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断罪しようとすると筋肉が邪魔をしてくるんだが!?

掲載日:2026/08/16

素晴らしい筋肉だ……

「パワリーナ・ハーウッド! 私は貴様との婚約を破棄する!」


 場所は王立学院の卒業祝賀会。

 未来ある若者たちの門出を祝うはずの華やかな大広間、そのど真ん中で、第一王子ローレンス・アシュベリーが婚約者である公爵令嬢へ堂々たる婚約破棄を叩きつけた!!


 しかも公衆の面前! 逃げ場なし!

 周囲には王侯貴族の子女がずらりと並び、さらにローレンスの隣には、潤んだ瞳を伏せる可憐な男爵令嬢ネリー・ファーガスまでいる!


 これは断罪! 公開断罪である!!

 公爵令嬢一人を大勢の前で追い詰め、その罪を白日の下にさらそうという、貴族社会でもそうそうお目にかかれない大舞台なのだ!


 その中心に立つのは、パワリーナ・ハーウッド。


 艶やかな金髪!

 肩と腕を露わにした、宝石を散りばめた深青のドレス!

 背筋の伸びた優雅な立ち姿!


 王族の婚約者として教育を受けてきた公爵令嬢だけあって、その振る舞いには一分の隙もない。


「貴様がネリーに対して行ってきた数々の卑劣な――」


 ムキィ!!!!


「素晴らしい筋肉だ……」


 ローレンス、開始数秒で敗北!!!

 理由はまだ何も言えていない! 婚約破棄を宣言しただけ!

 肝心の中身は完全に空っぽなのである!!


「ああ、違う! 今は筋肉の話ではない!」


 第一王子、目的を思い出した!!


「いいか、パワリーナ。よく聞け。貴様はこのネリーに対し、長期にわたって陰湿な嫌がらせを――」


 ムキィ!!!!


「素晴らしい筋肉だ……」


 また負けた!!


 二度目!

 しかも即答!


 筋肉を見てから感想を考える時間すら存在しない!

 目に入った瞬間、反射的に口から出るのである!!


「パワリーナ! 次から筋肉を見せるな!」


 ローレンスは大きく息を整え、ネリーを庇うように半歩前へ出た。


「このネリーは、貴様から長い間苦しめられてきた。教科書を隠され、私物を壊され、さらには階段から――」


 ムキィ!!!!


「素晴らしい筋肉だ……」


 断罪が一歩たりとも前進しないのである!!!


「殿下」


 今度はネリーが前へ出た!!!!

 頬を伝う涙。震える唇。細い肩。

 庇護欲をそそるその姿は、まさしく悲劇のヒロインそのもの!!


「私から、お話しします」

「ネリー……」

「私自身のことです。私が申し上げなければ」


 健気である!

 ネリー、自ら告発に乗り出した!!


「パワリーナ様。私は、あなたにいじめられ――」


 ムキィ!!!!


「素晴らしい筋肉だ……」


 無理だった!!!

 ネリー、開始一文で陥落!

 まだ「いじめられた」とすら言い切っていない!


「まず、私の教科書を隠されました」


 ムキィ!!!!


「素晴らしい筋肉だ……」


 またしても!


「お気に入りの鞄を切り裂かれて……」


 ムキィ!!!!


「素晴らしい筋肉だ……」


 何も言えない!


「階段から、突き落とされそうに――」


 ムキィ!!!!


「素晴らしい筋肉だ……」

「もういい!!」


 ローレンスが叫んだ。


「ですが殿下、まだ半分も説明しておりません」

「分かっている! だから困っているのだ!」


 まったく話せないのである!!!!


 ネリーの訴えだけを聞けば、被害は深刻だ!!!

 だが、その詳細が一向に分からない!

 告発するたび、筋肉を褒めて終わってしまうからだ!!


「殿下」


 そのとき、眼鏡をかけた青年が静かに前へ進み出た!!

 ローレンスの側近、フレデリック・モーンである!

 王立学院でも指折りの秀才!

 冷静沈着、論理明快。感情より事実を重視する理性の男である!


「ここは私にお任せください」

「フレデリック!」

「問題は明白です。筋肉の素晴らしさと、ネリー嬢への嫌がらせの有無には、何の因果関係もありません」


 正論!!!

