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私と面倒ごとと君  作者: 立花 みどり


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06 君は焦る


「イザベラ嬢、よければこの後一緒に中庭に行きませんか?」

「イザベラ嬢、どうか私にも興味を抱いていただけませんか?」

「随分と寂しい思いをしているのではないですか?」

「伯爵夫人はあなたがふしだらな娘で困っていると、嘆いてましたよ」


 なんだこれ。


 週明け登校すると、教室までの道中やけに貴族令息からのお誘いが続いた。

 話したこともないし、どこの家門の何番目の息子かもわからないようなのばかり。また面倒な予感がする。あぁ。


 きっとパーティで義母か義妹が吹聴したんだろう。

 ああ、本当に面倒だ。

 私があの人たちに何をしたっていうんだろう。むしろ誰よりも何もしていないのに。


 令息たちのお誘いは無視させてもらった。

 それでもしつこいものはしつこかったので、飛び降りて撒いて、結局旧校舎へ逃げ込んだ。今日はもう授業を受けるのを諦めようかな。それともミスティアと一緒にいればなんとかなるだろうか。王族の横で下品な誘いは流石にしてこないと思いたい。でも今日はミスティアは王家の用事でお休みだ。終わった。


「面倒すぎる」


 昨日のパーティでどこぞの貴族と契約を結んだとわけのわからないことを父が言っていた。いつも通りならどうせ詐欺だ。正式に書面を交わす前に相手を割り出して止めないといけない。面倒すぎる。ああ、今日は本当は出たい授業があったけど、この旧校舎で一日を過ごしてしまおうかな。


 煙草に火をつける。

 アレクと過ごすようになってから吸う本数は減っていたのに。

 

 吸いながら空を見上げる。初夏は過ぎてすっかり真夏だ。夏が終われば秋、冬が来て卒業になる。卒業前には全てを終わらせないといけない。


 はあ、とため息をついたところで背後に見知った気配がした。


「ベラ」

「あぁアレク。ごきげんよう」

「なんか疲れてない?」


 まあ、朝から追いかけ回されてその度に全力で逃げ回っていたからね。


「なんでパーティに来なかったの。招待したのに」

「あー…それは本当にごめんなさい。どうしても行けなかったの。これ、お祝いよ。あまり大したものじゃなくて申し訳ないのだけど」


 事前に用意してあったプレゼントを渡す。本来であれば丁寧な手続きを経て公爵邸に送るべきなのだろうけど。

 家の事情でそれは難しいので、こそこそと用意しておいたプレゼントを手渡しするのが関の山である。用意したのは香水だ。アレクが好きそうな物を用意した。


「ありがとう、一生大事にするよ」

「いいわよ、一生じゃなくて。それなりに使ってくれれば良いから」

「そんなわけには行かないよ。今までもらったものだって大事に取ってあるんだぞ」

「いや、使いなさいよ」


 いつも実用性のあるものを自分で選んでいたのに。


「それで?ベラはなんだってそんなに疲れているの?」

「昨日の夜会でお義母様が何か言ったんでしょう。よくわからない令息たちに追い回されてるの」

「なんだって……?」


 アレクがびっくりするくらい低い声で聞き返してくる。

 魔力が漏れているのか校舎の窓ガラスがガタガタと揺れ始める。魔力が漏れ出るのは感情が揺らいでいる証拠だ。どうやら今の話はアレクにとって非常に不愉快だったようだ。

 落ち着いて欲しい。


「昨日のアレクの誕生日パーティにあの人たちも参加してたでしょう?何か言ってなかった?」


 大体予想はできるけれど。


「君は男のところに行っているから参加できないと言っていたな。それからふしだらだって。もちろん僕は信じてない」

「ああ、なるほど。ふしだらだから慰めてやれとでも言ったんでしょう。お義母さまは私に適当なケチをつけてお金持ちの貴族の後妻にでもしたいんでしょうね。ベルに家を継がせたいから」

「無茶だろう」

「それが理解できないのよ。まあいいわ。昨日男と会っていたのはあながち間違いではないし、適当に躱していればそのうちこのくだらない流行りも終わるでしょ」

「待って、ベラ、なんだって……?」


 アレクが私の肩を急に掴み、壁に押し付ける。痛い。

 何をそんなに怒った顔をしているんだろう。


「え、な、なにが?」

「昨日男と会っていたのか?あんな夜遅くに?君一人で?」

「え?えぇ、一人かと言われると微妙だけれど」


 叔母様と従兄弟のオリバーも一緒にいたから。


「誰」


 さらにがたがたと窓ガラスが揺れ始める。相当怒っている。このままだと魔力の揺らぎでガラスが割れそうだ。それはやめてほしい。流石にガラスが一斉に割れればここへの立ち入りを禁じられることになる。


 そんな私の気も知らずアレクは私を睨んでる。こんな表情、小さい頃に大喧嘩して以来だ。

 大きくなって美しい分迫力がある。なんでそんなに怒っているの。


「ちょっとまって、なんでそんなに怒ってるのよ」

「良いから答えて、誰と会ってたの?」


 答えるべきか、悩む。

 だって叔父様と会っていることがバレると、私の今後の計画にも関わるから。


「どうしても聞きたいの?」

「聞きたい」

「じゃあ、室内に入って防音の魔法をかけて。それからこれから話すことを漏らさないって誓って」


 アレクは頷き、私の腕を掴んで校舎内の空き教室に入った。ぱん、と手を叩いて防音の魔法をかける。それも二重に。


「これで誰にも聞かれない。教えて、昨日誰と会っていたの」


 小さな空き教室で、怒ったアレクにより隅っこに追いやられている。

 どうしてこの子はこんなに必死なんだろう。

 

