9.ポップ作り②~距離の近い共同作業~
*** 鳳優花視点 ***
「それじゃあまずは、ペンの持ち方から教えるよ」
「お願いします……」
まともな字も書けないなんて恥ずかしすぎるよぉ……わたしもうすぐ十九歳なのに……。
穴があったら入りたい。人生で初めてこの言葉を使った気がする。
「まずペンを持つところは人差し指と中指の間。中指の第一関節より先にのせて、人差し指と親指で軽く支える感じ」
透がお手本を見せてくれる。わたしも真似してみるが、どうも上手くいかない。
「そうじゃなくって、人差し指はそえるだけ」
「……こう?」
「えっと……だから、人差し指と中指で挟むんじゃなくて……」
どうやら違うらしい。透は眉間を親指で押して、困った顔をしている。
「ごめん……」
うぅ……どうしてわたしってこんなに理解力が低いの……?
「うん。これ、無理だな」
うぐっ……!
あの優しい透でも見放すくらい壊滅的なのかと、自分が虚しくなる。けれどそうではなかったようで──透が諦めたのは、口頭で教えることだったらしい。
「ちょっと触るよ」
透は真剣な目つきでわたしの手に触れ、指の形やシャーペンの位置を調整していく。
「なっ……ななななっ!?」
透からの急なアプローチに、ビクッと肩が跳ねた。彼の柔らかい手の温かさに、わたしの全身の血が沸騰し体が火照っていく。
「優花、ちゃんとこの持ち方覚えてよ? 人差し指はこうやってそえるだけ。シャーペンは先から三センチのところを持つ」
なんで透は平然として──ううん。それよりなんか応えなきゃ変に思われちゃうよ。
幸い透はわたしの変化に気付いた様子はない。わたしは震える唇を無理やり動かした。
「へ、へぇーこんな持ち方もあるんだー……」
「いや、こんな持ち方しかないよ」
「そ、そだね……」
「この持ち方なら、さっきまでの不安定で力み過ぎる持ち方よりはいい字が書けると思うよ。試しに書いてみて」
「う、うん。やってみる」
わたしは胸のドキドキを紛らわすように指先に集中し、シャーペンを走らせる。
「あれっ!? すごい……さっきまでと書きやすさが全然違うっ! なんで!?」
わたしの手によって書き出された文字は、依然として綺麗とは言えないかもしれない。けれど、さっきまでのミミズ文字とは天と地ほどの差があった。それこそ、落書きから絵へと昇華するレベルで。
持ち方ってこんなに大事なの? それともやっぱり、透の教え方が上手だったのかな?
あまりの驚きに、手を触られたことの緊張感がどこかへ飛んでいった。
「よかったぁ……これで優花にもポップが書けるね」
「うん! ありがとう透っ! わたしこんなにきれいな文字初めて書いたよ!」
「いや、僕は大したことしてないよ……」
「謙遜しなくていいのにー」
透の脇腹を肘でつつくと、彼はそっぽを向いてしまった。
「……そんなことより、ポップ作りの続きしない?」
「そうだった。次は紹介文だっけ?」
「うん。紹介文は──」
そうして紹介文やデザインの方向性を決め、気付けば作業開始から一時間以上が経過していた。
*** 桐山透視点 ***
「……っできたぁー!」
優花がターンッ! とマッキーを勢いよく食卓に置く。そして彼女は背もたれに体を預け、大きく伸びをした。
「お疲れ様」
僕は優花が作り上げたポップを眺める。
字は及第点ギリギリもいいところだけど、キャッチコピーや紹介文からは作品への熱が伝わってくる。キャッチコピーの引きも強いし、初めて作ったにしては上出来だろう。
「透から見てどぉっ? わたしのポップ」
「うん。いい感じだよ」
「ホントっ? やったー!」
鳥のヘアピンを揺らして喜ぶ優花を見ていると僕まで嬉しくなって、僕はひそかにガッツポーズした。
にしても長かったなぁ……まさか文字の書き方から教えることになるなんて思わなかったし。
「透っ!」
優花が、軽く手を上げる。ハイタッチの構えだ。
「えっと、おめでとう?」
「いやいや、そこは『よくやった』じゃない?」
「そうなんだ……頑張ったね、優花」
「うん! ありがとっ!」
僕が軽く手を上げると、優花は太陽のように翳りなく笑う。つられて、僕も口元が緩む。
時刻は二十一時半。僕らは乾いた音をリビングに響かせた。
その時の手のひらに残るピリピリとした感触が、妙に心地よかった。
***
桐山書店で、優花が弾けた笑顔を浮かべて自分のポップを眺めている。
その時、店の入り口から優花を睨みつける男が一人。熊のような図体を持つ彼の右目には、十字の古傷が刻まれていた。
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