17 私の両親
シャテニエ侯爵家からの招待状はすぐに届いた。
「仕事が早い…」
「シャテニエですから」
「有名なの?」
「古い貴族で代々王族に仕えていますね」
手紙を届けてくれた侍女が教えてくれる。当主教育を受けたけれど社交を禁じられていたからどうにも貴族の情報に疎い。そんなに有名なんだ。
約束通り私とアレクを一緒に招待してくれた。アレクに予定を調整してもらい、明後日に侯爵家を訪問することにした。こういうのは早いほうがいいって。
訪問までの間、また私が考え込んでしまうのを予想して早めにしてくれたんだろう。
「いらっしゃい」
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「いや、こちらこそ突然の誘いにも関わらず来てくれてありがとう」
改めて侯爵様を正面から見ると、やっぱり予想は正しいんじゃないかと思えた。促されるままにソファに座れば侍女たちが紅茶を用意してくれた。私を懐かしそうに眺める侯爵様と目が合う。
「あの、失礼かもしれませんが」
「どうぞ」
「あなたは私の父ですか」
なんと言って切り出せばいいのか、今日まで色々頭の中で事前に考えていたはずなのに、いざ本人を目の前にすればあまりにも直球に聞いてしまった。あ、と思った頃にはもう遅い。侯爵様はそんな私を見て微笑んだ。
「おそらくね」
「侯爵様には、治癒の力がありますか?」
「……あるよ。隠しているけれどね」
「私にもあるんです。隠していますけど」
「そうか」
それだけ言うと侯爵様は目を瞑ってしばらくソファに身を預けた。私はアレクと視線を合わせて静かに頷く。この人が本当の父だ。
「そうだね。私が君の父だ。あぁ……ミシェル、どうして」
侯爵様は両手で顔を覆って俯いた。泣いているみたいだった。声も出さず、涙も流していなかったけど本当に泣いているように見えた。多分私たちが目の前にいるから耐えているだけだ。その姿を見て、この人は母を愛していたのだなと思った。
「君はお母さんから私のことを聞いているか?」
「いえ、全く」
「……私と彼女の話を知りたい?」
「話してくださるのであれば。お母様が亡くなった時、私はまだ幼くて、何も知らず、聞かされないままで。父、ブルノン伯爵とどうして結婚したのか、なぜ私は両親とあまり似ていないのか、なぜ治癒の力を持っているのか、それらを私が知る前にお母様は逝ってしまいました。なので、私は母のことも自分のこともある意味ではよく知らないんです」
「そうか。……少し長い話になる」
侯爵様は話し始めた。
「ミシェルと知り合ったのは、学園で2学年に上がった頃だった。人気のない空き教室でたまたま出会ったんだ。君のお母さんは、……実はその時既にに大病を患っていた。教室で耐えているところを私が見つけてしまったんだよ」
「え」
「君のお母さんは火属性を特有の病、血熱症だったんだ」
『血熱症』
不治の病だ。強い火属性の素質を持つ人だけに見られる、内臓が徐々に内側から焼けていく病。火属性の魔法使いを増やしすぎて血が濃くなってしまったのが原因ではないかと言われている。比較的新しい病なため治療法がまだない。発作を伴い、発作のたびに体が焼けていく。激痛を伴い、最後には耐えられずに死ぬ。でも、でも、そんなはずはない。だって
「でも、死因は不明だと、」
「それは私の魔法のせいだ。……順を追って話すよ」
どくどくと心臓が嫌な音を立てている。
「私は苦しんでいる彼女ーーミシェルをたまたま見つけて、咄嗟に治癒の魔法をかけたのが出会いだった。血熱病は治癒魔法で治癒しきることはできないけど、発作の苦しみを和らげることができるからね。
