14 私と陛下、そして父
「近いうちに登城してもらうことってできる?」
そう聞かれたのは父が逮捕されてから一週間が経った頃だった。
「いいよ。近いうちってどれくらい?」
「早くて明日かな」
「思ってたより近い」
「陛下がね、ベラに会いたいんだって……。止められなかった…ごめん」
「なんで陛下が……?」
「僕と婚約するから会いたいんだって。……その、陛下は弟である父上をひどく可愛がってるから、その延長で僕にも少し甘いところがあるんだ。で、僕が小さい頃から好きな子とついに婚約するってどこかから聞いたらしくて、ぜひ会いたいって、会わせろって暴れて」
暴れて……?
「気に入られないと「相応しくない」とか言われてしまうかしら」
「それはない!そんなことさせないから!……ただ陛下は本当に会ってみたいだけだと思う。会ってみて「この子かあ」ってしたいだけだと思うから。ベラだって伝えたらちょっとびっくりしてた。ミスティアの唯一の友達として認識してたみたいだよ」
「そうなんだ?陛下は私とミスティアが仲良くしているのをご存じなのね」
「ああ見えて子供達のこときちんと把握してらっしゃるから。目下悩みの種は第五王子のことみたいだけど。イザベラの父上が逮捕されたことで、王子と君の妹を引き離す理由ができて少し安心したご様子だったよ」
「あぁ……、その節はご迷惑を」
「ベラが悪いわけじゃないでしょ」
そうだった。義妹は第五王子を味方にしてしまっていた。王家側からすると平民出身の娘が王子に近づき、その姉にないことないこと言いがかりをつけ、王子も同調しているとわかればあまりいい気はしないだろう。申し訳ない。妹のことはお手上げで放置していたとはいえ。
「義妹たちはどうなるかしら」
「今は監視付きで屋敷にいるよ。父上の罪状がどうなるか次第だけど、子爵家に帰ることになるんじゃないのかな。伯爵家は君の叔父が継ぐことになれば、二人は確実に追い出されるだろう?」
「そうね」
義母も父上に対して愛情があるようには見えないから、きっと父を庇うようなことはしない気がする。あの二人の関係は変だ。愛し合っていないのに、どうして父はわざわざあの人たちと再婚したんだろうか。やっぱり父のことはわからないことだらけだ。
「そういえば、はい、これ」
「ん?」
アレクは話題を変えるように、胸元から包装された小さな箱を取り出した。私に渡す。
「あけてみて」
どうやらプレゼントらしい。
「あ、これ」
「この間言ってたシガーケース。どう?」
模様や装飾のない、すごくシンプルだけど上品な、私の好きなグリーン色のシガーケース。
「わあ素敵。ありがとう。早速入れてみてもいい?」
「もちろん」
あの後、中身だけいただいてケースは公爵様に返却した。それだけで理由を察したらしい公爵様は、「オーダーがあれば早めに伝えておきなさい」と言って苦笑していた。中身だけ抜いたことを謝れば、後日追加で煙草を届けられた。発注してくれたらしい。仕事ができる人だ。ただ、みんながそうやって煙草をくれるので、すでに半年分くらいの煙草が手元にある。
「このデザインならどこに持っていっても違和感なさそう」
「ふふ、いろんなところで使ってほしくて日常でも社交でも仕えるようにシンプルで上品なやつにしたんだ」
「ありがとう。早速明日登城する時に持っていこうかしら。あ、でも王城って吸ったらだめかな」
陛下に会った後は、絶対に吸いたくなる気がする。
「大丈夫だよ。ただ吸ってもいいエリアとダメなエリアがあるから教えるね」
「ありがとう」
「ところで登城、明日でいいの?急すぎるからもう少し後ろ倒しでも構わないけど」
「ううん、どうせ私は休養させてもらってるだけだし、たまには外に出ないとね。アレクも付き添ってくれるんでしょう?」
「それはもちろん」
次の日、朝早くから支度をして着飾った私の前に、完璧に美しく着飾ってもはや輝いているアレクが現れた。
「眩しいよ」
「褒め言葉ってことでいい?」
「そうね、惚れちゃいそうだわ」
「……」
アレクは顔を赤くして黙ってしまった。こんな些細な褒め言葉でここまで照れてくれるなら、もっと普段からたくさん褒めるべきかしら。
***
「ついたよ、行こう」
思えば王城に来たことってほとんどなかったなと、王城に着いてから気づいた。一応デビュタントは済ませている。その時に王城に来た気がするけどほとんど記憶がない。
アレクは何度も王城に来ているのか、多分普通の貴族ならここで止められるんだろうなというところを次々と顔パスで通っていった。
偉い人とも顔馴染みらしい。通りすがりに何人か声をかけられた。私がいたのでみなさま手短に挨拶だけ済ませて去って言ったが。
その度に、今度婚約するイザベラです、と紹介するので陛下に謁見する前にかなり挨拶の練習ができた。
「やあやあやあ、君がイザベラ嬢か!」
謁見の間に何度も挨拶の練習ができたのに、陛下には練習の成果を発揮できなかった。というのも挨拶をするよりも早く陛下が玉座から立ち上がり目の前までやってきたからだ。
内心ギョッとしたが、護衛も補佐官も誰も止めないのでもしかして日頃からこういう人なのかもしれない。 威厳……は確かにあるけれど、それよりもグイグイくるな、という印象の方が勝ってしまった。
「ええと、はい、私がイザベラです」
勢いに押されすぎて、普通に答えてしまう。練習した挨拶なんてこんな状況じゃ無理だ。陛下が近すぎる。
「陛下、近いです」
「ああ、済まない。目が悪くてな」
「それは存じておりますが、離れてください」
