18 私と大好きな人たち
目を覚ますと見慣れた天井だった。また途中で眠ってアレクが寝かせてくれたらしい。
どうしてここにいるかも覚えてる。あの後、私は自分でもびっくりするほど泣いた。今まで伯爵家でどういう扱いを受けても泣くことなんてなかったのに、家を出てから、たくさんの人の思いやりと優しさに触れるたびに泣いてしまっている気がする。
泣いて泣いて、少し落ち着いて私たちは侯爵家を後にした。侯爵様は見送りにきてくれて、その時にまた会うことを約束した。
帰りの馬車で私たちは無言だった。頭が痛かった。何もかもわからずにぼやけていたことが一気に鮮明になった。でもそれに対して頭と心の整理が追いついていない。
ただアレクの手を握り、目を瞑った。そしてそのまま眠ってしまった。
眠っていた時間はそう長くなかったみたいで、外はまだ明るい。いつも目覚めると夜、ということが多かったから。
用意してあった水を飲んで部屋を出た。庭に出るまでの間、珍しく誰にも出会わなかった。夕食の準備で忙しいのかもしれない。
夕陽に照らされる庭をゆっくりと歩く。この時間には庭師たちも仕事を終えているので人気がない。今はまだ少し暖かいからいいけれど、寒い時期の夕方の庭は寂寥感すらあるように思う。でも嫌いじゃない。
ぶらぶらと歩きながら煙草に火をつけた。
お母様は病を患っていた。そんな中で侯爵様と恋に落ちて私を妊娠した。でも寿命が僅かだから嫁がなかった。けれど、父親役が必要で、子供ができずに婚約者のいなかった父を見つけて結婚した。
聞いた話によれば祖父母とは仲が良くないと言っていたから、そんな中で一人で産む選択肢はなかったんだろう。一人で産めば、私が残されるから。でもきっと別れて終わらせた関係の侯爵様に責任を取らせる気もなかったんだ。
父が叔父さまに毒を盛らなければ、きっと臣下として小さな屋敷をもらって叔父様の補佐をしながら生活することになっただろう。
だけれど父は叔父様に毒を盛った。自分を救ってくれた母へ爵位を与えようとしたと言っていたけれど、多分本人の爵位に対する執着もあるだろう。普段から爵位だけへはこだわりが強かった。
でも生い立ちを聞いて少しその感情に納得した。貴族の長男といえば本来は爵位を受け継ぐ立場だから、子供ができないと分かった後はさぞ家では生き辛かったことだろう。だから父の生家とは交流が全くないのだ。
父曰く、お母様は父が叔父様に毒を盛ったことに気づいていただろうとのことだった。気づいたとき、お母様は何を思っただろう。きっと今の私のように罪悪感に苛まれたに違いない。自分が父を選んでしまったから。だから叔父様が倒れてしまったのだと自身を責めただろう。
お母様が休みなくずっと忙しくしていたのは、そういう罪悪感のせいだったのかもしれない。意図せず兄を傷つけて手に入れたものだから。せめて精一杯やろうとしたんだろうなと思う。予想でしかないけれど、私の知っているお母様ならきっとそうすると思った。
そしてお母様は死んだ。
父はお母様の病気のことを知っていたんだろうか。でも知っていたら叔父に毒を盛るようなことはしなかったような気もする。お母様と侯爵さまだけがきっと病気のことを知ってたんだ。フレンおばさまも公爵さまも、お母様が病気なんてそんなこと一言も言っていなかったから。
本当は、一人で死ぬ気だったんだろうな。
私が当初、伯爵家のことを一人でなんとかしようとしていたみたいに。きっと学園を卒業したら一人でどこかに行くつもりだったと思う。
でも侯爵様と出会って、私ができたから。
死ぬのが分かってたなら、もうちょっと父のことどうにかしておいてよ、とか遺書とか書いておいてよとは思っちゃったけど。
自分がどこの誰で、どうやって生まれたのかがわかった。
これでようやくアレクと自信を持って結婚できる気がする。泣きすぎたし、このところ情報量が多くて未だに頭はズキズキと痛むけれど、心は軽くなっていた。
「ベラ!」
「わあ!」
ふう、と一息したところで後ろから勢いよく抱きしめられた。咄嗟に煙草を持った手を前に避ける。
「あ、危ないよ」
抱きしめられたまま吸い殻をケースにしまう。
「寝室にいなくて、誰もどこに行ったか知らないっていうから焦った」
「あ、ごめんなさい。たまたま誰にも出会わなくて、」
「よかった、いた……」
もしかして私がどこかにいくと思ってるんだろうか。
「どこにも行かないよ」
「……うん」
「ちょっと頭の中を整理してただけ。ここ数日で色々あったから」
「整理できた?」
「おかげさまで」
抱きしめてた腕を下ろして、今度は手を握られる。そのままゆっくりと屋敷へと歩き出す。日はすっかり傾き、もうすぐ夜になりそうだ。