 ついに出た!

 誰も反論できない完璧な正論!!


「したがって、今後どれほど見事な筋肉を見せられても、私は一切反応いたしません」

「頼んだぞ、フレデリック!」

「お任せください。私は理性で判断します」


 理性対筋肉!

 人類の知性が試される瞬間!!


 ムキィ!!!!


「素晴らしい筋肉だ……」


 理性、即死!!!


「フレデリック!!」

「申し訳ありません、殿下」

「今、反応しないと言ったばかりだろう!」

「言いました」

「ではなぜ言った!」

「素晴らしい筋肉だ……」

「それを聞いているのではない!」


 理屈では理解している! だが口が勝手に動くのだ!

 知性敗北!! 論理敗北!!


「もう見るな!」


 ついにローレンスが叫んだ。


「全員、目を閉じろ!」


 大広間にざわめきが走る。


「見るからいけないのだ! パワリーナの筋肉を視認しなければ、誰も『素晴らしい筋肉だ……』などとは言わない!」

「なるほど。合理的です」


 さっき一秒で負けた男が何か言っている!!


「全員、目を閉じるのだ!」


 第一王子の命令で、ローレンスもネリーもフレデリックも、周囲の貴族たちまで一斉に目を閉じた。


 異様!!


 卒業祝賀会の参加者が、全員そろって目を閉じている!!


「これなら何をしても無駄だ!」


 ムキィ!!!!


「「「素晴らしい筋肉だ……」」」

「なぜだ!!!」


 ローレンスが目を開いた。


「見えていなかっただろう!」

「私も目を閉じておりました」

「同じく」

「ではなぜ分かる!」

「分かりません!」

「分からないのに言うな!」

「素晴らしい筋肉だ……」

「だからそれをやめろ!」


 視覚、必要なし!!

 筋肉とは目で見るものではなかったのか!?

 もはや気配か!?

 波動か!?

 謎は深まるばかりである!!


「ならば背を向けろ!」


 ローレンス、まだ諦めない!!


「全員、パワリーナへ背を向けるのだ!」


 大広間にいる者たちが、揃って回れ右をした!

 断罪されているパワリーナだけが中央に残される!


「絶対に振り返るな!」


 ムキィ!!!!


「「「素晴らしい筋肉だ……」」」

「何でだあああああ!!」


 ローレンスの絶叫が天井まで突き抜ける!!!!


 背中を向けても敗北!!

 見えない!

 見ていない!

 それでも分かる!


 素晴らしい筋肉だと!!


「もう筋肉をどうにかするのは無理なのか……?」


 ローレンスが呻く。


 ムキィ!!!!


「「「素晴らしい筋肉だ……」」」

「だからやめろ!!」


 婚約破棄宣言から二十分!

 判明した事実、ほぼゼロ!!

 この場にいる全員が理解したのは、パワリーナ・ハーウッドの筋肉が素晴らしいという一点のみ!!

 ここは断罪会場である!

 筋肉品評会ではない!!


「情けない!!」


 そのとき、大広間の奥から野太い声が飛んだ。

 人垣が割れる。

 現れたのは、一人の巨漢。

 王国騎士団長――ヘクター・ブラム。

 戦場では数十人の敵兵を相手に剣を振るい、暴れ馬を素手で押さえつけたとも言われる武人である。


「騎士団長!」

「見ていたぞ、殿下。たかが筋肉を前に、何をそこまで狼狽している」

「たかがではない! あれは――」

「黙れ」


 低い一喝。

 場が静まった。


「筋肉とは鍛錬の結晶だ。ならば筋肉には、筋肉で応じればよい」


 何を言っているのだ、この男は。だが説得力だけはものすごい!!


「つまり……騎士団長も筋肉で対抗すると?」

「そういうことだ」


 ヘクターは制服の留め具へ手をかけ、勢いよく上着を脱ぎ捨てた。


 ムチィ……


 出た。

 分厚い胸板!

 隆起する大胸筋!

 丸太のような上腕!

 鋼のごとく引き締まった腹部!


 長年の鍛錬と実戦によって作り上げられた、偽りなき武人の肉体!! 王国騎士団長の筋肉、ここに降臨!!


