10.優花のバイト時間
*** 鳳優花視点 ***
あれって……わたしのポップ見てる!?
わたしのポップが本棚に飾られてから三日。学ラン姿の男子中学生が、わたしのポップをまじまじと見つめていた。
買ってくれるかな……。
わたしはレジから身を乗り出し、本を買ってくれるよう祈りながら男子中学生を凝視する。
ちょうどレジの横を通った別のお客さんが白い目を向けてきたが、わたしは気にせず男子中学生を見続けた。
「あのー……」
そんなことをしていたら、女子高生っぽいお客さんがお会計に来ていた。
「えっ? あっ……すみません!」
またやっちゃった……! なんでこうもわたしは、すぐに周りが見えなくなるんだろ……。
「ありがとうございました」
商品を渡し、軽く頭を下げる。そうして次に顔を上げようとした時、カウンターに一冊の本が置かれた──わたしがポップで紹介した本だ。
えっ!? もしかして──。
本を握る手をたどり、顔を上げる。すると、彼はさっきわたしのポップを読んでいた男子中学生だった。
やった! わたしのポップで初めて本が売れた! 早く透にも教えてあげたいなぁー……。
「ありがとうございましたー!」
わたしはひと際大きな声でお礼を言い、腰を九十度近くまで折り曲げ、深く頭を下げた。
「な、なんだ……?」
男子中学生からはちょっと引かれたけど、そんなことよりも嬉しさで胸がいっぱいだった。
閉店したらすぐに透に話そーっと!
両手で頬杖をつき、笑顔で頭を左右に揺らす。
「あと三十分かー。待ち遠しいなー」
閉店が近づき客が減った店内。わたしは弾んだ足音を響かせて、自分の書いたポップの前に立った。そしてポップに触れ、ザラザラとした紙の触感を味わう。
これ、わたしが作ったんだよね。自分の好きが誰かに伝わるのってこんなに嬉しいんだ……透にも、わたしが透のことを好きな気持ちが伝わるといいのになぁー。
そこまで考えて、わたしはハッと我に返り、苦笑いを浮かべた。
でも、透がわたしのことを好きになるわけないよね……だって助けられてばっかりで、何にも返せてないもん。最初に会ったあの時だって──。
「ちょっといいか」
不意に、すぐ横からドスの利いた低い声がした。
「はい! なんでしょう……かっ?」
わたしはすぐに思考を振り払い、営業スマイルを浮かべる。が、次の瞬間には、わたしは目を見張っていた。だって驚かずにはいられないだろう。目の前に、右目に十字の古傷を持つ大男が立っていたのだから。
「ええっと……何か、お探しでしょうか……?」
無理やり笑顔を作って、一歩距離を取る。すると男は、髭と髪がつながった堀の深い顔でわたしを睨みつけてきた。
何でこの人何も言わないの……!? もしかして……強盗?
わたしはこっそりとズボンのポケットからスマホを取り出し、百十番を入力。発信ボタンをいつでも押せるよう構えた。
「御用がないのならお帰りください! もうすぐ閉店時間なんです」
透の家に強盗なんて絶対ダメ……! ……だからお願い! このまま何もしないで帰って……!
口の中が、持久走を走った後みたいに渇く。スマホを握る手が冷たくなり、感覚が失せていく。
どのくらい男と向かい合っていただろう。長い長い睨み合いの後、男の手がひどくゆっくりと、威圧感を伴い持ち上げられていく。
……っ!? やっぱり強盗! 通報を──。
「何やってるの?」
「透!? 今こっちに来ちゃ──」
わたしは発信ボタンに伸びた指を止め、階段から下りてきた透に叫んだ。透が襲われないように。けれど透はわたしの心配を気にすることなく、男に対して白い目を向けた。
「本当に何してるの? 父さん」
「へっ?」
透今、なんて言ったの?
「透の、お父さん……?」
衝撃の事実に、半ば呆然と男の顔を見上げる。すると男は、意中の人に告白する乙女のようにモジモジと口を開いた。
「ああ。オレは透の父──桐山頑鉄だ。鳳さん、怖がらせたようなら、すまない」
「父さんこんな見た目のくせに人見知りなんだよ。しかも人見知りで喋れないとどんどん目力強くなっていくから……怖かったでしょ」
「うん……」
透が申し訳なさそうに説明してくれたことで、ようやく全てが腑に落ちた。
じゃあ強盗とかじゃなかったんだ……わたしの勘違い……。
安心した途端、極度の緊張状態にあった全身の筋肉から力が抜けていく。わたしは床に女の子座りになって、ため息を吐くように声を漏らした。
「なんだぁー透のお父さんだったんだぁ。よかったぁー……」
「優花、大丈夫? ……じゃないよね。今日はもう店閉めるけど、上で休んでく?」
「そうするー……」
心配して手を差し伸べてくる透。わたしは彼の足にもたれかかった。
「優花それ……! 僕が動けなくなるから……」
「えーいいじゃん! ちょっとくらい休ませてー!」
「いや、それは……」
わたしは透の抗議を聞かず、透の足に頬を押し付けた。
*** 桐山透視点 ***
「そろそろ落ち着いた?」
父親の前で優花に抱き着かれるという、ある意味罰ゲーム的な状況を続けること五分。僕の足を抱きしめる優花の力が弱まった。
「うん。落ち着いた」
「ならとりあえず二階行こう? もう少し休んで行って」
「うん」
手を差し伸べると、優花の綿あめのように柔らかい手が触れる。
……っ。これは別にやましいことじゃないんだ。気にしない気にしない……。
僕は優花を立たせるとすぐに手を離す。が、優花は僕の服の裾を摘まんでくる。
「なんで……」
「ごめん。もうちょっとだけ……」
いつになくしおらしい優花。よく見ると彼女の体はまだ震えていた。
そうだよね。父さんのことをよく知らない人が父さんを見たら怖いのは当然か……。
「いいよ。優花が落ち着くまで傍にいるから」
そう言って僕は階段へと向かう。その時優花がどんな顔をしていたのか、僕は見なかった。




