筍
畑。
低い家。
水路。
人の声。
次の村だった。
⸻
道の端で、子どもが転ぶ。
膝を打つ。
声が上がる。
⸻
ヒナスクが立ち止まる。
しゃがむ。
土を払う。
そっと、手を当てる。
⸻
泣き声が、小さくなる。
やがて止まる。
⸻
「……あれ」
見ていた女が言う。
「その子……」
⸻
「隣の村の」
別の声。
「あの巫女さんじゃないか」
⸻
ヒナスクは何も言わない。
ただ、立つ。
少し下がる。
⸻
「やっぱり」
誰かがうなずく。
「噂の」
⸻
また声。
「こっちも、見てもらっていいか」
⸻
擦り傷。
捻った足。
熱っぽい額。
⸻
ヒナスクは、ひとつずつ。
しゃがんで。
立って。
またしゃがむ。
⸻
オオナは、その間。
水を運ぶ。
桶を受け取る。
薪を並べる。
言われたことだけ、やる。
⸻
「助かるな」
男が言う。
「手が足りなくて」
⸻
オオナは、うなずくだけ。
黙って、続ける。
⸻
夕方。
影が伸びる。
⸻
「今夜は」
声がかかる。
「うち、空いてるよ」
「飯もある」
「布団も」
⸻
断る理由はなかった。
⸻
ヒナスクが、軽く頭を下げる。
オオナも、少し遅れて。
⸻
夜。
家。
湯気。
味噌の匂い。
⸻
膳が並ぶ。
椀。
干し魚。
煮た野菜。
⸻
「旅かい」
向かいの男が言う。
⸻
「まあ」
オオナが答える。
⸻
「夫婦で?」
⸻
箸が、止まる。
否定はしない。
⸻
「……そんなところです」
ヒナスクが言う。
声は、低い。
⸻
「ああ」
それで終わる。
⸻
箸の音。
椀を置く音。
⸻
「どこまで行く」
⸻
「特には」
オオナ。
⸻
「決めてない」
⸻
「そうか」
それ以上、聞かれない。
⸻
食事は続く。
静かに。
⸻
灯りが落ちる。
布団。
並べて敷かれる。
⸻
「好きに使って」
そう言って、戸が閉まる。
⸻
闇。
虫の声。
⸻
しばらく。
⸻
布が、わずかに擦れる。
ヒナスクの方から。
「……オオナさん」
小さな声。
⸻
「起きてますか」
⸻
「起きてる」
間を置いて。
⸻
「……」
言葉を探している。
⸻
「どこに、向かってるんですか」
⸻
すぐには答えない。
⸻
「わからない」
低い声。
⸻
「ただ」
⸻
「少し」
⸻
「遠くへ行ってみようと思ってる」
⸻
それだけ。
⸻
「……そうですか」
⸻
また沈黙。
⸻
外の音。
遠い水。
⸻
「……」
ヒナスクの呼吸が、少し整う。
⸻
やがて、
寝息。
⸻
オオナは、天井を見たまま。
目を閉じる。
⸻
朝。
まだ人の気配が少ない。
戸口で、頭を下げる。
「お世話になりました」
「気ぃつけてな」
短いやり取り。
それで十分だった。
⸻
村を出る。
道の先。
竹。
まとまって立っている。
葉が擦れる。
乾いた音。
⸻
腰をかがめた背中。
土を払っている。
村の男だ。
「もう行くのかい」
振り返らずに言う。
⸻
「はい」
ヒナスクが答える。
⸻
「筍ですか?」
ヒナスクが聞く。
⸻
「ああ」
地面を指す。
「今がちょうどいい」
掘り起こされた筍。
土がまだ湿っている。
⸻
「竹はな」
男が言う。
「一本に見えるけど、下じゃ繋がってる」
足元。
見えないところ。
⸻
「切っても」
「また出る」
「次が出る」
淡々と。
誇らしげでもない。
⸻
筍を二つ、三つ。
まとめて、差し出される。
「重いけどな」
「持ってくか」
⸻
「……大丈夫です」
ヒナスクが受け取る。
腕が、少し沈む。
⸻
オオナが手を伸ばす。
黙って、抱える。
重さが移る。
⸻
「ありがとうございます」
ヒナスクが言う。
⸻
「道中、気ぃつけてな」
背中に声。
⸻
歩き出す。
竹林を抜ける。
葉の音が、だんだん遠ざかる。
⸻
筍の重み。
土の匂い。
同じ速さで、歩いている。
⸻
道は、また続いている。
それだけだった。




