16 私と侯爵様
父と会った後、アレクは気分転換にと奥まったところにある綺麗な庭園に案内してくれた。人気がないので不思議に思っていると「実は王族専用の庭なんだ」と言われた。聞かされた瞬間、慌てたけれどアレクが一緒ならば問題ないらしい。どれだけ可愛がられてるんだ。
ベンチに座ると護衛がバスケットを差し出してくれた。なんだろうと見てみるとサンドイッチが入っていた。
「今日は長丁場になるかもと思って用意してもらってたんだ」
「ありがとう。助かるわ」
確かに、陛下との謁見の後父と面会して少し疲れた。父との面会も会話になっているようで全然会話にならなかったし。少なからず母のことを大事にしているのかどうか、私が実子でないことを知っているかどうかだけを知りたかったので、一応欲しい回答は得られた。
他はもう深追いしない。どうして叔父に毒を盛ったのか、その詳しい心情だとか、どういうルートだとかいうのはしかるべき機関に託すことにした。私が自分で負うのは少々面倒だ。脳の容量の限界を超える気がする。
サンドイッチを黙々と食べる。アレクは私が考え事をしているのに気づいているから、こういうときは話しかけてこない。
ただ静かにたまに手を握ったり、食べ終わると頭を撫でたりしてくれる。
私の考え事が一区切りついたなと気づくと、「行こうか」と声をかけてくれるのだ。
「今日はもう帰るだけ?」
「うん、どこか寄りたいところある?ベラが好きそうなところといえば、あとは図書館とかだけど」
「今日はやめておこうかな。ごめん、煙草だけ吸ってもいい?この辺で吸えるところってわかる?」
「ふふ、任せて」
案内されたのは人気のない、王城の隅のエリアだった。
「あそこを曲がったところが喫煙エリア。ちゃんと灰皿も置いてあるから安心して。僕はここで待っているから」
「ありがとう」
アレクは私が煙草を吸っている時は一人にしてくれることが多い。私がいることに気づいても、煙草を吸っていると静かに待っていてくれるのだ。
私が一人でいたいのを察してくれてるんだろう。ありがたい反面アレクにばかり気を使わせてしまっているような気もする。本人に言えば、そんなことはないというだろうけれど。
角を曲がると本当に灰皿があった。そして先客が一人だけ。
シガールーム以外の喫煙所ではマナーは緩い。たとえ相手が身分の高い貴族であっても、逆に少し低そうに見えようが、あえて言及しないことが多い。
そこにいた先客の爵位が高いことは一目瞭然だった。佇まいに気品があるし、身につけているものも高価そう。まるで公爵様が煙草を吸っている時みたいだ。年も公爵様と同じくらいに見える。これくらいの年代になれば、私も上品に吸えるようになるだろうか。
私の存在に気づいたらしいその人は、私をみるなり大きく目を見開いた。そんなにびっくりしなくとも。
「ご一緒してもよろしいですか」
目があったならば無視するわけにもいかず、声をかける。
「あ、あぁ。もちろん、どうぞ」
「ありがとうございます」
お隣をどうぞとされたので、隣に並んだ。さっそくアレクにもらったケースから一本煙草を取り出す。
「……」
隣からものすごい視線を感じる。見上げると目が合うだろうから見上げられないけれど、なんだかすごく見られている気がする。なぜ。女性で煙草を吸う人は少ないからだろうか。
煙草に指から火をつける。深く吸って、それから吐いた。
あぁ、美味しい。緊張していた体に沁みる。
目を閉じてもう一度加えて深く吸った。美味しい。
勢いよく吸いすぎてすぐに吸い終わりそうだった。もう一本吸うか悩む。アレクを待たせているし、でもきっとアレクなら待っていてくれるし。王城で煙草吸える機会もそうないし。ううん。もう一本吸うか。
……隣の人の視線もすごい。なぜこんなに見られているのか気になる。
見上げると案の定目があった。綺麗な紫の瞳と。
隣人は父に煙草を吸い終えていて、手には短くなった吸い殻を持っていた。
「私はもう一本吸いますが、よければ要りますか?」
「ああ、……ありがとう」
差し出せば素直に受け取った。
「火をもらっていいだろうか」
「これでよければ」
指に火を灯す。公爵様が普通はこんなことしないぞと言っていた気がする。でも火をつける魔道具なんて持ってない。思えばいつも人目を避けていたので、公爵家で吸っている時以外で誰かと吸うのは初めてかもしれない。
「ありがとう」
そう言えばこの人は誰なんだろう。首を傾げていると私の頭の中を察したらしい。優しそうに微笑んで、向き直して挨拶を交わしてくれた。
「私はシメオン・シャテニエ。シャテニエ侯爵家の当主をやっているんだ。君は?」
「私はイザベラ・ブルノン。ブルノン伯爵家の娘です。かろうじて、今は、ですけれど」
次はどのイザベラになるかはまだ決まっていない。
「そうか、君が、」
「私をご存じなのですか?」
どこかで接点があっただろうか。それともあの父の娘という意味だろうか。父が逮捕された時、新聞の一面に載っていたから知っていてもおかしくはない。