「おお……」

「すごい……」

「さすが騎士団長……」


 周囲から感嘆の声が上がる。

 これは強い! 今までの連中とは違う! この男には自前の筋肉がある!!


「パワリーナ・ハーウッド。これが王国騎士団を束ねる者の肉体だ。筋肉を知る者である私ならば――」


 ムキィ!!!!


「素晴らしい筋肉だ……」


 ヘクター・ブラム、敗北!!!


 早い!!

 あまりにも早い!!


 上着を脱いでから負けるまで十秒もかかっていない!

 何のために脱いだのだ、この男は!!


「騎士団長ぉぉぉぉ!!」

「殿下」

「何だ!」

「私には鍛錬が足りなかったようです」

「そこを反省するな!!」


 ヘクターは本気である。

 その真剣さが余計に事態を悪化させる!!


「もういい! とにかく証拠を出すぞ!」


 ローレンスが強引に話を戻した。


「フレデリック!」

「こちらです」


 フレデリックが書類を取り出す。


 ついに!

 ついに証拠が出る!!


「まず、ネリー嬢の教科書が紛失した件ですが――」

「これは何事だ!」


 しかし、その矢先、大広間の入口から鋭い声が飛んだ!!!!

 そこに立っていたのは、灰色の髪をきっちり撫でつけた初老の男。

 王国宰相コンラッド・フェルナー。

 数々の外交交渉をまとめてきた、老練な実務家である!


「卒業祝賀会で第一王子が婚約者を断罪していると聞いて来てみれば……なぜ騎士団長が半裸なのだ?」

「「「……」」」


 誰も答えない!! 説明が難しすぎるのである!!


「ヘクター。服を着なさい」

「承知しました」


 最初の指示がそれ!! しかし正しかった!!


「ローレンス殿下。何が起きているのか説明してください」


 ローレンスがこれまでの経緯を語る!!


 婚約破棄。

 ネリーへの嫌がらせ。

 筋肉。

 目を閉じた。

 背を向けた。

 騎士団長が脱いだ。


 聞き終えたコンラッドは、両手で顔を覆った!


「……つまり、パワリーナ嬢が筋肉を見せるたび、全員が『素晴らしい筋肉だ……』と言ってしまい、話が進まないと?」

「そうなのだ!」

「くだらない。筋肉の素晴らしさと罪の有無は別問題だろう」

「私もそう言いました」


 フレデリックが胸を張る。


「そして負けたのだな?」

「はい」

「胸を張るな」


 さすが宰相!! ツッコミまで的確!!


「今後、筋肉に反応することを禁じます。では、証拠を確認し――」


 ムキィ!!!!


「素晴らしい筋肉だ……」


 宰相、陥落!!


「コンラッドぉぉぉ!!」

「……申し訳ありません、殿下」

「あなたまで!」

「ですが、素晴らしい筋肉だ……」

「知っている!!」


 王国最高峰の知性までもが敗北!!


 理性も!

 知性も!

 武力も!


 全部筋肉に負けた!!


「騒々しいぞ!」


 さらに重々しい声が響いた。

 今度こそ、大広間の空気が一変する。


 現れたのは国王オズワルド二世。

 国の頂点! 王国最高権力者!!


「父上!」

「ローレンス! 学院の卒業祝賀会で何をしている!」

「婚約破棄と断罪を――」

「それは聞いた! なぜ騎士団長が服を着直している!」

「筋肉で負けました!」

「何を言っている!? そしてなぜ宰相まで頭を抱えている!」

「筋肉で負けました!」

「だから何を言っている!!」


 当然の反応!!


「父上! パワリーナが筋肉を見せると、なぜか誰もまともに話せなくなるのです!」

「馬鹿馬鹿しい! 筋肉など関係あるか!」


 至極もっとも!!

 さすが国王、言っていることだけは完全に正しい!!


「公爵令嬢に罪があると主張するなら、証拠と証言をもって粛々と確認せよ! 筋肉がどうした、胸板がどうしたなどと、このような公の場で騒ぐものではない!」

「父上……!」


 ローレンスの顔に希望が宿る。

 最後の砦!

 王!!


「ではローレンス、今度こそ証拠を――」


 ムキィ!!!!


「素晴らしい筋肉だ……」


 国家元首、敗北!!!


