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6.事後バイト

 どんな顔して優花に会えばいいんだよ……。


 あんなことがあって、三時間も経たないうちに優花と二人で本屋の仕事だ。階段を下りる足は、一段下るごとに重くなっていく。


「あっ、透! わたしレジで手が離せないから、そこのお婆さんに本を探してあげて」


 意外なことに、優花は何事もなかったかのように僕に指示を出してくる。


 気にして……ないの?


 それなら僕も忘れよう──いや、優花のあんな魅力的な姿忘れられるはずないから、記憶の奥底に大切に保管して、今は気にしないようにしよう。


「分かった。優花もお疲れ様」


 僕は優花に軽く声をかけて、お客さんのお婆さんの元へと駆け寄った。


*** 鳳優花視点 ***


「千七百五十円ちょうど、ありがとうございました!」


 わたしは笑顔でお辞儀し、レジ接客を終える。そして手持無沙汰になると、お婆さんに本を薦めている透に視線を向け──。


 ああぁああぁぁあああぁっ!


 心の中で発狂した。


 あんな格好見られただけでも恥ずかしいのに……わたしのバカバカバカっ! また一つのことしか見えなくなって暴走して……何やってるのよもぉー……。


 わたしはカウンターに手を置き、ぶら下がるような形で蹲る。そして、ついさっき誕生した黒歴史を抹消しようと首を振る。


「ダメだよわたし。今はバイト中」


 小声で自分に言い聞かせ、立ち上がる。そしたら、ちょうど会計に来たお客さんがビクッて驚いてて、恥ずかしさと申し訳なさに襲われた。


 うぅ……今日は踏んだり蹴ったりだよぉ……。


*** 桐山透視点 ***


「──つまりは、探偵と犯人による磁石の反発と吸着を繰り返すような怒涛のイタチごっこが楽しめるんですよ!」


「それは面白そうねぇ。透ちゃんの紹介はいっつも面白いから、あたし、透ちゃんに紹介されたらどんな本でも買っちゃいそうになるわ」


「ありがとうございます」


 この人は恵美子お婆さん──桐山書店開店当初からの常連客だ。いつも小さな丸メガネを鼻に掛け、ニットカーディガンと花柄のスカートを着ている。


 彼女は本格派ミステリー好きで、よく僕のおすすめを聞いては買ってくれる。だから彼女とは何度も話したことがある。


「今度も楽しみに読ませてもらうわねぇ」


「はい! 面白さは僕が保証しますよ! なんたって──んんっ!」


 っと危ない。また語りすぎるところだった。


 僕もミステリー好きだ。思わずオタク語りが発動しそうになる。咳払いをしてオタク語りを止める僕を見て、恵美子お婆さんは穏やかな微笑みを返してくれた。


「ふふっ、透ちゃんは相変わらずねぇ」


「あー、すみません。お会計行きますか」


「そうね。……ああ、お会計と言えば……」


「ん? どうかしたんですか?」


 僕が聞き返すと、恵美子お婆さんは穏やかに、とんでもないことを聞いてきた。


「あの新しく入った子、透ちゃんの彼女?」


「えっ!? な……違いますよ……」


 思わず声が上擦ってしまった。


 何で急にそんなこと……僕が優花に片思いしてるってバレた……?


「あらそうなの? でもあの子が透ちゃんを見るあの目は──ああ、まだ付き合ってないってことね」


 何か独り言を呟き、一人で納得している恵美子お婆さん。


「まあとにかく、お会計行きましょう」


 恵美子お婆さんがこれ以上変なことを言う前に、僕は彼女の背を押して足早にレジに向かう。 


「ふふっ……そうね」


 微笑む恵美子さんは、僕と優花を交互に見て、孫の恋路を見守る祖母の目をしていた。


「この本、お願いね」


「はい! ……八百六十九円になります」


 僕は、恵美子お婆さんがレジを済ませている間、優花に何か変なことを吹き込まないか気が気じゃなかった。


 裁判で判決を待つ人ってこんな気持ちなんだろうなぁ……。


「じゃあね透ちゃん。また来るわねぇ」


「「ありがとうございました」」


 僕たちは二人そろって軽く頭を下げ、恵美子お婆さんを見送る。どうやら、僕の心配は杞憂だったらしい。


「あのお婆さん、透の知り合い?」


 平然とした様子の優花が聞いてくる。


「知り合いって言えば知り合いだけど……この店の常連さんかな」


「そうなんだ」


 会話が終わりレジに戻った優花は、鳥を象ったヘアピンの位置を気にし始める。僕はその隣で、今度店員おすすめコーナーに置く予定のポップ制作作業に入った。


「ねぇ、ポップって全部透が作ってるの?」


 不意に、優花が作りかけのポップを覗いてきた。……顔が近い。黒髪の隙間から垣間見えるうなじが妙に色っぽくて、僕は無理くり視線をポップに固定した。


「いや、僕はラノベとマンガとミステリー担当。恋愛とか文学は母さんが作ってて、経営本とかは父さんが作ってる。まあ、二人は文章考えるだけだから、結局デザインは僕がやってるんだけどね」


「へぇーそうなんだ」


 優花はすぐにレジを抜け出し、各分類のポップを見に行く。体の後ろで両手を組んでポップをまじまじと見つめる彼女は、それだけで絵になっていた。


 茶色のエプロンの下に、ゆったりとしたブルージーンのシャツにベージュのズボンを着た優花がそこにいるだけで、本棚周辺の空気が華やいでいる。


「優花もポップ作り、興味あるの?」


「うんっ! 興味あるよ。正直お客さんがいないとき棚出し以外やることなくて暇だし、そういうのちょっとやってみたいかも」


「それじゃあまずは、好きな本を選んで読んでみて」


「あーごめんわたし、普段ほとんど本読まないから何読んだらいいか分かんないかも……あはは、本屋でバイトしてるのにねー」


 自虐的に苦笑いする優花に、僕は思い切って提案してみる。


「それなら今お客さんいないし、本選びしない?」

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