婚約破棄をさせてよ
▽エロは無いけど、お下品なので15禁です▽
「婚約破棄してください、クリス様」
クリスの屋敷にやって来たアンジュは、開口一番にそう告げた。
婚約者と言えど未婚の男女が二人だけで部屋にこもるわけには行かないので、アンジュの侍女に室内に控えてもらう。
政略で決まった婚約なので、いきなり相手の屋敷に押し掛けるような行為は初めてだった。
「アネット様とお別れになったそうですね」
「まさか、その事で? 彼女とは結婚前の遊びだよ」
「次から次へと女性とお付き合いになって。私はもう耐えられないのです!」
「結婚はちゃんと君とするよ」
「それが嫌なんです!」
アンジュはキッとクリスを睨む。
「クリス様は、ご自分が何と言われているかご存知ですか?」
「そ……そうだな、プレイボーイとか?」
アンジュが首を振る。
「女好きとか、遊び人とか? 女性を取っ替え引っ替えでふしだらな男、とかかな」
自虐的に笑うクリス。
「全っ然分かってませんのね」
アンジュの声に怒りが含まれてきた。
「教えてさしあげます。『下手で早い』ですわ!」
さすがにはしたないので、目線を逸らして一気に言う。
クリスは、開いた口が塞がらない。
「そ、それは、閨の話という事かな」
「はい。クリス様がおつき合いになられた方が口を揃えておっしゃってますわ。ローラ様やマリエッタ様やフランチェスカ様や」
「待て! 待て待て待て待って!」
頭を抱えてしまうクリス。
「え? じゃあ『とっても良かった』とか『最高だわ』とか『初めて感じちゃった』とかは……」
「社交辞令と言うものでは? よく分かりませんが」
つーん、と横を向いたまま答えるアンジュにクリスは頭を抱えて俯いてしまった。
「何を傷ついてますの。事実なら仕方ないじゃありませんか」
言葉の剣がクリスの胸にグサグサと突き刺さる。
アンジュはそんなクリスをほっといて話を進めた。
「可哀想なのは私です」
「え?」
「こんな、下手で早くて小さくてテクニック無しで独りよがりと結婚しなくてはならないなんて、と皆に同情されてますのよ!」
「なんか増えてる!」
テーブルに突っ伏したクリス。
「あ……アンジュ、これって皆が知っているのかな」
魂が抜けたような声が聞こえる。さすがに可哀想になって、アンジュが答えた。
「皆ではありません。淑女の間で語られているだけで、殿方には知られていませんわ」
「そうかぁぁ……」
クリスは泣きそうだ。
「でも、どうせそれを聞いて興味を持った次の女性がアプローチしているのではありませんか?」
「あ……」
「やっぱり。まあ、勝手になさいませ。間もなくその方があなたの新しい武勇伝を言い広めますわ」
「…………」
「それに気づかず、自分はモテると信じているあなたに私はもう愛想が尽きたのです」
クリスはやっと婚約破棄の理由を理解した。
「そうだな……。こんな私は愛想を尽かされても仕方ない」
すっかり萎れたクリス。
用事は済んだとさっさと帰ろうとするアンジュに、クリスは問いかける。
「アンジュ。女性とは、他の男と大きさやテクニックを比べるものなのか……?」
「はあ? 知るわけ無いでしょう! 比べたくても、私は誰の物も見たことありませんわ!」
女性に幻滅していたクリスの目が輝きだした。
「聖域を見た……」
「は?」
「私は今、誰も顧みない、人に踏まれる事の無い地味で単調な新雪の風景の美しさに気づいたよ!」
「……意味は分かりませんが、失礼な事を言ってますね? それでは御機嫌よう」
立ち上がるアンジュの手をクリスが掴む。
「君の素晴らしさに心を奪われてしまったんだ」
「いや、たった今、婚約破棄するって」
「そうだな。婚約はやめよう。今すぐに結婚だ!」
「何で?!」
「私は君を離したくない。君を愛してる。君が欲しい。君じゃなくちゃ駄目 なんだ」
「……何ですか、その口説き文句のオンパレードは」
「それじゃあ、結婚式の日程を決めよう」
「いやぁぁぁ!」
帰りの馬車で、アンジュは疲れきった表情で侍女に聞いた。
「……何だったの。あの脳みそが茹だったみたいなクリス様」
帰ろうとするのを引き止められて、馬車にたどり着くまで大変だった。
「お嬢様の魅力に、やっと気づいたのですわ」
遅いけどな!、と思うけど言わない。
「私はクリス様の好きなタイプとは全然違うのに……」
アンジュにはさっぱり分からない。
淑女の間に、「クリスはアンジュに夢中」との噂が広まるまであと少し。




