8.ポップ作り①~優花の意外な弱点~
「透ー! 昨日透からもらった本。全部読んだよっ!」
「早い、ね!?」
月曜日の閉店後。僕がリビングのソファーで本を読んでいると、優花が隣に座ってきた。
だから近いって……。
「いやぁすっごく面白くて、つい夜更かししちゃった!」
「そう……面白いって思ってくれたならよかった」
僕はソファーの端により、なるべく優花から距離を取る。
「だからこの熱が冷める前にポップ作りたいの。今からポップの作り方教えてくれない?」
「今からって……優花はお腹空かないの?」
時計は二十時過ぎを指していた。優花だってお腹が空いているはずだ。だが優花は引かず、ソファーに手をついて顔を近づけてくる。
「大丈夫! そんなことよりわたしは今、この面白さを誰かに伝えたくてしょうがないんだよっ!」
凛とした目をキラキラさせる優花の息遣いが、僕の頬をくすぐる。ソファーについた手に体重を乗せた前傾姿勢。そのせいで、白のブラウス越しに胸元が強調されてしまっている。
落ち着け落ち着け落ち着けっ……! いい加減この距離感になれようよ僕!
目を閉じ深く息を吐く。そしてもう一度目を開いてみる。そこには、かわいらしく小首を傾げた美少女がいた。
これに慣れるなんて無理でしょ……。
「わ、分かったから……とりあえず離れて。この体勢じゃ教えられないって」
「やった!」
優花は分かりやすく喜ぶと、素直に離れてくれた。
助かったぁ……。
「じゃあ、紙とペン取ってくるから待ってて」
「うんっ! ありがとう」
僕は優花という直射日光から非難するように、足早に階段へと向かった。
***
「じゃあまずキャッチコピー──一番大きく書く、お客さんの目を引く文言を考えてみて」
食卓に並んで座り、僕は優花にポップ作りを教えていた。
すぐそばには楽しそうに微笑みながら作業する優花がいるけれど、僕は緊張やドキドキはしていない。なにせ本のことだ。ここで浮ついていたら、本に申し訳ないからね。
それから何度か優花のキャッチコピー案にアドバイスし、キャッチコピーが決まる。
「それじゃあキャッチコピーはそっちの裏紙にメモしといて。次は紹介文を考えるから」
「分かった」
優花は食いぎみに頷いてシャーペンを持つ。
「……こうやって好きな本のことを考えるのって、思ってた以上に楽しいかも」
「優花も分かるっ? 人に自分の好きを知ってもらうのって楽しいよね!」
まあ僕の場合、熱がこもりすぎると一方的な押し付けになっちゃうんだけど……。
「書いたよー」
「うん。それなら次は──」
何気なく優花のメモに目をやった瞬間、僕の口は動きを止めた。なぜなら、優花が書いた文字は、ミミズが這っているような読みにくい文字だったから。
「……優花その字、メモだからだよね?」
「ん? 何が?」
「えっ……?」
だって前にノート見た時は普通……あれ? 僕って数字とローマ字しか優花の文字見たことない……?
「えっと、適当に数字とかローマ字書いてみて」
「……? 分かった」
理由が分からず、僕の顔色を窺いながらシャーペンを動かす優花。彼女が書いた「2」や「pen」の文字は特段読めない文字ではなかった。それどころか、むしろ読みやすいきれいな字だ。
何で!?
「……えっと、優花って平仮名とか漢字書くの苦手?」
「そんなことはないけど……どうかしたの?」
「どうかって……その字じゃちょっと、ポップを書くのは厳しい、かな」
「えーなんでっ!?」
「なんでって……」
このレベルの汚さで無自覚なのか……どれだけ周りの人に甘やかされてきたらこうなるんだ……?
そうは思いつつも、僕も面と向かって優花に「字、壊滅的に汚いね」とは言えなかった。
「あー、ポップは癖のない字のほうがいいんだ。まあ作風によってはわざと丸めて書いたりすることもあるけど、今回は最初だし、普通に書いてみよう?」
「うん。よく分からないけど、透がそう言うならそうするね」
「じゃあとりあえず、メモにさっきのキャッチコピーをもう一回書いてみて。今度は本に使われているような活字っぽく」
「分かった」
優花は「やろうと思えばできます」とでもいうような平然とした返事をすると、早速一文字目を掻き始め──。
「あれっ……?」
見事に解読不能な図形を作り出した。こんなはずはないともう一度一文字目を書き始める優花。けれど、優花の手から描き出されるのは奇怪なイラストばかり。そんなことを三度繰り返したところで、優花は筆を置いた。
やっぱり書けないかぁ……だってまずペンの持ち方変だもん。
優花は、ペンを中指と薬指で挟んで持っていた。あれではまともな字を書くことは難しい。
優花は引き攣った笑みを浮かべ、動揺に揺れる目で僕を見た。
「わたし、字書けないかも……」
「うん……なんとなく分かってた」
「ど、どうしよう透。……これじゃポップ作れないよぉ!」
「そうだね……とりあえず、字の書き方から教えるでいい?」
「はい……よろしくお願いします……」
優花はガックリと肩を落とし、分かりやすく落ち込んでいた。
これは、長い夜になりそう。




