者が手元を狂わしてしまいまして誠に申し訳ありませんでした。危うく王族の方に怪我を負わせてしまうところでした。」
「なッ……!?」
「ゼクレ。」
そんなシエロに対して誠意が全く感じられない部隊長の言葉にゼクレが声を張り上げそうになるのをヴィントが止める。
「おやおや、一体どうなされましたか、シエロ様?」
「……ラディカーレン大臣。」
王城から歩いてくる人物にヴィントが忌々しそうに名前を呟く。
「そこの者、私に詳しく話しなさい。」
「ハッ、実は……」
部隊長はラディカーレンに事の顛末を伝えた。
まるで申し合わせて合ったような二人の会話は出来損ないの茶番劇より酷く、それを冷たく見る二つの視線と感情が読めない視線が一つ……
その視線に気付かないラディカーレンは後に、自分の策略が目の前の人物に全く持って無意味だったことを思い知ることになる。