二人の侵入者
シュバルツァークロイツの組織は、大きくわけて、総帥が直接指揮をとる運行管理局と、総元帥を介して間接的に指揮を取る防衛局の二つに別れています。
運行管理局は、列車の運行管理や各路線の保線から、ステーション周辺の治安維持など、主に平常時の業務がメインで、防衛局は、各列車総隊等の戦闘組織の管理、運用や戦闘列車等の兵器開発等の侵攻や防衛がメインになっています。
常闇の港湾都市群
ブルーネ
ブルーネは元々日の光の差さない漆黒の闇と水しか存在しない小さなブレーンだった。
しかし、シュバルツァークロイツがここに無数のメガフロートの島を浮かべ始めると、光が常闇を照らす夜景の美しい港湾都市群となった。
更に海底に眠るミスリルやマナルの鉱脈を採掘する、海上の採掘基地と港を結ぶ貨物船の貨物の積み降ろし用の巨大な港湾施設やその貨物を他の世界に運ぶ巨大な貨物ターミナル駅が存在する。
しかし、仕事を求めてやって来る人々の玄関であるはずのテーションは未だに局地ターミナル規模であり、増加し続ける列車にパンク寸前の過密発着ダイヤで半ば通過型ターミナル状態での運用を余儀なくされていた。
そんな中でも例外は存在する。
普通列車から快速列車までを捌く通常ターミナルとは別に、特急列車や特別列車専用の特別ターミナルがあった。
通常ターミナルの列車は、停時間20から30秒程度で次の列車のために慌ただしくホームを開けるのに対し、特別ターミナルの優等列車は短て30分、長いときは数時間近くホームに居座る事もある。
列車にも平民と貴族のような身分の違いがあるかのような扱いの違いである。
そんな優雅な停車中の優等列車の中にキンダーガルテン号の姿もあった。
サルカイ砂漠横断線を推進運転で、引き返したキンダーガルテン号は、サラマドターミナルステーションで救助した旅客列車を切り離した後、スイッチバック用軌道でスイッチバックし進行方向を元に戻す。
その後、ジマラ山岳線を豪快にスラッジ音を響かせながら爆走し、ターラン国際ターミナルステーションで燃料と物資を補給し、亜空間軌道本線へ入線。
亜空間軌道の本線から分岐するブルーネ局地戦略線に入りブルーネ局地ターミナルステーションに向かうという、所要時間約45時間の強行スケジュールをこなしていた。
この後、予定は簡易点検と補給を行い、侵攻準備中だったブルーネ列車隊を引き連れてアーシェリアに乗り込むだけである。
しかし、第3列車総隊の戦闘車輌は魔導蒸気機関車が牽引する。
つまり、出発前の調整に時間がかかるのだ。
更に、運行管理局の保線部が用意する亜空間シールドマシーンの到着が遅れているため、出発まで12時間近く時間があるようだ。
『出発時刻までには必ず戻って下さいね。』
ホームにはラズロット、リズロット、ラスティー、神奈の4人を見送るリタの姿があった。
まあ、12時間もあれば、双子達が街の見物がしたいと言い出すのは当然だろう。
4人を見送ったリタは、やれやれといちゃ具合に首をふると、再び自分の仕事に戻っていった。
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『なんだこれは!!』
ブルーネ局地ターミナルステーション通常ターミナルのホーム階段入口のど真ん中で立ち尽くす、黒レザーパンツとジャケットにサングラスの金髪男が1人。
彼の名はヒューズ レイン、亜空間管理局のエージェントだ。
彼が唖然としているのには訳がある。
亜空間管理局は、各世界固有の文明や文化を保全し世界の多様性を維持する事を目的として活動する機関である。
当然、暗黒武装鉄道結社が行う亜空間軌道事業は、彼らからすれば完全な犯罪行為である。
そんな犯罪行為が、目の前でしかも20秒間隔(各乗り場毎)で堂々と行われている光景を見れば、彼以外のエージェントでも同じ反応をするだろう。
『4番乗り場到着の列車はノースブリザッド鉄道のブリザッド国際ターミナルステーション行きの区間快速です。停車時間20秒となっておりますお急ぎ下さい。』
『続きまして3番乗り場到着の列車はグリーンロンド電鉄のフォレストフォート行きの準急です。停車時間30秒となっておりますお急ぎ下さい。』
ホームには、マイク片手に、ひっきりなしに到着と発車を繰り返す各鉄道会社の列車のアナウンスを忙しくこなす駅員の姿があった。
シュバルツァークロイツの路線を走るのはシュバルツァークロイツの列車だけではなく、旅客事業や貨物輸送を請け負う下請け事業者が多数存在しているのである。
当然、それだけ過密ダイヤとなり、駅周辺の軌道は列車が渋滞している。
それを捌く駅員の負担は半端ではない。
そこへ・・・
『おい!貴様!!』
ヒューズが駅員の肩を掴み強引に引き寄せた。
『うわっ、危ないじゃないですか!
