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私と面倒ごとと君  作者: 立花 みどり


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07 アレクの家


 急に抱きしめられて、転移魔法特有の足元からの揺らぎを感じて咄嗟に目を閉じた。

 転移中に目を開けていると酔うからだ。揺らぎが落ち着いて目を開ければ、明らかに学園ではない、貴族の私室のような場所にいた。


 学園には結界が貼られていて、始業から下校時間までは敷地内から出られないようになっている。それを破るには相当の魔法の腕と魔力が必要。なのに私とアレクはこうして学園の外に転移した。


「アレクって魔力量かなり多いの?」

「それなりだよ」

「魔力量が多い人はみんなそう言う回答をするんだよ」

「ははっ」


 笑いながらアレクは私の手を引いて、部屋の中央にあるソファに座らせる。

 アレクにとっては勝手知ったる場所のようで、上着を脱いで反対側のソファへと投げ、私の隣に座る。


「ここどこ?」

「公爵邸の僕の部屋」

「ええ…??なんで??」

「ベラ、今日からここで暮らして」

「ん……?」

「それから、ベラの父上の不正の証拠がある場所を教えて。ベラの叔父上とのやり取りも教えて。屋敷で信用できる人間は誰?陛下はどこまで知ってる?」


 あまりの急展開に驚いて言葉を失う。


 アレクの部屋?ここで暮らす?なんで??


 アレクはそんな私を問い詰めるように近づいてくる。じりじりとソファの端に追いやられる。

 戸惑ってなかなか口を開かない私の肩をアレクは掴む。


「ベラ、逃さないよ」

「に、逃さない??」

「そう、逃さない。とりあえず、全部教えて」

「……なんで?」


 尋ねれば一瞬、アレクは傷ついた表情をする。違う。別に傷つけたいわけじゃなくて。


「ごめん、そうじゃなくて。突き放したいわけじゃないの。もう何年も計画して進めてきたことだから、ちゃんと理由を聞かないとそうホイホイと教えられないよ。だから理由を聞かせて」

「僕は、ベラと一緒がいい」

「ん?」

「……じゃなくて、ベラと結婚したい」

「……んん?」

「だから、ベラが貴族籍から抜けられると困る。困るというか、いや、いくらでもどうとでもなるけど、学園を卒業したらすぐに求婚しようと思ってたんだ。


 ベラの家庭環境がよくないのには気づいていた。だからベラの両親が断れない状況を作ろうと思って、準備してたんだよ。……そしたらベラが隣国に行くなんていうから、つい……連れて帰ってきちゃって、」

「ご、ごめん」


 え、アレクは私のこと好きなの?


「てっきり、もう私には興味ないのかと」

「そんなわけないでしょ。ベラの手元には届いてないかもしれないけど、本当にたくさん手紙を書いて贈り物もしたんだよ。

 ずっと無視されてると思ってて、届いてないと知ったのは隣国から帰る頃だよ。家族から本当はどんな扱いをされてたのか、ちゃんと知ったのもその時だった。それまで君の父上は、母を亡くしたショックで君が閉じこもってしまったって言ってたんだ。

 確かに僕とは母親同士を通じて知り合ったから、僕を見ると母上のことを思い出すのは仕方がないと思ってた。……もっとちゃんと調べるべきだった。そしたらもっと早くベラのことを助け出せたのに。一人きりで耐えるなんてことさせたくなかったのに」

「……全然知らなかった」


 アレクからの手紙も贈り物も、何も届いてない。


「僕と結婚するのは嫌?」


 その質問はずるいと思う。嫌なわけない。でも。


「無理だよ……」


 だから私もずるい答えを返す。


「少なくとも、私はもうあの伯爵家に籍を置くつもりはないの。お母様には申し訳ないけれど。叔父様から奪った爵位だしお母様が死んでからはいい思い出もない。

 私は、面倒ごとが好きじゃないの。

 父のことも、義母のことも、義妹のことも、……全てをそのままにして去って行ったお母様が残したものも、全てが面倒だった。私には重荷だったの。少し疲れたの。だから、爵位を捨ててでも、すこし……全部忘れたいの。

 アレクと結婚するのは嫌じゃない。でも今はそれについて何も考えられない。……ごめん」



 父が叔父様に毒を盛ったという罪悪感、それによって私が爵位を継ぐことになるという罪悪感、責任感、本当は父親の子供ではないという後ろめたさ。本当に自分は貴族なんだろうか。ここにいてもいいのだろうか。ずっと頭の中にあったいろんな罪悪感と疑念。


 その全てから逃げたかった。

 ……少しだけ、惨めだな。


 そう思うと無意識に涙がポロリと流れて出て来た。


 こんなふうに泣くつもりじゃなかったのに。これじゃあまるで私が本当に辛いみたいだ。そんなことはないのに。

 流れ出る涙を止めることができない。


「……ごめんね」


 アレクは一つも悪くない。

 だけど結婚に対する返事を、はいともいいえとも返さないずるい私をただ抱きしめてくれる。誰かにこうしてもらうのはすごく久しぶりな気がした。


 何も言えずにただしばらく涙を流し続けた。

 アレクは私が落ち着くまでずっと背中を摩ってくれた。


***


 気づいたら私は眠ってしまっていたらしい。

 目を開けると薄暗い部屋にいた。知らない部屋のベッドで眠っていた。

 

「……?」


 何かがお腹の上に乗っている感覚がする。


「……わお」


 乗っているものを辿っていくと、隣でアレクが眠っていた。……なんで?

