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子だくさん

作者: 山中幸盛

 初秋の日曜日の夕刻近く、書いている小説原稿が煮詰まったので、二十分ほど歩いて図書館に隣接する公園まで行ってみた。三基あるベンチのうち二基に先客がいたため、私は空いている真ん中のベンチに腰かけた。

 広場では背の高さがまちまちな五人の男子児童がサッカーボールを追い回し、すべり台の上には就学前とおぼしき服の色が違うだけの双子姉妹がいて、その傍らのあずまやではコック帽をかぶった小学校低学年の女児が二人でままごと遊びに興じている。遠く離れた簡易ネットの前では中学生くらいの男子二人が本格的なキャッチボールをしていて、一球一球がスパン、スパンと小気味よい音を公園中に鳴り響かせている。 

 左となりのベンチにいる婦人はおそらく三十代後半、眠っている乳児を両腕で抱えてすべり台の双子姉妹に微笑みかけている。右となりのベンチにいる四十歳ほどの男性は最新型のノートパソコンを開いてしきりに何か入力しているが、サッカーボールを追い回していた一番小さな男児が途中でノートパソコンをのぞきに来たから父子かもしれない。

 双子の赤色服の方がすべり台からすべり降りてあずまやの二人のところへ行くと、待ち構えていた一人が「いらっしゃいませー」と大声を張り上げた。すると、お客役の赤色服は大まじめな顔でたずねる。

「きょうのおすすめは何かしら?」

 コック帽をかぶった店員役も大まじめだ。

「ミルフィーユのような、とてもおしゃれなお漬け物がありますよ」

 『漬け物?』と私は聞き違えたのかと耳を疑ったが、赤色服は『漬け物』と聞いても一向に動じない。

「どんなお漬け物?」

「昆布じめした真鯛を、塩漬けしたキャベツ・玉ネギ・アスパラガス・カボチャ・パプリカと重ねて、ワインビネガーとオリーブオイル主体のさっぱりしたドレッシングに漬け込んであります」

「わー、美味しそう、おいくらかしら?」

「税込みで六百三十円になります」

「お安いのね」

 おいおい、漬け物にしては高価だと思うのだが、真鯛も入っていることだし子どものお遊びだから百歩ゆずってよしとしよう。

 そこに、すべり台からすべり降りた双子の黄色服の方がやってくると、もう一人のコック帽も大声を張り上げる。

「いらっしゃいませー」

「おいしいお菓子はあるかしら?」

 そうそう、おままごとなんだから、漬け物よりはお菓子の方が王道だ。

「名古屋ロールはいかがですか?」

「ロールケーキって、ありふれてない? わたしこれでもグルメなのよ」

「味は保証します。香ばしい自家焙煎コーヒーの風味豊かな生地に、すっきり口どけの良い上質のバタークリーム、ほんのり甘い小倉あん、さらに渋皮栗をしのばせた絶妙な味のバランスが楽しめるぜいたくな逸品です」

「バターはどちらのお牛? 口蹄疫はいやよ」

「だいじょうぶ、北海道の別海町産です」

「栗の中から虫の死骸が出てきたりしないでしょうね?」

「岐阜の専属農家と契約しております」

「じゃ、安心ね」

 黄色服はデニムの短パンのポケットからエアー財布を取り出してたずねる。

「おいくら?」

「千二百円になります」

「まあ、お値打ちね」

 おいまてこら、ロールケーキにしては高すぎるだろ、私は開いた口がふさがらない。

 そこに、超ミニスカートをはいた高校生くらいの女子が公園にやってきて、私のとなりのベンチにいる婦人に話しかけた。

「お母さん、夕食の用意ができたよ」

「ありがとう、早かったわね」

「カレーライスだから」

「それじゃ、この子たちを連れてって」

 と言って婦人はベンチから立ち上がり、あずまやにいるグルメたちに声をかけた。

「あなたたち、先にいただきなさい」

「はーい」

 あずまやの四人姉妹は手際よくおままごとセットを片付け、迎えに来た姉を取り囲んで公園から出て行った。そして婦人は私の前を横切り、ノートパソコンの男性に言った。

「お父さん、あと三十分くらいしたらみんなで帰ってきて」

 男性は顔も上げずに腕時計を見て「わかった」と応え、入力を続ける。

 私は半信半疑でサッカーボールを追い回している『みんな』を眺め、まさか、と疑いながらキャッチボールしている二人に視線を移すと、あにはからんや、乳児を男性に預けた婦人が金属バットを肩にかついでのっしのっしと二人に近づいて行った。

                      (文芸同人誌『北斗』同人)



*『東海志にせの会』発行「あじくりげ」2010年(平成22年)10月号【味・ショート・ショート】に掲載

*「妻は宇宙人」/ウェブリブログ  http://12393912.at.webry.info/



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