峠
道なりに歩く。
土は乾いている。
草が低い。
空が広い。
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オオナが右。
ヒナスクが左。
並んでいるようで、
少しだけ、オオナが前。
半歩ぶん。
いつのまにか、そうなっている。
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足音。
ふたつ。
一定の間隔。
擦れる草の音。
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「あの」
声が後ろから来る。
振り向かない。
「……どこに向かってるんですか」
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「いや」
少し間。
「特に」
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「あ……」
言葉を探している気配。
「隣の村まで……半日くらい、って」
「峠を越えたら、見えるらしいです」
「聞いた話ですけど」
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足音が、少し近づく。
また同じ間隔に戻る。
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「じゃあ」
前を見たまま言う。
「とりあえず、そこまで」
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「……はい」
小さな返事。
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道が、ゆるく上りはじめる。
石が増える。
草がまばらになる。
山の匂いが、少し濃くなる。
峠が、近い。
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木が増える。
影が落ちる。
日差しが細くなる。
ひやりとした空気。
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坂。
ゆるい登り。
やがて石が増える。
土が削れている。
草履が、滑る。
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道が細くなる。
枝が張り出している。
足元に、落ち葉。
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いつのまにか、
オオナが前にいる。
ヒナスクが後ろ。
縦に並ぶ。
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枝が揺れる。
ぱき、と折れる。
踏まれた葉が沈む。
道が、少しずつ開いていく。
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ヒナスクは、その後ろを歩く。
同じ足跡。
同じ幅。
石を選ばなくていい。
袖が引っかからない。
足が、止まらない。
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何も言わない。
ただ、ついていく。
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やがて、
光。
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木が途切れる。
小さな空き地。
腰を掛けられそうな石。
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オオナが座る。
ヒナスクも少し離れて座る。
息だけが、白く混じる。
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「……飲みますか」
竹筒が差し出される。
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「ありがとう」
目は合わない。
受け取る。
水の音。
喉が鳴る。
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竹筒が戻る。
少しの沈黙。
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「……その」
ヒナスクの指が、右腕の袖に触れる。
「ちょっと、いいですか」
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そっと、手を当てる。
いつもと同じように。
静かに。
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何も起きない。
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縮れた皮膚。
盛り上がった痕。
変わらない。
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「……あれ」
小さな声。
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「いい」
オオナが言う。
「これは、いい」
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手が離れる。
風もない。
鳥の声だけが落ちてくる。
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少しして、
オオナが立つ。
また、前を歩き出す。
ヒナスクも立つ。
同じ間隔で、ついていく。
坂が、ゆるむ。
空が、少し広くなる。
坂が、下りに変わる。
足が、勝手に前へ出る。
小石が転がる。
乾いた音。
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木と木の間。
光。
切れ目。
その向こう。
屋根が、いくつか。
低い家並み。
白い煙が、細く上がっている。
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オオナは止まらない。
そのまま下る。
ヒナスクも続く。
草が擦れる。
衣が鳴る。
足音だけが重なる。
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やがて道がゆるむ。
土が平らになる。
影が短い。
畑。
水路。
人の声。
次の村が、もう近い。
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横に、足音。
同じ速さ。
同じ歩幅。
何も言わない。
二人で、歩いている。
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足音が重なる。
影が並ぶ。
坂はもうない。
それだけだった。




