17.雨
「急に降ってきたな」
僕は読んでいたラノベを閉じ、ベットから起き上がる。ついさっきまで雲一つなかったのに、今は激しい雨が窓を打っていた。
「優花、大丈夫かな……」
今はちょうど、優花がバイトしにうちに向かってきている時間だ。
どこかで雨宿りしていればいいんだけど……優花真面目だから無理して時間通りに来ようとするんじゃ……。
「透ー! 下りてこられる~?」
「今行く!」
今は店番をしてるはずの母さんの声。嫌な予感がして、僕は足早に二階に下りた。するとそこには、濡れネズミになった優花の姿があった。
白のシャツにカーディガンを羽織った優花の上半身もびしょ濡れで、下着が透けそうになっている。とても目のやり場に困る。
「だ、大丈夫?」
やっぱり無理して来たんだ……優花、真面目過ぎるよ……。
「あはは……大丈夫じゃないかも」
頭からバケツの水を被ったようにびしょ濡れの優花は、苦笑いして頬を掻く。
そんな優花の姿は庇護欲をくすぐってきて、抱きしめたくなる気持ちを堪えるので必死だった。
「優花ちゃん、お風呂の用意できたわよ〜。着替えも用意してあるから〜濡れた服は洗濯機に入れてね〜」
「ありがとうございます明美さん。透、またあとでねっ!」
優花は脱衣所の方から出てきた母さんと入れ違いに風呂に行く。
「透。あとはお願いできるかしら? 今下にお客様を待たせているのよ〜」
「分かった」
「しっかり優花ちゃんを労ってあげるのよ〜?」
「分かってるって」
心配そうな表情を浮かべた母さんが店に戻るのを見送ると、僕は脱衣所をノックした。
「優花、洗濯回したいんだけど入っても大丈夫?」
「大丈夫ー!」
まずは洗濯回して、靴も乾かして……それと優花、体冷えてるよね。スープとか準備した方がいいかな? それに服の洗濯が終わったら乾燥機モードにして乾かさないと。
僕が脱衣所のドアを開けると、シャワーの音が聞こえた。しかも風呂の扉越しに優花の影が動いているのを見ると、思考が弾けた。何も悪いことはしていないのに罪悪感を覚えてしまう。
これヤバい……! は、早く出よ……。
すぐ隣に、一糸纏わぬ姿の優花がいる。そんな状況に、理性の城壁はどんどん崩れていって──僕は自我が残っているうちに急いで洗濯機を回し、脱衣所を後にした。
それから僕は手早く靴を乾かし、鍋でコーンスープを作る。
スープはもうそろそろできそう……他にも何かやれることないかな……?
ちょうどその時、脱衣所の扉がガチャリと開く。
「優花。コーンスープ作ったんだけど飲む?」
「うんっ! 飲む」
風邪とかは大丈夫そう。
相変わらず元気な優花の声に安心して、僕はコーンスープを食卓に運ぶ。
「おいしそー! 透って料理できたんだ」
「まあ、母さんに時々やらされるから」
小鳥のさえずりのように心地良い声でカラカラと笑う優花が食卓に座る。そこで初めて気付いた。優花は少し大きい灰色のTシャツとスウェットを──僕の服を着ていることに。
はっ……!? なんで優花、僕の服着て──母さんか……!
「いただきまーすっ!」
今着ている服が僕の者だと気付いているのか分からない。が、優花はいつも通り太陽のような笑顔を浮かべ、コーンスープを口に入れた。
「おいしー!」
スプーンを咥えて表情を綻ばせる優花は天使のようにかわいい。しかも、サイズが合わないTシャツのせいで肩甲骨がチラリと見えて、僕の壊れかけの理性に追い討ちをかけてくる。
僕が部屋中に視線を泳がせていると、ピピーっと洗濯機の音が鳴った。
「あっ、洗濯、乾燥モードにしてくる」
助かった……。
僕は急ぎ足で脱衣所に行き、扉を閉めた。そしてそのまま、扉に寄りかかるようにしてしゃがみ込む。
何このラブコメ展開! 彼Tだよねこれ……! 現実? これって本当に現実なの?
「と、とりあえず乾燥回さないと……」
僕は立ち上がり、洗濯機を操作する。そうして食卓に戻ると、優花はニヤニヤといたずらっぽい笑みを浮かべて僕を見た。
「ねぇ透? 乾燥機回すだけにしては遅かったねー? わたしの下着でも見てたのかなー?」
「……っ! そ、そんなことしてないよ!」
「えー? 本当にー?」
たぶん優花は、僕がそんなことをしていないと分かった上でからかっている。そうは分かっているけれど、やっぱりキョドってしまうのは男の性だろう。
「それより! ……コーンスープのおかわりいる?」
「あー、話逸らした!」
「……っ。それで、おかわりいるの?」
「いるっ!」
こんな会話の後でも無邪気に笑えるのだから、優花は本当にすごい。
僕は優花から器を受け取り、キッチンへ行く。
あれ? 優花の下着が洗濯機の中ってことは、今優花は……。
そう考えた途端、僕の目線は無意識のうちに食卓の椅子に座って足をプラプラさせている優花へと向かう。
ってダメだろそんなこと考えたら……!
僕は首を振り、コーンスープを装った。
「量このくらいでいい?」
「うん。ありがとー!」
無邪気に笑う優花を見ていると余計に、邪な考えを抱いてしまった罪悪感が大きくなってくる。
自分が居た堪れなくなって縮こまっていると、優花が声をかけてきた。
「ねぇ透。わたしの服が乾くまでどのくらいかかりそう?」
「えっと……たぶん一時間くらいはかかると思う」
「そっかぁ……どうしよっかなぁ……」
確かに、今の優花の格好ではバイトはできない。というか僕がさせたくない。こんな無防備な優花をお客さんたちに見せたくないから。
えっ……ってことはこのまま一時間ずっと優花と二人っきり? 会話が続く気がしないんだけど……!
店で二人になることはあるけれど、その時は何かしら仕事があるし、お客さんが一人もいない時間はそう長くない。
でも今はリビングで二人きりだ。やることもなければ他に人もいない。自分の家で何もせずに美少女と二人っきりでいるとか、モブに耐えられるわけがない!
どうすれば……。
僕の服を着た優花はあまりに無防備すぎて直視できない。目を逸らすと、ちょうどテレビの横に置いていたゲーム機が目に入った。
「あー、やることないならゲームでもする?」
「いいねそれっ!」
僕の苦し紛れの提案を、優花は笑顔で受け入れてくれた。