「お、嫉妬か?」
「はあ、面倒臭い……」
アレクがため息を吐いて小さく呟いた。本当に心底面倒くさそうに。
「はい、イザベラを見たでしょう。満足でしょう。もういいでしょう」
「まてまてまて、私もイザベラ嬢と話したいことがあるのだ」
一応、すごすごと玉座へと戻っていく。戸惑い続ける私を察して、アレクが背中を撫でてくれた。
「イザベラ嬢、今回は大変だったな」
「…ありがとうございます」
今回は、というのはきっと父のことだろう。
「君は悪くない。それは絶対だ。覚えておいてくれ」
「……わかりました」
「それから、ミスティア、テオール、アレクシスと仲良くしてくれてありがとう。みんな私の可愛い子供達なんだ」
「私はあなたの子供ではないですよ」
すかさずアレクが突っ込めば、それさえも嬉しそうに微笑んだ。
「私はアレクの婚約者として君を歓迎しよう。今日は来てくれてありがとう。会えてよかった。ミスティアたちはあいにく今日は王城にいないんだが、見たいところがあれば自由に見て回って帰ってくれ。アレクシスが一緒ならばほぼ自由に出入りができるはずだ」
「ありがとうございます」
陛下との奇妙な謁見はそれで終わった。
「……公爵様とは似てないね」
第一印象はそれだった。謁見の間から十分に離れた綺麗な庭に休憩に来た。公爵様は寡黙なタイプなのに対して陛下は、こう、思っていたよりも親しみやすい方だった。
「そうだよね。父上と陛下は真逆なんだ。陛下はよく話す人で父上はあまり話さない。それなのに幼い頃から仲が良くて支え合っていたっていうから、また面白い話だよね」
確かに。公爵様はどう見てもクールな人なのにこんなに陽気な兄と仲良く幼少期を過ごしていたのかと思うと少しだけ面白い。いや、陽気な人が一緒だから寡黙でもよかったのかしら。
「ベラ、一応伝えておくんだけど」
「ん?」
公爵様を思って笑っていたけれどアレクの真面目なトーンで引き戻される。この声は大事な母氏をするときの声だ。
「ベラの父上が王城の牢屋にいるけど、どうする?取り調べを一通り終えて今ここにいるんだ」
あ。
実は考えなかったことじゃない。みんなが気を遣って、逮捕されたであろう日から父の話題を避けていた。でも本当に順当に逮捕されたとするならば、王城の貴族牢にいるんだろうということは予想できていた。
逮捕からそれほど間をおかないタイミングでの謁見。もしかしたら謁見そのものの目的が、本当は父との面会なのではないかというのは自分の頭の中でだけ予想していたことだった。
そして案の定アレクから問われる。
だから私は、用意していた言葉を伝えた。
「会うわ。お父様と話してみる」
***
「お久しぶりです、お父様」
鉄格子越しに声をかければ、父はこちらをみた。私を見ると目を見開きはしたが、声を発することはなかった。私を見て、横にいるアレクを見る。
「結局こうなったのか」
こうなった、が何を指すのかはわからなかった。捕まったことなのか、私とアレクのことなのか。
「何をしに来た。面会する仲でもないだろう」
諦めたような、落ち着いた話し方は逆に普段より聡明な印象を受けた。そういえばここ数年は何かを喚く姿ばかり見ていた気がする。
「そうですね。これ以降、会う機会もなさそうなのでお母様について聞こうと思って」
「……ミシェル」
「ええ。……お父様はお母様を愛していましたか?」
「……」
父は俯き、何も答えなかった。でもそれは否定には見えなかった。
「お前は私の子どもではない」
「はい」
知っていたのか。
「……私は子を作ることができない。だから長男にも関わらず後継者になれなかった。子供が作れないから当然婚約者もできず、ミシェルがいなければ平民になっていただろう。
彼女は突然私の目の前に現れ、私を攫い、全てを与えてくれたのさ。だからそのお返しとして、伯爵家を与えようとした。彼女は私がしたことに気づいていただろうな。賢い人だった。だからあんなに無理をして働き、体を壊して死んだ……。
私の前に現れたとき、彼女はすでにお前を妊娠していた。そしてそれを正直に伝えてきた。爵位は低いけど安定した生活を保証するから結婚してくれ、その代わりにお腹の子供の父親になってくれと言ったんだ。
私が考えて答えを出すより先に、厄介払いしたかった両親が了承した。戸惑う私に彼女は少しずつ距離を詰めてくれた。長年役目を果たせない長子として育てられ捻くれていた私に呆れることなく。
本当は彼女から当主の仕事について色々教えられていた。「いずれあなたが手にするものだ」と言っていた。まるで自分が早死にするのをわかっているようだった。でもいざ彼女が死んで、自分が当主の仕事をこなせるとは思えなかった。そういう生き方をしてこなかった。
だからお前に押し付けた。でも間違っていたとは思わん。実際私がやるよりもお前はうまくやってのけた。
愛しているかと聞いたな、これを愛と呼べるか判断できるほど、私は愛を知らん。私は常に間違えてきた。だからお前が判断しろ」
「……」
「これ以上は何も語れん。クロイスーーお前の叔父を害したのは事実だ。お前が私の子供でないことも事実。義母たちを迎えたのは、爵位の維持に必要だったからだ」
「……」
「お前はお前の人生を生きればいい。私とはなんの繋がりもないからな」
一方的にそこまでいうと、話は終わったとばかりに父は背中を向けて奥のベッドへと潜ってしまった。多分もう、何を話しかけても答えてはくれないだろう。
「勝手な人……」
色々とぐるぐる考えて、絞り出したのはその一言だけだった。