「父上ぇぇぇぇぇぇ!!」

「素晴らしい筋肉だ……」

「二回目はいりません!!」


 王まで落ちた!!

 王国最高権力、筋肉に屈する!!

 もはや上はいない!!


「もういい!!」


 ローレンスがフレデリックから書類をひったくった!!


「私が読む! 誰も話すな! まず、ネリーの教科書が消えたのは先月十二日! その日、教室でパワリーナがネリーの机の近くにいたという証言がある!」


「殿下」


 コンラッドが書類を覗き込む。


「何だ!」

「先月十二日、パワリーナ嬢は学院にいません。王妃陛下主催の慈善茶会へ出席しています」

「……何?」

「王宮の記録にも残っています」

「では、この証言は?」

「『パワリーナ嬢によく似た金髪の令嬢を見た』とあります」

「……」


 雑!!!

 証拠、あまりにも雑だった!!!


「次だ!」


 ローレンスが焦って書類をめくる。


「ネリーの鞄が切り裂かれ、その近くからハーウッド公爵家の家紋入りハンカチが発見された!」

「フレデリック。学院の遺失物記録を」

「……ありました。パワリーナ嬢から事件の五日前に、ハーウッド公爵家の家紋入りハンカチを紛失したとの届けが出ています」

「……」


 さらに雑!!


「では階段だ! ネリー、突き落とされそうになった件は間違いないな!」

「あの……それなのですが、昨日、同じ階段を使ったときに分かりまして」

「何がだ?」

「手すりが壊れていました」

「……」

「私、あの日も手すりへ体重をかけたのです。それで前へ倒れそうになったのではないかと……」

「誰かに押されたのではないのか?」

「……誰かの手を見たわけではありません」

「……」

「申し訳ありません」


 ネリーが小さく頭を下げた。


 沈黙。

 今度は筋肉ではない。本物の沈黙である!!

 コンラッドがゆっくりとローレンスを見た!


「殿下。この程度の確認で、公爵令嬢を公衆の面前へ呼び出したのですか?」

「……はい」

「婚約破棄まで宣言して?」

「……はい」

「証拠の裏付けもせず?」

「……はい」


 ローレンス、今度こそ完全敗北!!

 筋肉ですらない! ただの確認不足である!!

 オズワルド二世が重い息を吐いた。


「パワリーナ嬢。今回の件について、王家として正式に謝罪する。証言と証拠は改めて調査し、そなたの名誉に傷が残らぬよう対処させる」


 パワリーナは優雅に一礼した。


「ローレンスとの婚約についても、今この場で結論を迫るべきではあるまい。改めて双方の意思を確認する」


 ようやく!! ようやくまともな婚約破棄の後始末になった!!

 長かった!! ここまで来るのに筋肉が多すぎた!!


 パワリーナは踵を返し、大広間の出口へ向かう。

 今度こそ終わり――


「待ってくれ!」


 ではなかった!!

 ローレンスである!!


「その……最後に、もう一度だけ……」


 ネリーがこちらを見る。

 フレデリックも。

 ヘクターも。

 コンラッドも。

 そしてオズワルド二世までも。


 全員、待っている。

 何を待っているのか。

 聞くまでもない!!


 ムキィ!!!!


「素晴らしい筋肉だ……」


 即答!!!

 やはり最後までこれである!!


 こうして、王立学院の卒業祝賀会を揺るがした婚約破棄騒動は幕を閉じた。

 残る責任の所在については、この後、正式に問われることになる。

 だが、この日、大広間にいた者たちの意見が、ただ一つだけ完全に一致したことがあった。


 王子も。

 男爵令嬢も。

 側近も。

 騎士団長も。

 宰相も。

 国王でさえも。


 誰一人として、それだけは否定しなかった。


 パワリーナ・ハーウッドの筋肉は――


「素晴らしい筋肉だ……」


 実に、素晴らしい筋肉なのである!!


素晴らしい筋肉だ……

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― 新着の感想 ―
意味不明
あははは。 筋肉勝利!
 なにか語られる度にポージングしているのかな?ドレス着ているのだろうけど半袖かな?美しき上腕二頭筋!背開きのドレスなら広背筋が見れますね。オーガの顔になるのかな〜。
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