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1.再会

「透ー! お母さん用事で出かけてくるから、今日から入ったバイトの子に仕事教えてあげて」


「分かった」


 僕──桐山透(きりやまとおる)は、一階から聞こえてきた母さんの声に応え、三階の自室を出る。そして僕は、うちの一階にある個人書店へと続く階段を下りる。


 バイトってどんな人なんだろう? 話しやすい人だといいな……。


 階段の折り返しを曲がると、例の新人バイトの足元が見え始める。僕は咄嗟に下を向き、緊張から唾を呑んだ。


 階段を下り切ると、僕が顔を上げるより先に、鈴を転がすような美声が耳朶を打つ。


「桐山くん!? 桐山書店って名前でもしかしてって思ってたけど……桐山くん、だよね?」


 この声って──。


 新人バイトの声に聞き覚えがあった。高校時代、何度も聞いた声だ。


 鼓動が早くなるのを感じながら、僕は顔を上げた。


(おおとり)、さん……?」


 そこにいたのは、僕が高校時代に片思いしていた相手──鳳優花(おおとりゆうか)だった。


 彼女は今も昔も変わらないミドルロングの黒髪を真っすぐ肩まで下ろし、肩にかかる毛先は軽く遊ばせている。前髪は左右に分けられ、凛とした左目の横には、金の混じった鳥のヘアピンがキラキラと輝いていた。


 鳳優花──僕が通っていた美羽高校で一、二を争う美少女。彼女は容姿端麗成績優秀で、誰にでも分け隔てなく接する優しさとユーモアを持ち合わせていた人気者だ。当然多くの男子から告白されていたが、どれも断っていたらしい。


 まあつまりは、クラスで影を薄くしていたモブな僕からすれば鳳さんは高嶺の花でしかなかったということだ。そんな僕がなぜ鳳さんに片思いすることになったかというと、それは高校二年の春のこと。


「おはよう! 桐山くん」


「えっ!? あ……おはよう……」


 高二の春。最初の席替えが終わった日の翌日。自分の席でラノベを読んでいた僕に、隣の席になった鳳さんは声をかけてくれた。朝だというのに、鳳さんは目が眩みそうになるほど明るい笑顔で微笑みかけてくる。


 そんなことが、次の席替えが来るまでの二か月間、毎日続いた。それに授業中のペアワークだって、隣の席になった鳳さんと組むことが多かった。学校一の美少女にそんなことされたら、彼女いたことない歴イコール年齢の、チョロい僕が落ちないわけがない。


 こうして、高嶺の花に片思いするモブAの図が完成したというわけだ。もちろん、ラブコメラノベみたいにモブと美少女がくっつくなんてことはなかったけど。


「久しぶり! ……っていっても、まだ卒業式で会ってから一か月くらいしか経ってないか」


「そう……だね」


 鳳さんと久々の会話。しかもこの店はほとんど僕の家みたいなものだ。元クラスメイトの美少女と自分の家で話すという緊張感は、バンジージャンプを飛ぶ前よりも強かった。


 あー……えっと、今は仕事を教えないと……。


「えっと、鳳さん。まずは、棚出しと本棚の配置から教えるけど、いい?」


「うん! よろしくお願いします!」


 ヤバい……!


 僕の家だからか、鳳さんが成長したからなのか、彼女の笑顔が高校のとき以上に眩しく感じる。


 黒のワイドパンツにラフな白シャツ、その上から店の茶色のエプロンを身に着けている鳳さん。高校時代から一段とかわいくなった彼女から目を逸らさないなんて芸当、僕にはできなかった。僕は慌てて彼女に背を向けて、本棚の方へと歩き出す。


「まずここがミステリーとサスペンスのコーナーで──」


 僕は店内を歩きながら、「恋愛・文学・ホラー」、「経営・啓発・趣味」、「マンガ」、「ラノベ」と棚割りを説明していく。


 次に棚に並べていない本の場所と台車を見せるためにレジへと戻る──その途中。


 気まずい……こういう時って何話せばいいんだ……。


 僕は外面的には平静を装いつつも、冷や汗が止まらなかった。どう会話をすればいいのかと迷っていると、鳳さんが隣に並んできて口を開いた。


「ねぇ桐山くん。桐山くんって今、どこの大学行ってるの?」


「僕は曽根山経済大学だけど……鳳さんは?」


 助かった……。


 鳳さんが話題をくれてホッとしたのも束の間。鳳さんは笑顔を浮かべたまま、おどけた声で爆弾発言を放つ。


「わたしは受験当日風邪ひいちゃってさ! 中期と後期の受験申し込みもしてなかったから今は浪人中なんだよねー!」


「えっ!? ごめん僕──」


「いいよいいよ。もう吹っ切れてるし、むしろ笑い話にしてくれたほうが気が楽だから」


「そういうもの……なのか?」


「うん! そういうものだよ。わたしにとってはね」


 そういう鳳さんは背中側で手を組み、軽く首を傾げて横目に僕の顔を覗き込んでくる。彼女の凛とした目は「笑ってよ」と語りかけてくるが、僕は笑う気にはなれなかった。代わりに、レジに積まれてある段ボールを指差した。


「えっと、これがまだ棚に並べていない本。ちょうど縦に七列あるけど、カレンダーで言う日曜日の位置に『経営・啓発・趣味』の本があって、月曜と水曜の位置が『マンガ』で、火曜は『恋愛・文学・ホラー』ね。それで木曜と土曜が『ラノベ』で、残った金曜に『ミステリー・サスペンス』が置いてある」


 一気に説明して鳳さんを振り返ると、彼女はポカンと口を開けていた。そんな無防備な表情でもかわいいのだから流石だ。


「ええっと……桐山くん。わたし、どこからつっこめばいい……?」


「ん? ああ。今覚えられなくても何回か棚出ししてれば覚えられるから大丈夫──」


「そうじゃなくて! 段ボールの並びをカレンダーに喩える人なんてわたし、生まれて初めて見たよ!? それになんでジャンルごとにまとめて置かないの!?」


 言いながら距離を詰めてくる鳳さん。彼女は僕の両肩に手を置く。


「ちゃんと整理しようよっ!」


 鳳さんの顔が、目と鼻の先にある。見る角度から見ればキスしていると誤解されかねない距離感だ。しかも鳳さんからは洗剤のいい匂いが漂ってきて、僕の顔は自然と熱を持っていく。


「あ……いや。……この並びは、入荷日の関係で都合がいいんだよ」


 僕は鳳さんから目を逸らしながら答える。すると彼女は僕の肩から手を離し、納得したように手を打った。


「あ、そうなんだ。よく知らないのにわたし、偉そうなこと言っちゃってごめんね?」


「うん……それは大丈夫」


 僕は鳳さんから顔を隠すため、壁掛け時計を確認する。


 あ……そろそろ大学の時間だ。助かったぁ……。


 理性が壊れる前にこの場を離れようと、僕は鳳さんに説明する。


「ごめん鳳さん。僕今日二限から大学の講義あって、そろそろ行かないと……あとはレジの使い方だけなんだけど、母さんがあと五分くらいで帰ってくるはずだから、母さんに教えてもらって」


 僕は返事を聞くより先に踵を返し、荷物を取りに階段を上がり始める。


 耐えたぁ……。


 そう思った矢先のことだった。


「桐山くん。色々教えてくれてありがとう。いってらっしゃい!」


 ……っ! もう無理ッ!


 美少女からの「いってらっしゃい」。澄んだ声で紡がれるその言葉の破壊力を身をもって体感した僕は、階段を駆け上がった。

新連載です!

この話を読んでいただきありがとうございます!


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