「叔父様よ。お母様のお兄様」


 ため息をつきながら答えるとアレクは驚いた表情をする。やっとガラスの揺れがおさまった。

 そうよね、なあんて思いつつ言葉を続ける。


「私が叔父様を治療してるの。家族に内緒で。」

「え?」

「元々は叔父様が爵位を継ぐはずだったけど、毒を盛られて身体が不自由になったからお母様に爵位を譲った、というのは知ってる?」

「あぁ。それなりに有名な話だし、実際にベラの母上も何度かそんなことを言っていたから」

「そう。そして毒を盛ったのは父よ」

「……ッ!」

「自分が伯爵家の人間になるために叔父様に毒を盛ったの。当主の業務を任されるうちに分かったの。証拠も持ってる。ここ数年で集めたのよ」


 家族の目を盗んで、という縛りがあったから準備が整うまで何年もかかってしまった。叔父様に申し訳ない。


「あと、アレクも薄々気づいていると思うけど私は父の子供じゃないのよ」

「それは感じていたけど」


 そう。私と父は全くと言っていいほど似ていない。


 父は茶色の髪の毛に青い瞳。それに対して私は白に近いホワイトブロンドに濃い赤紫の瞳。


 そもそも私とお母様も外見はあまり似ていなかった。

 受け継いだのは魔力量と瞳に混ざる赤色だけ。お母様は燃えるような赤い髪に、赤い瞳。そして火の魔法を得意としていた。

 髪色と瞳に混ざる白と紫は誰に受け継いだのかわからない。私が最も得意とする魔法も火の魔法じゃない。


「さっき言ったけど私、治癒魔法が使えるの」

「……!」


 お母様から受け継いだ火の魔法よりも得意なのは、治癒魔法。……そして魔法の素質は遺伝する。

 お父様は生粋の土魔法使い。私は土魔法は使えない。

 外見だけでなく魔力的にも遺伝的な父親は、父ではないということだ。


「本当の父親が誰かは知らないわ。お母様は何も言っていなかったし。まあ、それは一旦いいの。私は今まで家族の目を盗んで、毒に侵され半身不随だった叔父様を治療してきたの。特に家族全員がパーティに参加しているような日にね。だから昨日はパーティに参加しなかった」


 叔父様はついに杖を使わなくても歩けるようになった。そして少し前から密かに伯爵邸の書類や業務も共有している。


「叔父様はほとんど健康体よ。近いうちに父の罪を明らかにして、叔父様に爵位を戻す予定なの。既にミスティアを通して陛下にも計画を共有してあるわ」

「そんな……」

「ほら、うちの領地は国境沿いでしょう。陛下としても適当な領地運営では困るのよ」

「……それで、ベラ自身はどうなるんだ?」


 アレクは辛そうに顔を歪める。


「私は家を出るつもり」

「は、」

「家族の罪を告発して、叔父様に業務を引き継いだあとは家を出るわ。従兄弟にも悪いしね。叔父様は従兄弟と結婚することを望んでるけど、伯爵夫人なんて大変そうだし。じゃあ養子でもいいって言ってくれたけど、血が繋がっていないとはいえ、自分を殺そうとした男の娘と暮らすなんて普通は嫌でしょう?」

「家を出るって、」

「平民になって隣国でも行こうと思ってるの」


 叔父様に迷惑をかけたくもないし。「犯罪者の娘」と一生後ろ指を刺されるのも生きづらそうだから。


「隣国……」

「育ての父は犯罪者だし、本当の父は誰だか分からないし。伯爵家に残るのは少なくとも違うかなって。かと言っていくべきところもないからね。治癒魔法があるから神殿に行けば歓迎されるかもしれないけど、国内にいる限り犯罪者の娘であることには変わりないから。どういう扱いを受けるかも分からない。だったらいっそどこか遠いところに行こうかと思って」

「ベラは、何も悪くないだろう?父上が毒を盛ったとしてもそれはベラが生まれる前の話だ」


 ぎゅう、と両肩を強く掴まれる。


「ええ、そうよ。……でも、そうね、全てをあるべきところへ戻すだけよ」

「あるべきところで言うならベラは家を出るべきじゃない。どう考えても君はただの被害者だ」

「出るべきよ。誰が父親かもわからないんだから。伯爵家にいる資格がないわ」


 心残りといえばアレクと離れることだ。でもどこの子かもわからないし父が犯罪者になろうとしているのに、公爵家の一人息子と仲良しのままというのはよくない。お互いのためにも。


 アレクは沈黙した。

 私の肩を掴んだまま、少し俯いて考えているようだった。

 

 全てが片付いたらどこに行こう。書類仕事だけはたくさんやってきたから、どこかで雇ってもらえるとありがたいんだけど。


「ベラ、いつ叔父上に譲る気なんだ?」

「少し迷っているの。私はなるべく早い方がいいと思うんだけど、叔父様は卒業まで待つべきだって言うから。一応今すぐにでもやろうと思えばできる状況ではあるんだけど」

「……今日出たい授業はある?」

「え、急だね。魔法学は出たいかな」

「どうしても?」

「なに」

「後でたくさん謝るから許して」


 アレクは私の背中に手を回し、抱きしめたかと思えばいきなり魔法を発動してどこかに転移した。


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