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12.帰り道

「えっ!? じゃあ透のお父さんって風俗街の経営総責任者なのっ?」


「うん。だいたいそんな感じ。でも父さんは母さんに律儀だから、風俗街で遊んだりはしてないよ」


 あんな見た目だが、父さんはいくつもの店を運営する立派な経営責任者──まあ店の内容はあれだけど。


 僕は優花が父さんを敬遠しないよう、夜道を歩きながら父さんのことを洗いざらい話した。


 これは優花がうちでバイトをしやすいようにするため。決して優花と付き合えた時に──なんてことは考えていない。


 うん。考えてない!


「それに、桐山書店は父さんが風俗の経営を成功させたから開店できたんだよ。僕も母さんも父さんも本が好きだったから、僕の十二歳の誕生日に今の家ごと建ててくれたんだ」


「そうだったんだ。なら透のお父さんに感謝だねっ!」


「そうだな。本屋やれて楽しいし」


「そうじゃなくて……こうやってまた透と会えたのも、お店を建ててくれたお父さんのおかげだから」


「ああ。言われてみれば……」


 ってそれどういう意味!? その言い方だとまるで、僕とまた会えて嬉しみたいな……。


 僕はばねに弾かれたような勢いで首を優花に向ける。視線の先では、夜風に揺れる優花の黒髪が街灯の明かりを反射してキラキラと輝いていた。


「あっ! そう言えば!」


 急に優花が振り向いてくる。僕は咄嗟に下を向き、目が合うのを避けた。


「今日、わたしが書いたポップを見たお客さんが本を買ってくれたんだよっ!」


「えっ!? それ本当?」


 僕がパッと顔を上げると、優花は満面の笑みで親指を立てた。


「うんっ! 透が手伝ってくれたおかげだよ!」


「おめでとう優花! それで嬉しかった?」


「うん嬉しかった! わたし知らなかったよ。自分の好きなものに共感してもらえるのってこんなに嬉しいことだったんだねっ!」


「そうなんだ! 優花も分かるかぁ……これだからオタク語りとポップ作りはやめられない」


「そうだねっ! わたしももっとポップ作ってみたくなったよ!」


 そう言って優花は、小走りで僕の前へ。青緑のワンピースをふわりとはためかせて僕を振り返ると、軽く腰を曲げて前傾した。


「……だからまた、透のおすすめ、聞かせてくれる?」


 優花は両手を後ろ手に組み、無邪気な笑みを浮かべてみせた──彼女の黒髪の中で金色に輝く鳥のヘアピンよりもなお、鮮やかに煌めく笑顔を。


 か、かわいい……。


 優花の魅力に呑み込まれそうになっていると、熱冷ましシートのように冷たく心地良い夜風が頬を打った。不思議と夜風は僕の雑念を拭い去り、言葉にならない高揚感だけを残していく。


「うん。もちろん」


「やった! ありがとう透!」


 無邪気に体を弾ませる優花は、肩が触れそうなほどの近さで僕の隣に並んだ。


 ホント、こんなに近くに優花がいるなんて信じられないよ……。


 僕はぎこちなく、優花は夜空に煌めく一番星のように明るく、笑い合う。


 高校の時は、あんなに遠くにいたのに……。


 クラスの陽キャ女子グループの中心で笑う優花。体育祭のバレーボールで学校中の男子の視線を釘付けにする優花。


 挨拶とペアワークの時だけは言葉を交わすことができたけれど、教室の隅でラノベを読んでた僕なんかとは住む世界が違った優花。手を伸ばせる距離にはいたけれど、触れれば火傷してしまうほど眩しかった優花。


 あの頃は、優花と挨拶だけでも話せるのが楽しみで、学校に行くのが面倒じゃなかったなぁ……。


「ん? どうしたの透。遠い目なんかして」


 あれほど遠かった優花が、手を繋いでもいい距離にいる。この奇跡がいつまで続くかは分からないけれど、もう少しだけ、優花の傍にいれたらいいな。


「ああいや、ちょっと高校の頃を思い出してた」


「高校の頃かー。まだ卒業してから二か月も経ってないのにすっごく昔に感じるなー……ねぇ、透は幸田先生覚えてるっ? あのよくメガネを失くしたーっていいながら頭の上にメガネがかかってた数学の先生っ! わたしあの先生好きだったなぁー」


「うん覚えてる。あんなデスソース並みに強烈な先生初めてだったから」


「だよねっ!」


 そうして高校時代の先生について語り合っていると、すぐに優花の家に着いてしまった。


「今更だけど、家まで来てよかったの?」


「え? どうして?」


 優花は玄関の取っ手に手を掛けたまま、首だけで振り向く。横髪が目元にかかり、夜なのも相まってすごく色っぽい。当然僕は視線を逸らす。


「ああいや、優花が気にしないならいいんだけど……」


 こういう時って、男に家を知られたくないから近くまで送って別れるんじゃ……あれってラブコメの中だけなの?


 ほんのちょっと間があって、ガチャリと優花が玄関の扉を開けた。


「またね透。家まで送ってくれてありがとっ! また明日!」


「うん。じゃあね」


 優花の姿が扉の向こうに消えていく。同時に、辺りには夜の静寂が訪れる。僕は扉が閉まってもしばらくはその場から動かず、余韻に浸っていた。けれど、玄関の明かりが消えたのを期に踵を返す。


 ……あれ? 明日って火曜日──店の定休日なのに優花は「また明日」って……ただの言い間違え、だよね……?


 そんな疑問は、家に着く頃には忘れていた。

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