列車の案内でしたら総合案内窓口へいってください!忙しいんですから。
4番乗り場の列車、ドアが閉まりますご注意ください。』
駅員は忙しいから邪魔するなと言わんばかりの旧国鉄よろしくな対応をすると、再びマイク放送を始める。
『おいっ!!ッ~~~~っ』
その対応で頭に血が上り、駅員に詰め寄ろうとしたヒューズだったが、その瞬間後頭部を強打され頭を抱えしゃがみこんだ。
彼が振り返ると、そこには赤く光る目をした色白の14歳くらいの長い黒髪の少女がいた。
ジーンズのホットパンツに白いシャツその上から麻の質素なマントを羽織っている。
よくみると露出した関節部分に球体関節人形のような継ぎ目があり、彼女が人間では無い事がわかる。
彼女はプリッペアという名前の魔力式機械人形である。
『婆さん、いきなり殴るこたぁねえだろうが!』
『こうでもせんとお主は止まらぬからのぉ。
それに、局長の命令を無視していきなり騒ぎを起こすお主が全面的に悪い。』
頭を擦りながら抗議するヒューズだったが、彼女は全く悪びれる様子はない。
まあ、彼女は稼働開始から60年近く稼働し続けているため、外見はともかく年齢的には、彼より上なのである。
彼女はとある亜空間犯罪を繰り返してきた研究機関で生まれた魔法文明と機械文明の叡知の結晶である。
しかし、亜空間管理局の摘発により研究機関は消滅し、現在では彼女を生み出す技術はロストテクノロジーとなってしまった。
しかし、彼女は亜空間管理局で行える簡易的な整備のみで現在まで稼働し続けているのである。
『じゃあどうするんだよこれ!!』
『ここは亜空間管理局の力の及ばぬ場所ゆえ、摘発するわけにもいかぬであろう。
下手に騒ぎを起こせばわしらが犯罪者にされかねん。
任務はあくまでアーシェリアから迷い込んだ者の強制送還だけじゃ。』
『ちっ、分かったよ。
確かに喧嘩売るにはヤバそうだからな。』
ヒューズはそう言うと空を見上げた。
そこには、蒸気機関車に引かれ上空を移動する戦闘列車の集団がいた。
『13年前の物より遥かに強力になっておるようじゃな。
わしは特別ターミナルを当たる、お主は引き続き普通ターミナルじゃ。』
『うぃ。』
やる気の無い返事をしたヒューズはホームの人込みに消えていった。
それを見送ったプリッペアも特別ターミナルへ向かい歩き出した。
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『凄い人・・・王都でもこんな人混み見たことないわ。』
リタと別れたラズロット、リズロット、神奈、ラスティーの4人は、普通ターミナルを抜け、駅前のショッピングモールで買い物を楽しんでいた。
ショッピングモールはアーケード街になっていて、両サイドに商店が軒を連ね、中央のブルーネ局地ターミナルから居住地区まで延びる路線の併用軌道が走る広い歩道を挟む形になっている。
併用軌道を通る列車は時速10km程度の速度で、ドアを開放したまま徐行運転をする。
当然軌道は渋滞状態になるが、ドアが開放されている状態なので、自由に乗り降りができる動く休憩所となっている。
実はこのショッピングモール専用の路線は乗車料金が不要なのである。
そのからくりは、ショッピングモールの運営組合が、この路線を運営しているからである。
この無料の路線は多くのお客を呼び寄せ、路線維持費を補填しても余りある利益をショッピングモールにもたらし、更に物資輸送にも重宝されている。
『ラズ、リズ・・・』
何かに気が付いたのか、それまで楽しそうだった神奈の表情が緊張したものにかわる。
『気付いたですか・・・』
