4.美少女だって完璧じゃない
「優花。棚だし手伝う?」
母さんとレジを代わった僕が、段ボールから本を棚に並べている優花に声をかける。
「ううん。大丈夫。もうちょっとで終わるから」
「分かった」
僕は周囲の本棚に置いてある本を確認しながら、棚出しをする優花の横顔を覗く。
優花の凛とした目や真剣な表情が、鳥のヘアピンで留められた横髪に見え隠れする。
本を取り出し棚に置く動作を繰り返す優花。その動作に合わせて、彼女が身に着けている青緑のワンピースと茶色のエプロンが揺れる。そんな些細なことさえ、優花の魅力を引き立てていた。
って、用もないのに見つめてたらキモいだろ……!
僕は首を横に振って、部屋に戻ろうと優花の後ろを通る。その時、僕のすぐ横で、リボンに結ばれた優花のエプロンの紐が風に揺れた。
「ん?」
うちのエプロンってボタン式……。
「優花ちょっといい?」
「どうしたの?」
棚だしの手を止めず、優花が聞き返す。
「えっと、エプロンの紐をリボン結びにしてるのってわざと?」
「へっ?」
「いや、うちのエプロン、ボタンで留めるタイプのやつなんだけど……」
「へっ!?」
声を一段と大きくした優花の、段ボールから本を取り出そうとしていた手が止まる。そしてバッと、目にもとまらぬ速さでエプロンの結び目を触った途端、彼女の凛としていた目が泳ぎ出した。
「あ、あのねっ! もちろんわたしもこれがボタンで留めるものだって分かってたんだよ? でもこれはおしゃれっていうかなんというか……」
絶対嘘だろ……。
「優花は、一週間も使ってて気付かなかったんだ?」
優花は両手を顔の前でブンブンと振りまくり、必死に言い訳を並べたてる。けれど僕が優花にジトっとした視線を送ると、彼女は観念して苦笑いを浮かべた。
「あはは……実は気付いてなかったかなぁー」
「やっぱり……」
細い人差し指で頬を掻く優花は、目を逸らしたまま弁明を始める。
「わたしって昔からこうなんだよねー。思い込みが強いっていうか、一度こうだと思ったら間違いに気付けないの。ほら覚えてない? 高校二年生の夏くらいにさ。わたしが透に教えてもらった三角関数の問題」
「ああー。あったねそんなこと。確かに今言われれば、あの間違い方は思い込みの強さを物語ってたね」
それは、僕よりも断然成績優秀だった優花が、僕に勉強のことで頼ってくれた時のことだ。僕と優花は、その時の間違い方と会話内容を思い出す。
***
それは数学の演習時間のこと。先生は周りの人と相談しながら解いていいと言うが、あまり相談し合う人がいないあの時間だ。
「桐山くん。ここの問二、解けた?」
急に、鳳さんがASMRよりも心地良い囁き声で僕の教科書を指差した。
「う、うん……一応解けたけど」
「ホントっ? じゃあ教えてくれない? どうしても答えがありえない数字になるんだよね」
「うん……分かった」
僕が頷くと、鳳さんが自分のノートを僕の机に置く。ブラウンのブレザーを着た鳳さんが、ノートを見るため椅子を近づけてくる。
……っ! ち、近すぎる……。
肩が触れそうな距離間。かつてないほど近づいた鳳さんからは、シャンプーのいい匂いがした。
僕は、うるさい心臓の音が鳳さんに聞こえてしまわないように精一杯のけ反って距離を取り、ノートを見た。
「えっと……えっ……!? これって……」
ノートを見た途端、僕の心臓の音は鳴り止む。こんなこともあるんだと、ポカンと口を開けた。
「鳳さん。この問題って正弦定理じゃなくて、余弦定理を使ったら解けると思うよ」
確かにどっちの定理も使えそうな見た目の問題だけど、ダメだったら普通、もう片方を試さない? だって鳳さんはどっちの定理も知ってるし、数学も得意な方だったよね?
「あ、ホントだ! ありがとう桐山くん。わたし、正弦定理を試した瞬間から完全に余弦定理のこと忘れてたよー」
鳳さんにも、抜けてるところがあるんだなぁ……。
僕は、椅子を元に戻し後頭部を掻く鳳さんを見てそう思った。
「最初は両方試そうと思ってたんだけどなー……」
そう呟いた鳳さんはその後も、一つの解き方に考えを支配され、問題を解けなくなることが何度かあった。
***
「こう考えるとわたしって、すっごく視野が狭いんだなー」
思い出話に花を咲かせた優花は、薄っすらと口を開けて穏やかに笑う。
信じられないよな……あの頃は挨拶とペアワーク以外でほとんど接点がなかった高嶺の花と、大学生になった今でも一緒に居られるなんて。
僕は、改めて現状が奇跡的なものだと実感し、大切にしようと思った。
この関係を続けるためにも、絶対に僕が片思いしてることはバレないようにしないと……!
***
「あらぁ?」
桐山家二階。寝室のクローゼットを整理していた桐山明美は頬に手を当て、とある服を引っ張り出した。
「これって……衝動買いしたけれど、結局一度も着なかったのよねぇ」
彼女が広げたのは、白と黒を基調にしたメイド服。
「でも今更私は着れないし……勿体無いけれど、捨て──」
メイド服をぼんやりと見つめていた明美の顔が、不意にニヤけた。
「あらあら〜私、いいこと思いついたわぁ〜」
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