 もしかして眠っている私がアレクを離さなかったのだろうか。だから仕方なく一緒に寝ることになったのかな。


 何もしていないとは言え、未婚の男女がこうして一緒のベッドで眠るのはあまりよろしくない気がする。


 そう思って、自分の腕に乗っている腕をどかして抜け出そうとすると、余計に腕に力が入って抱きしめられる形になってしまった。

 なんで寝てるのにそうなる。しばらく格闘したけれど腕は解けないし、アレクも起きないので諦めることにした。


 ……なんか、大変なことになったな。

 成り行きで公爵家に泊まっているし。


 今頃伯爵家はどうなってるだろうか。

 父は怒ってるだろうな。私がいないと仕事が溜まるから。あの人はプライドだけは高い。仕事はしないけれど、仕事が滞って誰かに指摘されることが嫌いなのだ。だから私がきちんと仕事をこなさないと怒る。なんとも理不尽なこと。

 義母と義妹はもしかしたらこれを機に、男と外泊してるとかあることないこと言いふらすかもしれない。ふしだらとかなんとかいって、学園でまた変なのに言い寄られるな…。

 あれ、でも、実際今男の人と外泊しているし、こうして同衾までしているわ。婚約すらしてない人と。ふしだらといえばふしだらかもしれない。何も否定できなくなっちゃった。


 明日起きたら、アレクは私を帰してくれるだろうか。


 チラリと隣で眠る美しい男を見る。


 いや、帰ったところで面倒か。

 怒られるだけだし。今日の尻拭いをするだけだし。かといって帰してもらえないとなると事態はどこに収束するんだろう。アレクは公爵家だから、彼が本気を出せば私の手の及ばないところで私の人生を決めることだってできる。

 それこそ明日にでも強引に入籍するくらいのことはできる。しないと思うけど。


「考えるのが面倒になってきた……」


 私が今ここでどれだけ考えても仕方がない気がした。何をしたって明日はくるし、事態はなるようにしかならない。今私にできることは、明日に向けて眠ることだけだ。


 そう言い聞かせて、私は目を閉じた。



***


 目が覚めたのは昼過ぎだった。


 昨日夜中に目覚めた時点で、学園に行くことは諦めていた。昨日色々あって疲れたし思い切り寝てやろうと思っていたら、本当に思い切り寝ていた。この時間まで寝てたのなんていつぶりだろう。頭はすっきりとしていた。


 当然だけれど、目覚めた時に隣にアレクはいなかった。学校に行ったのかな。

 ……帰ってもいいんだろうか。


 シーツをめくって起き上がると、いつの間にか知らないナイトドレスに着替えさせられていた。流石にアレクが着替えさせたわけじゃないよね。……ないよね?

 夜中に目が覚めて実は一緒に寝ていたことを知っている。からなんとなく着替えまでアレクがしたんじゃないかと疑ってしまう。


 ベッドから降りてテーブルに置いてあった水を飲む。泣いて寝たから喉が渇いていた。

 水の横には軽食も置いてあったのでついでにいただく。公爵家の食事は冷めても美味しかった。


 ここは寝室だと思うのだけど、この後どうすればいいんだろうか。さすがに人様の屋敷を昼間にナイトドレスで歩き回るのは気が引ける。かといって使用人を呼んでもいいのかな。この屋敷でどれくらいの人が、私がいることを知ってるんだろう。我が物顔で呼びつけてもいいんだろうか。 

 

 私が着ていた制服がないかクローゼットを開けてみたけど、どこにもなかった。多分アレクのものと思われる服が入っていたので、ここはアレクの寝室なんだろう。そう考えるとますます使用人を呼びづらくなった。

 古い使用人なら、私の名前を言えば思い出してくれるかもしれないけど。比較的新しい使用人なら知らないだろうから痴女だと思われるかも。どうしよう。


 意を決して、とりあえず廊下の様子でも見てみよう。……と思ったけれど扉はどれだけ押しても開かなかった。どうやら外鍵と魔法で施錠されているらしい。入念に閉じ込められている。


 水回りなどの生活に必要なものは出口以外の扉の先に揃っていた。丁寧な監禁だ。ここまでするならせめて書き置きくらいは残しておいてほしい。


 うーん、どうしよう。


 悩んで悩んで、……諦めてベッドの上に寝転がった。

 出られないのだから仕方ない。

 自分でも意外なことに、この状況に不満はなかった。


 窓の外を見ればよく晴れていた。懐かしいな。


 庭を見ると公爵邸で遊んでいた頃を思い出す。お母様と二人で頻繁に遊びに来ていた。あー、そう言えばあの庭で初めて魔法を練習した時に火の魔法に失敗してアレクの護衛の服を燃やしてしまったっけ。

 アレクのお母様がすぐに火を消してくれたから怪我はなかったけれど、護衛の服が燃えて中途半端な裸になってしまって、アレクが死んじゃうくらい笑ってたな。護衛に申し訳なくてすごく謝ったんだけど、それもまたおかしくなっちゃったみたいで、最終的にはみんなで大笑いしてたな。


 しばらく忘れてたな、お母様との楽しい思い出。

 伯爵邸にいる頃は、どうして死んじゃったのってそればっかりだったのにここにいると楽しかった頃を思い出せる。


 外では鳥たちが芝生に降りて地面を突いている。かわいいなあ。ぼんやりとお母様のことを思い出したり、鳥たちを眺めている間に、私は再び眠っていた。


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