「整理して、どう、だった?」
「?どうって?」
「まだ、僕と結婚する気でいてくれる…?」
私をここまで強引に連れてきておいて、今更何を言って、何を弱気になっているんだろう。それがおかしくて、あは、と笑ってしまった。
「あは、結婚、しようね」
「笑わないでよ。本気で心配したんだ。ずっと父親がどういう人か気にしてたでしょう。別に侯爵は悪い人じゃないし、あの人が父親であることで結婚を拒否されるとは思ってなかったけど、ほら、色々聞いて気が変わることもあるじゃん」
「あはは、アレク、かわいいね」
「可愛いっていわないでよ」
「あはは、はあ、……いろいろありがとう。おかげで少しスッキリした。まだ全部受け入れて自分の中に馴染ませるには時間がかかるだろうけど、話が聞けてよかった」
「ベラがそう言ってくれるなら」
ふふ、と笑い合って夜になっていく庭で私たちはしばらく抱きしめ合った。
***
侯爵様と話した日から二ヶ月が経った。
その間にもいろんなことがあった。父の刑が確定した。もう二度と会えないような場所での労働が決まった。場所は聞いてない。見送りにも行かなかった。あの牢獄での会話が私たちの最後だ。
別れも何も言ってないけれど、親子として破綻していた私たちには十分だろう。
叔父様は無事に伯爵家を継いだ。早速色々と領地関係の業務をこなしている。冬への準備も間に合いそうだ。国防上重要な土地ではあるけれど、それさえ気をつけておけばそんなに難しい土地じゃない。私よりもうまくやってくれるはずだ。
義母と妹は屋敷を追い出された、わけではなく、実は二人も捕まった。というか義母の実家である子爵家が取りつぶしになったのだ。
父が使用した毒の入手経路を辿って行った結果、子爵家に辿り着いたらしい。父は毒のことを明かされたくなければ、自分を娶れと義母にしつこく言われていたのだと知った。爵位のために結婚したのだと、牢屋ではそう言っていたけれど真実は違ったようだ。父は最後まで見栄を張っていた。
そんなわけで子爵家は丸ごと逮捕された。
唯一何も知らなかった義妹だけれど義母が逮捕されたタイミングで私の前に現れた。雇ったごろつきたちを使って、私を害そうとしたのだ。だけど優秀な公爵家の護衛たちによって未然に防がれ、彼女は逮捕された。この件に関してアレクは大層お怒りで、彼女が最終的にどうなったのか怖くて聞けていない。
伯爵家のことが落ち着いてきたので本格的に結婚の話を進めることになった。
まずアレクと婚約するに際して、私はどこかの家の養子にならなければいけなかった。
どこかの養子になる、という話は本当の父、シャテニエ侯爵の耳にも届いていたらしい。本格的にどの家か話し合いを始めようというところで、侯爵家から打診が届いた。
その時、もう一度侯爵様とお話をして私は侯爵家の養子になることを決めた。本当の親子なので養子になるのもなんだか変な感じがしたけれど。養子に関しては私よりも侯爵様の方が嬉しそうだった。侯爵様のことを「お父様」と呼ぶのを頑張っている。
結婚前にどうしても親子の時間をくれないか、とお父様が言うので一週間だけ侯爵家にお世話になった。未婚だった父上が後継者として育てているという従兄弟とも顔合わせをした。養子にはなったけれど、結婚のために籍が必要だったからで後継を狙う意思は万一もないと一応伝えておいた。
「イザベラの色とシメオン叔父様の色を見れば、大体の事情は察しますよ。かつて愛した方がいるというのも聞いていますから」
さすが後継ということあって非常に察しが良かった。困ったことがあればいつでも助けになると言ってくれた。察しがいい上に親切である。
一週間の間、お父様も仕事を休んでくれた。事情を全て陛下に話したらしい。普段全く休みを取らないこともあり、私が訪れる期間に合わせて休みをくれたそうだ。
休みの間は二人で庭を散歩したり、お母様の墓参りにいったり、お母様のことを教えあったりした。治癒の魔法について手ほどきも受けた。
私は治癒魔法に関して誰かに教わることができなかったから。力を隠していたから専門書を借りることもできず、本当に自己流だった。
対して父上は隠していたとはいえ、侯爵家の中では明かされていたので治癒魔法使いから教育を受けたらしい。私よりもずっと使いこなしていた。あまり考えたくないけれど、自分や、アレクにもしも何かがあった時に対処できるように、お父様には治癒の魔法の使い方を教えてもらった。
「もっと本格的に習得したいなら教師を紹介しよう。私が習っていた方なので少し高齢だが、優秀だし秘密も守ってくれる」
「ありがとうございます。お願いしたいです」
