14.朝ごはん
「それで母さん。なんで優花に僕と一緒に走るように頼んだの?」
家に着き、シャワーを浴びた後。僕は食卓に座り、朝食の準備をしている母さんにジト目を向けた。ちなみに、今は優花がうちのシャワーを使っている。
「だって透、私が走ってきなさいって言っても、断ったでしょ~?」
「それはそうだけど……」
「でも、優花ちゃんと一緒なら断れないと思ったのよ~」
「つまり、優花をメロスにとってのセリヌンティウスにしたわけか……」
「セリヌンティウスって! わたしは悪い王様に人質に取られたりなんかしてないよー」
風呂から出てきた優花が、隣の椅子の背もたれに腕を抱える形で両肘をつき、寄りかかる。風呂上がりで火照った優花の息が、僕の鼻先をくすぐった。
だから距離感どうにかして……!
食卓を向き直り優花から目を逸らすと今度は、優花の吐息が耳にかかる。
どうしろと!?
「優花ちゃん優花ちゃん! 優花ちゃんも朝ごはん食べていくでしょ~?」
「えっ? いいんですかっ?」
「もちろんよ~。透に付き合ってくれたお礼。いっぱい食べてね~」
「それじゃあお言葉に甘えて、お邪魔します!」
優花は僕の隣に座る。そうしてようやく、僕は優花のドキドキ吐息地獄から解放されたわけなのだが。隣には依然として、無防備な半そでシャツ姿の優花がいる。
「いただきま~す」
「いただきますっ!」
母さんに続いて手を合わせ、玉子焼きを頬張る優花。家族のように自然体で朝食を食べる彼女の姿に、こんな妹がいたらいいのになーと思う自分がいて。
何考えてるんだ僕は……! そもそも、妹がかわいいなんてファンタジーだし。従兄妹でさえあんな嫌ってくるんだし。
「ん? 透は食べないの?」
吸い込まれそうになるほど澄んだ優花の瞳が、僕を見る。
「えっ? あっ、うん。食べる、食べるよ?」
僕は我に返って箸を持ち、肉じゃがを口にした。
「ふふっ……青春っていいわねぇ~」
何やら母さんは僕と優花のやり取りを見て微笑んでいたが、動揺しきった今の僕にそれを聞き取る余裕はなかった。
今は優花とまともに話せる自信がなくて、僕は母さんに話題を振る。
「そ、そう言えば、父さんってまだ起きてこないの? もう八時前だけど……」
「あの人ならもう仕事に行ったわよ~」
「そうなんだ……今日は早いんだね」
「だって~、あの人を優花ちゃんと会わせたくなかったんだもの~」
そう言う母さんの目が、氷のように冷たくなる。
あっ、ヤバい……地雷踏んだかも……。
「だってあの人、優花ちゃんをあんなに怖がらせたのよ? 今日は透と優花ちゃんが出かけた後すぐに優し~く叩き起こして、二人が帰ってくる前に家から追い出したわ〜」
まるでヤンデレヒロインのように負のオーラを纏う母さん。その様子を見て、優花が僕に耳打ちしてくる。
「透これ、大丈夫なの? わたしのせいで家庭崩壊なんてことになったら──」
「大丈夫だよ。よくあることだから」
「えっ? これがよくあるの!? それってホントに大丈夫?」
「うん……」
「そう……なんだ。ま、まあ家庭の形は人それぞれだもんね。ハハハ……」
優花が乾いた愛想笑いをする様子に、僕は肩を落とした。
恥ずかしい……こんなところを優花に見せたくなかったなぁ……。
「そうだわ~」
僕と優花が話している間も俯いたままブツブツと何か呟いていた母さんが、急に普段と同じ穏やかな声を出した。
「な、何? 母さん?」
急にいつもの調子に戻るの怖すぎるって……。
隣で優花も、母さんの豹変ぶりに目を丸くしている。そんな表情も愛らしいからすごい。
「いえねぇ~。お母さん、今日だけ走っても透の運動不足解消には弱いかな~って思うのよ~。だから優花ちゃん。また透をランニングに誘ってくれると嬉しいわ~」
「も、もちろんですっ! 今日透と走るの楽しかったから、わたしもまた走りたいです!」
「ありがとうねぇ~優花ちゃん。そう言ってくれると嬉しいわ~」
おっとりとした優しい声で問う母さんと、ピンと背筋を伸ばして答える優花。上下関係の強い部活の先輩後輩みたいなやり取りを見せられて、僕は優花に耳打ちする。
「大丈夫優花? 母さんに言わされてない?」
「うん。大丈夫。明美さんの裏の顔にはびっくりしちゃったけど、わたし運動大好きだから!」
「それならいいけど……」
っていうか優花って運動好きだったんだ。そう言えば高校の時はテニスで県大会に出てたっけ。
「それより透。次いつ走るっ? 明日とかどうかなっ?」
「明日?」
「うんっ! ねぇ透。これから毎日一緒に走ろうよ! 毎日走ってれば透ももっと朝ラン楽しくなるよっ!」
毎日かぁ……確かに疲れる前までは朝の空気がおいしくて風も気持ちよかったし、川も空もきれいだったな。それに──。
僕は、隣で僕の返事を待つ優花をチラッと見る。風呂上がりでいつもよりサラサラの髪が、彼女の整った目と口にかかり、優花をより艶やかに彩っていた。
──バイトない日でもこうして優花と会えるんだよね。ポニーテールの優花もかわいかったし……。
僕は口元を緩め、口を開く。
「せめて週一にして! 毎日は僕死ぬよ?」
「えー! 何でー!」
無理だって毎日は! これ明日筋肉痛確定だよ? それに毎日酸欠汗だくになるのはやっぱりキツいって! いくらメリットが大きいからって無理なものは無理……!
だからそんな上目遣いで見ないでよ……。
僕は優花から目を逸らし、みそ汁を煽った。
その後、優花の足を引っ張らないようにと、優花と走る日以外の夜は毎日走るようになったのは別の話だ。