症状が落ち着いたのを確認してどうしてこんなところで一人で耐えているのかと、少し強引に話を聞いた。普通の貴族なら大病を患っているのに空き教室で一人で耐えているなんてどう考えてもおかしいからね。
ミシェルは病気のことを家族の誰にも話していなかった。病自体は彼女自身も最近知ったらしい。こっそりかかった町医者には10年も持たないだろう言われたと言っていた。
実は当時、彼女は伯爵家で微妙な立ち位置だったんだ。彼女の両親は跡取りである彼女の兄を優先する傾向があって、ミシェルにはあまり関心がなかった。具合が悪いと度々伝えても、寝ていなさいと言われるだけで医者も呼ばなかった。だから自分で町医者にかかったのだと言っていた。
血熱症は不治の病だけど、その代わり症状を緩和するような治療が発達している。本来貴族なのだから彼女はそれを受けるべきだった。でも彼女は余命を伝えれば両親に切り捨てられるのではないかと恐れて、病のことを打ち明けなかった。
だから一人で痛みに耐えることになった。緩和治療は高額だからそんな大金を持っていない彼女は一人で耐えるしかなかった。そこを私が偶然発見してしまった。彼女は誰にも言わないでくれと言っていた。彼女の親友である、現公爵夫妻には特に。心配をかけたくないのだと言っていたよ」
自分の知らない母の話。母の口から祖父母のことを聞いたことがそう言えばなかったと今更気づいた。私が生まれる前に死んでしまった、とだけ聞いたことがある。ただそれだけ。
「その時私は彼女に心底同情して、たまに会って定期的に痛みを緩和する魔法をかけることを提案したんだ。私は治癒魔法の適性がかなり高くてね、けれど長子が故にそれを隠さなければいけなかった。
治癒以外の適性が低かったから、隠したことで魔法が不得意ということにされてしまってね。少し不貞腐れていたんだ。そんな時に治癒魔法が絶対に必要な人が現れた。だから最初は治癒を使う絶好の機会だと多少浮かれていたところもある。今思えばすごくミシェルに失礼な感情だ。
彼女は最初私の提案を突っぱねた。どうせ死ぬのだからと。でもなんとか説き伏せて魔法をかけさせてもらえることになった。
最初に彼女の状態を確認した時は驚いたよ。その時点で彼女の体はすでに激痛が走っているはずで、でもそれをおくびにも出さずにいたのだから。
少しでも寿命が長く持つように、治癒の魔法と、それから痛みを緩和する魔法をかけた。卒業するまでずっと。ほとんど毎日。魔法をかけているにもかかわらず、やっぱり彼女は少しずつゆっくりと弱ってたよ。本人は私のおかげで随分と進行が遅くなったと笑っていたけど。その度に自分は無力で、治癒魔法は万能じゃないんだと思い知らされた。
一人で病を隠して耐え続ける彼女に私が惹かれていくのにそう長い時間はかからなかった。三年の後半になんとか彼女を説き伏せて、卒業までの期間限定という形で付き合った。そして、私たちは期間限定で、いずれ死ぬのだという悲しさに耐えられずに何度も身体を繋げたんだ。
もちろん避妊はしていた。彼女の身体を思えば妊娠なんてさせられないからね。
私は彼女に、いずれ死ぬとわかっていても構わないから結婚してくれと何度も打診した。でも頑なに彼女は首を振り続けた。
でも最後の夜に彼女は避妊をしないで欲しいと願ったんだ。そして私はそれを叶えてしまった。彼女が少しでも生きたいと思ってくれるなら、その理由になりうるのならと私も避妊をしなかった。
最後の別れ際、彼女は私に願った。死んだ時に原因がわからないように、死んだ瞬間に全身に治癒がかかるようにして欲しいと。だから私は彼女の体にその術式を仕込んだ。望む形で彼女が逝けるように」
じゃあ、私はきっとその時の子どもなんだ。
「そこからなぜ、お母様は父と結婚を……」
「ここからは予想になるけれど、ミシェルはきっと妊娠するとは思ってなかったんじゃないかな。ボロボロの体でそんなことが起こるなんて思ってなかったんだと思う」
