12 私とアレクと双子たち
「イザベラ!」
「わ」
ミスティアは部屋に入ってくるなり、淑女らしからぬ突進をかまして抱きついてきた。支えきれずにソファに二人で倒れ込む。
「ミスティア、危ないって」
「テオールも来てくれたの」
「そらそうでしょ」
ミスティアとテオールは側妃様の子供だ。側妃様は隣国の辺境伯の次女で元軍人。強く豪胆で嫌味のない人だ。その性格は二人にも受け継がれていて、王族だというのに全然貴族っぽくない。
「ありがとう」
「いえいえ、俺もイザベラとは友達のつもりだからね」
「待って、テオールはそれ以上ベラに近づかないで。ミスティアもくっつきすぎ」
「アレクシスめんどくさいって。俺はともかくティアはいいだろ」
ミスティアは離れたくないと言わんばかりにぎゅうと力一杯抱きしめてくる。初めて見るそんな姿に少しだけ戸惑ってテオールを見る。
「ミスティアにとって、初めてできた俺以外に信頼できる人だからこの反応は仕方がないよ。許してやって。ていうか今まで会わせなかったアレクシスが悪いから」
「僕は悪くない」
「あーはいはい」
ミスティアに抱きつかれたまま、ソファに座り直す。
全然顔をあげてくれない。でも私にとってミスティアは大事な友達だ。すこしでもそれが伝わればいいなと思って、ミスティアの頭を撫でた。
手入れの行き届いた、王族特有の金色の髪。触り心地がすごくいい。
「イザベラと二人きりにして。男たちは出て行って。テオ、アレクシスを連れ出して。私が合図するまで入れないで」
「はーい」
「おい、ミスティア」
「うるさい。出て行って」
やっと顔をあげてくれたかと思えば、早々にテオールとアレクを追い出してしまった。お茶を用意してくれた侍女たちにも外に出るように促す。
誰もいなくなって、二人きりになる。
「イザベラの父の話は聞いていたけど、家を出て行こうとしてた話は聞いてないわよ」
「あー」
「助けてって言いなさいと言ったでしょ」
「……うん」
「その返事、言う気なかったわね」
「……うん、ごめん」
国外に行くつもりだったことはミスティアには伝えてなかった。ミスティアが知っていたのは、あくまで父が犯した罪と、叔父様に爵位を譲りたいという私の決意だけ。その後の自分の身の振る舞いについてはあえて何も伝えていなかった。
どうやらアレクが話したらしい。
「言っておくけどアレクが勝手にペラペラと話したわけじゃない。私が半ば強引に聞き出したようなものだから彼を責めないで」
「責めないよ」
ただでさえこうやって過分な待遇を受けているのに。責められるわけがない。
「イザベラが平民になるのは反対よ。イザベラが伯爵家は嫌だって言うなら、別に適当な貴族の養子になればいい。アレクも私もよさそうな候補をいくつか持ってるわ」
「うん」
叔父様の養子になるか、どこかの貴族の養子になるか、私が貴族のままでいるなら、アレクと結婚するのならその辺りが落とし所だろう。
「浮かない顔ね」
「うーん、そんなことしてもらっていいのかなって。そういう待遇を受けられるような人間なのかなって思って」
「アレクがイザベラに求婚したのも知ってるわ。その返事を保留しているのも。だから私は今日ここにきたの。……イザベラ、いつになくネガティブで慎重だわ。何を考えているの?」
このところ元気がないこともアレクから聞いているのかもしれない。二人とも学園にいる間は会話しているところを見たこともないくらいだったのに。いつのまにか見事な連携だ。
「私の父が誰かわからないって話も聞いた?」
「ええ」
「それが引っ掛かってるの」
ここ数日考えていたことを話してみる。
「お母様は真面目な人だったの。不貞とかそんな空気は一切なかった。家中の遺品を見たけどそれらしいものは何も残ってなかった。父は知っていたのかしら。それとも知らずにいたのかしら。だとしたら本当の父は誰なのかしら。
お母様と結婚しなかったってことは平民?神殿に所属している神官を調べたこともあった。でも私の見た目と一致する人はいなかった。
もしも良くない理由で隠されているとしたらどうしよう、アレクに迷惑をかけるんじゃないか、それがとても不安なの。
ただでさえ今も色々とお世話になってるでしょ。それなのに出自でも迷惑をかけることになるかもしれないと思うと、どうしても二の足を踏んでしまうの」
一気に話した私の言葉を、ミスティアは聞き逃さないとでも言うような真剣な表情で聞いてくれた。