「お父上のことは大変だったね。君は今も伯爵家に?」
「今はトーランド公爵家でお世話になっています。幼い頃からご縁があって」
「なるほど。それならば安心だね。……ところで、突然だけれど、君を侯爵家に招待しても構わないだろうか」
「本当に突然ですね?」
あまりの突然さに反射で答えてしまった。
ふは、と侯爵様が笑う。
貴族なのに、感情が随分と出る人だなあと思った。笑った拍子に銀色の髪が光を浴びてキラキラと光る。
銀色の髪に紫色の瞳。
公爵様と同年代に見えるということは、父親候補のリストに名前があった人のような気がする。このところ父のことで頭がいっぱいだったから、実の父親探しのことは忘れ気味だった。シャテニエの名前はあっただろうか。
「公爵令息と一緒に来て構わないから、一度来てくれないだろうか?」
「……わかりました」
アレクと一緒なら大丈夫だろう。というか大丈夫じゃなさそうだったらアレクから断るだろう。内心アレクに丸投げして了承した。
シメオン様は私が諾というと安心したようだった。その後急いで二本目の煙草を吸うと喫煙所を去って行った。侯爵家の当主だからきっと忙しいんだろうな。私もアレクを待たせているので、早めに吸い終えて戻った。
「お疲れ、今日はもうこのまま帰る?それともせっかくだし少し城下町で買い物でもする?」
「悩ましいなあ。公爵家にいるとなんでも揃ってるから、欲しいものが何もないのよね」
「それじゃあお茶でもしない?コーヒーが美味しいお店があるんだ。家だと紅茶が多いけど、ベラ、コーヒーも好きなんじゃない?」
「え、なんでわかるの」
「ベラのことはなんでもお見通しだよ……と言いたいところだけど父上が教えてくれたんだ。煙草が好きならコーヒーも好きなんじゃないかって。ベラの母上もよく飲んでたって」
その通りだった。紅茶はもちろん好きだけれど、一人の時はよくコーヒーを飲む。
「じゃあ行こうか。ついでにどこかでコーヒー豆も買って帰ろう。屋敷でもベラの好きなものが飲めるように」
アレクの宣言通り、城下町で一番人気カフェの個室でティータイムを楽しんだ。お店のおすすめのケーキを食べて、久しぶりにコーヒーを飲んだ。女性客も多いからか苦さは控えめで飲みやすかった。
そのあとはこれまた城下町で一番品揃えのいいコーヒー豆の専門店に行った。そんなお店があるなんて知らなかった。伯爵家では母の頃から懇意にしていた業者からずっと同じ豆を仕入れていたから、コーヒーの種類があんなにたくさんあるなんて知らなかった。
「お好みは?」
そう聞かれてもよくわからず、普段飲んでいたものを伝えると近い味でより上品なものをおすすめされたのでそれにした。飲むのが楽しみだ。
「そんなにコーヒが好きだなんて知らなかったな」
よほど楽しそうにしていたらしく、帰りの馬車ではアレクが少しだけ拗ねていた。
「私も今日気づいたよ」
「なんか、お互い気づいてないだけでもっとイザベラが好きなこと、たくさんありそうだなぁ」
「それはそうかも」
今まであまり自分自身のことについて向き合う余裕がなかったから。
「これから見つけていこうね」
だからアレクにそう言ってもらえて嬉しかった。
***
屋敷に戻る馬車の中で私は眠ってしまったらしい。目を覚ますと真っ暗な寝室だった。隣にはアレクがいて、私はどうやったのか入浴を済ませているみたいで、体もさっぱりして服も着替えている。目覚めないほどに熟睡していたらしい。どうにもこの屋敷に来てからこのパターンが多い。
そのまま寝たいな、と思ったのだけれど、寝すぎたのか目が覚めるとなかなか眠れなかった。
仕方がないのでアレクを起こさないようにゆっくりと上体を起こす。そしてベッド脇のチェストから紙を取り出した。
ああ、やっぱり。
以前ミスティアたちにリストアップしてもらった候補者リストをみる。
その中にあった。シメオン・シャテニエの文字。
あの時は急に高位貴族の当主が話しかけてきたから困惑でいっぱいだったけれど。屋敷に招待すると言うことはそういうことなんだろうか。伯爵家にいた頃、シャテニエ家との交流なんてしたことなかったし、その文字を見たこともなかった。でも彼がそうなんだろうか。
「ベラ?起きたの?……どうしたの?」
「あ、ごめんなさい」
「ううん、何してるの。眠れない?」
「あ、」
そう言えば今日の昼の出来事をアレクに話していなかった。
眠そうなので手短に伝える。
「じゃあ、シャテニエ侯爵が第一候補ってわけだ」
「多分」
「ベラ、不安?」
不安、どうなんだろう。
「アレクがいれば大丈夫」
「大丈夫、絶対に一緒にいくよ。ほら、寝よう。ベラ、今日は何しても起きなかったんだ。きっと疲れてる。眠れそう?」
「抱きしめてくれたら眠れる気がする」
甘えてみるとアレクは少し驚いて、嬉しそうに微笑んだ。
「ベラが甘えてくれて嬉しいなあ。離してくれって言ったって離してあげないから」
宣言通り、私は朝までしっかりと抱きしめられた。その温もりのおかげで夜中に目覚めることなく眠ることができた。