そうか、体の内側がぼろぼろになる病だから。とっくに生殖機能は死んでいると思ったのか。
「でも妊娠が発覚したから、だから、あの男爵家に接触したんだと思う。先祖に聖女がいて、生殖機能が失われていると噂の彼に。君に治癒魔法が発現してもある程度違和感がないように。君の父と君は見た目上は似ていないけど、治癒や結界の力を持つ人は白に近い髪色を持つことが多いし、紫の瞳も珍しくはないから家系を辿ればどこかにいるはずだからね。なかなか婚約者の決まらない、跡取りではない男爵家の長男だから、お互いに結婚にはメリットがあったんだろうね」
「有名だったのですか?」
「いや全然。でも彼女が結婚したと聞いて調べたんだ。なぜ私と結婚してくれなかったのに、彼としたのかと思って。……正直、全く納得できなかったけど、最後の時に彼女と「再び交わらない」と約束してしまったから、そうやって調べ尽くして自分を無理やり納得させるしかなかった。
そのあとは君も知っていることが多いと思う。
伯爵は彼女と婚約したことで伯爵位が欲しくなり、彼女の兄に毒を持った。彼女の兄が爵位を継げなくなったことにショックを受け彼女の両親は他界。ミシェルは伯爵位をつぎ、君が生まれた。数年後彼女は限界がきて亡くなった」
「……お母様が痛みに耐えていたとは知らなかったのですが、それはもしかして」
「私が痛覚を鈍くする魔法をかけた。死んだあとに身体が治癒される魔法とともに。誰にも知られたくないというのが彼女の一番の願いだった」
だから気づかなかったのか。幼少期、私に関心のない父の分まで私はずっとお母様と一緒にいた。その中で何かに耐えていた記憶がないのだ。本来激痛に悩まされる病のはずなのに。
「そうですか、」
「ミシェルを愛していた。本当に。でもミシェルの葬儀にはいくことができなかった。私が行けば父親だとわかってしまうだろうから。密かに彼女の誕生日に墓参りだけはさせてもらっている。勝手ですまない」
「侯爵がまだ独身でいらっしゃるのは」
「ミシェル以外考えられなかったからな。本当に、愛していた。……でも彼女は全て背負って、一人で逝ってしまったな。彼女らしいと言えばそうだが、私は少し寂しいよ」
愛しているからこそ、ともに苦痛を背負いたかったと言う。
「……私が、もしも、もう少し早く治癒の力に目覚めていればお母様は助かったんでしょうか」
考えずにはいられない一つの可能性。私が治癒の力に目覚めたのはお母様が亡くなってしばらく経った後だ。もしも生前に発現していて、お母様が私を頼ってくれたら。もうすこし生きられたのだろうか。
「いや、あれはそういう病じゃない。確かに私が治療したから少しは寿命が伸びたし、痛みも少なかっただろう。でも残念ながら現状では助かる病気じゃないんだ。だから君がそうやって背負う必要はないんだよ」
それを聞いた瞬間、無意識にボロボロと涙が溢れた。
「あ、すみませ、んんっ」
謝る途中でアレクに抱きしめられる。何も言わず、ただ優しく背中を摩られる。
「こちらこそ、急にたくさんの話をしてすまなかった。きっと君も混乱していることだろう。いきなり私が父と分かったこともそうだし、君の母がどういう状態だったかということもそうだ。少し整理する時間が必要だろう。……トーランド公爵令息」
「はい」
「彼女のことを頼んだよ。……私は一度退散するとしよう。よかったらまた会ってくれ。もちろん無理強いはしないから」
「……はい、会いたいです」
そしてまた、母の話を聞かせて欲しい。
たとえ私がまた泣き出してしまったのしても。
ゆっくりしていきなさい、とそれだけを言って侯爵さまは部屋から出て行った。多分今日はもう戻らないだろう。