「……一応確認なんだけど」
「うん」
「アレクのことは好き?」
「……うん」
初めて気持ちを他人の前で肯定した気がする。私は、アレクが好き。
「ちなみに、本当の父親に何も問題がなかったら……例えばどこかのそれなりに高位な貴族で、やむを得ない事情が理由だったらアレクと結婚した?」
「公爵家に負担になるようなことがなければしたと思う」
「そう」
そう言うとミスティアは少し考え込んだ。
アレクと釣り合うほどじゃなくてもいい。最低限公爵家の迷惑になるような理由がない人だったら、きっとここまで悩むことなく、私も結婚したいと言っていたと思う。
戸籍上の父親が、近い将来犯罪者になることが確定しているのだ。血縁上の父親ももしも犯罪者だったりしたら。そんな状態で結婚したら。社交界でなんと言われることか。
私も犯罪者になるんじゃないかとか言われるに違いない。私が言われるだけならいい。例えばアレクとの間に子供ができて、その子供達まで言われるようなことがあれば。もちろん言った相手を許さない。でもきっと自分自身のことも許せない。
「思ったんだけどさ」
考え終わったらしい。ミスティアが話し出す。
「別に気にしなくてもいいんじゃないかしら」
「え、」
「アレクはこの国で王族を除けば最も地位の高い公爵家の一人息子でしょう?そして私とテオールは王族で、側妃の子どもではあるけれどお父様との仲は良好だわ。
確かに弟はイザベラの妹にメロメロかもしれないけれど、あいつは本人は気づいてないけれど兄弟の中でもかなり立場は低いし悪い。だから大した問題じゃない。
公爵家と王族が全力で味方になるのだから、戸籍上の親が犯罪者だって、加えて血縁上の父親が犯罪者だったとしても、大した問題じゃないのじゃないかしら」
「……そう、かな」
「元々アレクとは話ていたの。伯爵を告発するとイザベラも社交界で何か言われるかもしれないでしょう?だから対策をしようって。イザベラは被害者であり悪くないってことを知らしめようって」
一体どんな方法でやるつもりなのか、少し気になったけれど今は聞かないでおく。
「そこに血縁上の父親の話が少し加わったって問題ないと思うのよ。今イザベラは、悲劇のヒロインなの。アレクシスはヒーロー。悲劇のヒロインには悲劇がいくらあったっていいんだから。父親が二人とも犯罪者?きっといいスパイスよ。それでも公爵との愛を貫いたって、そう持っていけばいいの」
強くミスティアは語る。
「そううまく行くかしら」
「うまくやるのよ。公爵家と王家がやるんだからうまくいかないわけないでしょ。イザベラのことも、あなたが大事にしたいものも、全部守ってあげるわ。
イザベラは自分の気持ちに正直になるべきよ。……今までずっといろんなことを我慢してるんだから。普段は面倒くさがりのふりをしてるけど、本当はそうやって自分を納得させてるだけだって、私は知ってるんだからね」
「う、」
「アレクと結婚したら、私と従姉妹になるのよ?父親が犯罪者なんて些細な問題だわ。だからね、イザベラ。早くアレクに対して諾といいなさい。言わなきゃ王族命令よ。言うの。わかった?」
「……わかった」
「約束だからね」
私は観念して、そして胸がいっぱいになってミスティアに抱きついた。
こんなことをしたのは初めてだ。最初は一瞬驚いていたようだけど、すぐに受け入れて私をめいいっぱい抱きしめてくれた。
しばらく抱き合って、変なのって笑い合った。
侍女が用意してくれたお菓子を少し食べて、お茶を飲みながら他愛もない話をした。主に学園での話。クラスメイトたちは私が急に来なくなったことを心配してくれているらしい。少しの間だけ家庭の事情でお休みしていると伝えてあるそうだ。
みんな私が両親と不仲ということを察している。夜会に私以外の家族が参加しているし、義妹は学園で騒ぎ立てているし、察するなと言う方が無理だ。
何か困ったことがあれば力になると、そう言ってくれていると聞いて不覚にも泣きそうになってしまった。
みんなに元気にしていると伝えて欲しいと言うと、ミスティアは「任せて」と笑った。
しばらくするとミスティアが魔法でテオールに合図を送り、テオールとアレクが戻ってきた。
「話はできた?」
「うん、ありがとう」
久しぶりに自然と笑えた気がする。二人で笑い合っているとテオールがごほん、と場を整える。
「実はまだイザベラと話さなきゃいけないことがあって」
そう言うと、ミスティアとアレクも頷く。一体なんの話だろう?