お父様はよく頭を撫でてくれる。
アレクとは少しだけ違うニュアンスの撫で方だ。優しくて大きくて、懐かしむように撫でてくれるのだ。
公爵家に戻る頃には随分打ち解けたと思う。これからも定期的に会おうという約束をした。
「イザベラ!久しぶりね!」
私が侯爵家の養子になり、正式にイザベラ・シャテニエを名乗れるようになってようやく学園への登校を再開した。
一番に迎えてくれたのはもちろんミスティアだ。でもそれだけじゃなくて、他のクラスメイトたちも迎えてくれた。
「もう。屋敷から出れるようになったら王城に遊びに来てって言ったでしょう」
「ごめん、なんだか怒涛のようにいろんなことが一気に進んじゃって、タイミングを逃しちゃった」
「いいわ、それなりに聞き及んでいるから。家のことは大変だったわね、お疲れ様。……それと婚約おめでとう」
「……ありがとう」
そう。シャテニエとなると同時に私たちは婚約を発表した。
色々な反発あるいは噂の的になることを予想していたけれど、ミスティアが宣言していた通り、私は悲劇のヒロインとして扱われることになった。
長年伯爵家で虐げられていた私を、留学から帰ってきたアレクが発見して保護。そして伯爵の罪を暴き、爵位を元ある場所へ返した。叔父である伯爵はイザベラを歓迎しようとしたが、トラウマのある家の養子になることについて懸念を持ったアレクが、王家からも信頼の厚い侯爵家に養子を打診した。
生涯独身宣言をしていた冷徹な侯爵もイザベラの話に心を痛め、また彼女の真面目さ、純粋さに惹かれ養子を決めた。
……とまあ、当事者からするとやや恥ずかしい扱いではあるが、世論が私に同情的になるような仕上がりになっている。
公爵家と侯爵家が面倒を見て、それから王族とも友人となれば普通の人はそれに対してもう何も言わないものだ、と学んだ。そうやって周囲の優しさのおかげで、私は安心して再び学園に来ることができた。
もう私を追い回してあれこれと言ってくる義妹はいない。すごく静かで平和だ。
「あれ……そういえば第五王子は?」
「あいつなら留学よ留学」
「え」
「もちろん監視付きで。お父様が根性叩き直すように少し規則の厳しい隣国の学園に留学させたの」
隣国の厳しい学園といえば、「少し」レベルの厳しさじゃなかったような気がする……。高い学費さえ払えばどんな子どもでも真っ直ぐ鍛えられて戻ってくることで有名な、厳しい学園だ。
「もともとちょっと素行に問題がある子だったから、学園で他人と一緒に生活しても直らないようなら留学させるということは決まってたのよ」
だから気にしないで、となんてことないようにミスティアはいう。義妹のせいでも私のせいでもないのだと。
「なんか、今更だけど色々変わっちゃったな……」
「そうだね」
旧校舎でアレクとのんびりする。もう伯爵家の仕事をしなくていい分、ここに来て何をすればいいかわからなくなってしまった。手持ち無沙汰で仕方なく煙草を吸っている始末だ。
「ここまで来るのが怒涛すぎて実感なかったけど、全部終わったからじわじわきてる」
「実感が?」
「そう」
季節は冬に差し掛かっていた。旧校舎は暖房設備を切っているから冬はすごく寒い。私は火魔法の応用で体が冷えないようにしているけど、アレクは違う。私よりもずっと厚着をして寒さに耐えている。
だから手を差し出す。
「なに?手を繋ぎたいの?」
「そう」
「うわ、何これ、すご」
私の魔法の範囲をアレクまで広げる。全身が温もりに包まれたはずだ。アレクは驚いている。
「火魔法の応用だよ。服の中の空気を温めるの。長時間やりすぎると肌が乾燥してよくないんだけど、ここにいる間くらいなら大丈夫だと思う」
「えー、あったか。こんなことできるんだ」
「むしろこれくらい弱い魔法しかできないよ」
この魔法、魔力消費がすごく少ないから。私みたいに火の魔法に適性があまりない人でも原理を理解できれば使えるはずだ。
「そういえば公爵家の領地って北部なんだっけ」
「え?あ、うん。そうだよ」
「北部は負傷兵が多いって本当?」
「あ、うん。そうだよ。……まって、何するつもり?」
「いや、まだ何もなんだけど」
せっかくお父様に治癒魔法を習ったのだから生かせないだろうかと考えていることをアレクは察したらしい。
「負傷兵たちのケアは神殿と協力しているから、問題を抱えているというほどじゃない。だからベラが頑張らなくても大丈夫だから」
「うん」
「何かやってみたいことがあるの?」
うん、と言ってまだ思いつきレベルだけれど、お父様との特訓を経て考えていたことをアレクに話した。アレクは無謀だなんてバカにせずに真剣に話を聞いてくれた。