『黒い奴につけられてるのだ』
双子達も既に気付いていたらしく、顔は動かさず目で尾行者の姿を確認している。
尾行者の姿は黒のレザーパンツにジャケット、そしてサングラスと見るからに怪しい滑降である。
『一応これを渡しておくです。』
ラズロットはそう言うと、神奈に黒い剣の形をしたイヤリングを手渡した。
『これは?』
『この前の剣を改良して、普段はイヤリングの形で持ち歩けるようにしてみたのです♪
あと、魔力制御のサポートもしてくれるから、ある程度自由に魔法が使えるようになるはずなのです。』
『魔法・・・使える?!』
イヤリングの説明を聞いた神奈は、キラキラした眼でイヤリングを見つめる。
その姿は、誕生日プレゼントを貰った子供そのものである。
『とりあえず着けてみるです♪』
ラズロットに言われるまま、神奈はイヤリングを耳に着けた。
その瞬間、彼女の頭の中にイヤリングが持っていた剣の使い方、魔法の使い方等々、大量の情報が流れ込んできた。
大量の情報を受け入れた彼女は、人差し指を立て、試しに指先に小さな黒い炎を作り出し、嬉しそうにそれを眺める。
『完全に危ない娘になってるわよ・・・』
その様子を見て、ラスティーが呆れている。
魔法が普通に存在する世界で生まれ育った彼女からすれば、魔法が使えるようになっただけでここまで喜ぶ神奈が理解できないのである。
『で、どうするつもりなの?』
不気味な神奈を放置して、ラスティーは双子に今後の対応を訪ねる。
『仕掛けて来るまで待つのだ♪』
リズロットは楽しそうに答えた。
どうやら、暇潰しとして楽しむつもりのようだ。
その様子を見て、ラスティーもニヤリと笑い、その方針に依存が無い事を伝えた。
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辺境の鉄道の街
イゲルフェスト
『以上が、未開拓地域の管理を行う亜空間管理局に関する情報です。
なお、ブリザッド運行管理局の治安維持部から、管轄内のブルーネで、2名のエージェントを確認したとの報告が先程ありましたので、各列車総隊に100編成程度の部隊をブルーネに派遣するよう要請しておきました。』
暗黒武装鉄道結社シュバルツァークロイツ本社の総帥執務室では、サラ総元帥がフラウ総帥に現在の状況を説明していた。
『ありがとうサラ、あと新編中の第5列車総隊の状況は?』
『はい、旗車セントライナー号以下500編成全ての車輌が完成、現在乗務員の訓練中です。
ただ、どこの車輌区に所属させるかがまだ決まっていません。
1つの運行管理局の管轄に2つの列車総隊が存在するのはあまり好ましくありませんね・・・』
サラの言葉に、フラウ総帥は頷くとニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
『じゃあ、新しい路線が必要だね♪』
未開拓地域の地図を指でなぞるフラウ総帥の様子を、サラ総元帥は、愛らしい年の離れた弟を見るような優し目で見つめ、
『それでは、未開拓地域の侵攻プランを検討して参ります。』
と告げ、中央管制室に行こうとした。
その時、フラウ総帥は彼女を呼び止め小さな両手を差し出した。
しかも、満面の笑みで・・・
一緒に行くから抱っこしろという意味であるが、彼のその愛らしいそのすがたは、ショタ趣味の彼女にとっては殺人的な破壊力を持った攻撃である。
その後彼女は、片手でフラウ総帥を抱き抱え、そしてもう片方の手に持ったハンカチで溢れ出る鼻血の処置をしながら、更に暴走寸前の本能を必死に理性で押さえつけつつ中央管制室に向かうのだった。