「イザベラは本当の父親が誰なのか、知りたいんだよね?」
テオールのまっすぐな視線が私を捉える。
「王族と公爵家が関わってるんだ。そう遠くないうちに見つかると思う。特にイザベラは母君から特徴をあまり継いでいないから、まずは見た目から絞っていけばいい」
白に近いブロンド。それから赤紫の瞳。
「私たちは、父親は貴族だと思っているわ」
「え」
ミスティアは続ける。
「平民が治癒の力を隠すのは難しいの。治癒の力があれば、どんなに力が弱くても神殿でそれなりの待遇を受けられるからそもそも隠さない。それに加えて神殿は思ったよりも管轄地域の住民をよく観察しているの。もともと人々の平穏を守るために作られた組織だから。住民に異変がないか、訪れる信者の話をよく聞いているし、町によっては定期的に各家庭に訪問もしてる。神殿のある地域の平民が隠し通すのは無理。そしてそういう地域じゃないとあなたの母親とは出会えない」
なるほど、と思う。我が家は信仰熱心な家庭でもない。最低限の寄付はしているけれど、それによって受けられる恩恵を私が受け取ることがなかったため、そんな事情は知らなかった。
そういえば領地からの報告書に頻繁に「神殿と連携して問題を検知した」と書かれていたのはこういった事情があるからなのかと変なところに納得した。
「神殿にいる線もあるかと思ったのだけど、男性で治癒の力を持った神官は今は少ないし、イザベラと同じ特徴を持った人もいなかった」
「消去法で貴族になる。貴族の、それも嫡男だとすれば治癒の力を隠していたとしても不思議ではないわ。嫡男が神殿に行くと後継がいなくなるから。次男以降だと神殿に入る場合は多いけれど、後継者で神殿に入る人は、よっぽど本人に瑕疵がない限りいない」
今まで誰が父親なのかと悩んでいたのが嘘みたいに、スラスラと推理が語られていく。
「ちなみにイザベラが懸念していた罪人の件もなしよ。罪人は何の魔法が使えるか魔道具を使って調べらて記録を残されるの。今は治癒を使える罪人はいないわ。まあそんな力があれば、基本的には犯罪なんて犯す必要がないし」
「……ただ少し問題があって」
ここで黙っていたテオールが口を開いた。
「問題は貴族にブロンドも白に近い銀髪も白髪を持った人も、赤から紫の瞳をもった人も多いってことなんだよね……本人は持ってなくとも祖父母まで含めるとかなり多くて……」
「ああ……」
妙に納得してしまった。
そう、貴族ではブロンドや銀髪が人気だ。そして赤や緑、紫に青といった瞳の色も。その結果、私に近い容姿を持った人は結構いる。
色の程度の違いはあれど、学園でも同系色の色の人を持つ人は多い。
赤系統の瞳を持つ人は火の魔法が得意なことが多い。そして火の魔法はすごく使い勝手がいい。特に魔道具が発展する前の時代に大人気だったと聞いている。火魔法を使える人を増やすのに躍起になった結果、同じ瞳の色をもつ人が増えた。
他の瞳の色についても同じ理由だ。使い勝手のいい魔法を求めた結果、貴族には同系色の色を持つ人が多くなった。
「ちなみに今、色だけで雑に絞った候補がこれなんだけど一応目を通してくれる?
例えば幼少期に会ったことがあるとか、そういうのある?」
テオールが貴族の名前が書かれた紙をくれた。思ったよりもたくさんの貴族の名前が書いてある。
「ちなみに、僕の母上にも見せたけどどれもあまりピンときてなさそうだった。一応、名前の横に丸がついている貴族は母君が学生の頃、同じタイミングで学園にいた貴族たちだ。僕の母上曰く、接点を持った可能性が一番高いのは学生の頃だと言っていたから」
「そうなんだ」
改めてリストを見る。丸がついている貴族は五名。高位の貴族ばかりだ。この中に私の父親がいるんだろうか。当然かもしれないけど名前を見ただけでは実感が湧かない。
「幼少期に会ったことのある人はいなさそう。……というか、アレクはわかると思うけど、私は幼少期のほとんどをアレクと過ごしたの。そしてお母様は一度も家で茶会を開いたりしなかったの。正直誰の名前もピンとこないわ」
「じゃあ、この五名の中から地道にどうにかして絞るしかないか……。ちなみにイザベラはなんの魔法が使えるんだ?」
「主には火と治癒、あとはほんの少しだけの風魔法かな。一番得意なのは治癒ね。他の属性は初級レベルばかりよ。便利なものだけ覚えているくらい」
「母君も風魔法を使えたの?」
「それはわからない。一番得意だったのは間違いなく火魔法。でも伯爵家には風魔法を得意としていた人の血も混ざっているから、使えたとしても不思議じゃないわ」
「じゃあ、本当に治癒と容姿で絞るしかないな」
ふむ、と三人はリストの上位に書かれている五つの家門を眺めて考え込んでいる様子だった。
「みんな、ありがとう。迷惑かけてごめんね。……正直、貴族の可能性が高いと分かっただけでもありがたいの。だから、これ以上は無理に調べなくてもいいわ」
「え、いやよ」
「やだよ」
ミスティアとテオールが同時に答える。間髪入れずに強く返事をされ、少し面食らう。
え、なんで?
「こんなに面白そうな推理小説みたいなこと、止めるなんていやよ。イザベラが嫌じゃないなら最後までやらせてよ。ここで止めるなんて打ち切りになったみたいで気持ちが悪いわ」
「そうだよ。ここまで調べるのだってすごく楽しかったのに。最後までやらせてよ」
「えぇ……?」
楽しいの?これが?
「あのねえ、王族でしかも五番目ともなれば意外と楽しいことって少ないのよ。教育は早期に終わるから学園の授業も知ってることばかりだし、お兄様やお姉さまたちみたいに大きな仕事は回ってこないし。パーティに行けばおべっかばかりだし。そんな中でこんなの、楽しいに決まってるじゃない。貴族たちを覚えるの大変だったし好きじゃなかったけれど、イザベラのおかげで無駄じゃないと思えたわ」
「本当にそう。ありがとうイザベラ」
「どういたしまして??」
なんだこれは。
「とはいえ、急に目の前に出て行って「あなたは私のお父様ですか」なんて聞くわけにも行かないしな。ベラの母君と結婚していない以上、何かしら事情を抱えている可能性もある。全体的に僕らとは交流の薄い家門ばかりだから、引き続き地道にやっていくか」
「そうねえ」
「私は何をすればいい?」
「イザベラはとりあえずアレクシスと会話してちょうだい。さっき約束したでしょう。それからじゃないかしら。この男は安心するまでイザベラを屋敷から出す気がなさそうだから」
ちらりとアレクを見れば目があって微笑まれた。どうやらミスティアの言っていることは本当らしい。
「……わかったわ」
「アレクシスが屋敷から出す気になったら王城に遊びに来てちょうだい。アレクシスと一緒なら難なく会えるはずだから」
「わかった」
「食べさせたいお菓子や紅茶がたくさんあるの。だからたくさん遊びに来て」
「ふふ、ありがとう」
「イザベラ、お菓子が好きなら今度王都で人気の菓子店のものを全て揃えようか?」
「あんたは王族と張り合うのをやめなさいよ……」
二人の問答がいよいよおかしくて、声をあげて笑うとミスティアとアレクはすこしきょとんとして、それからすごく優しく微笑んでくれた。
それがむず痒くて、でもあったかかった。




