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魔王の娘、敵国で商売を始める ~欠陥兵器の少女が綴る、優しき支配の物語~ 【旧題:勇者の修行場】  作者: 琴坂伊織
第一章 共犯者たちの契約

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欠陥品の戦略




「……で、俺は今日からダンジョンの“共同経営者”ってことでいいのか?」




 先程まで殺し合いをしていたとは思えないほど、妙に静かな空気が流れていた。一面に咲き乱れる色とりどりの花が、穏やかな風に揺れている。


 雲一つない青空の下、あつらえたように置かれた丸テーブルには、地面に届くほど長い純白のテーブルクロスが掛けられていた。


 私が首肯すると、ユーマはカップの胴を直接掴んで勢いよく紅茶をあおった。喉を鳴らす音が小刻みに聞こえてくる。


 カチャリと音が響くと同時に彼が再び口を開く。その瞳には困惑の色が滲んでいた。


「魔族的にはいいのかよ?そういうのって」

「駄目だと思うよ。でも、一番駄目なのは死んでしまうことだからね。命が助かるのであれば人間にだって尻尾を振るよ」


 ユーマは首を振ってため息をこぼすと、テーブルの隅へと視線を移した。


 魔族と仲良くすることは、自分の足元に薪を積み上げているようなものだ。ましてや共にダンジョン経営をするなんて、体に油を塗っているに等しい。


 僅かな静寂の後、またカチャリと金属音が漏れる。




 私はテーブルの隅へと手を伸ばす。ちょうどユーマが見つめている場所だ。


 そこには、このメルヘンな世界に似つかわしくない無骨な工具箱が、これでもかと存在感を放っている。背景に『ゴゴゴゴ』という効果音の幻覚が見えた。


「……直らないな」


 壊れた『瓶詰めの星』が私を責めているような気がする。いや、気のせいではない。確実に責めている。


 なんとなく罪悪感がこみ上げてきたので「ごめんなさい」と小さく呟いた。自分の魔法に被弾した愚か者ですみません。


 ユーマはテーブルの三分の一以上を占める漆黒の工具箱と、私を交互に見つめている。なんとも微妙な顔だ。


「普通、お茶会に工具箱なんて持ってくるのか?しかもこんな大きいのを。……魔族のお茶会では当たり前なのか?」


 そんなわけがないだろう、そう答えるとユーマは大きくため息を吐いた。私はエスパーではないが、彼の考えていることが手に取るように分かった。


 ずばり、『邪魔だからどけろ』だ。




「それで、アグネスはどんなダンジョンを作るつもりなんだ?」


 散乱した工具を片付けていると、ユーマが問いを投げかけてきた。


「ゴーレムを主軸にしようかなって思ってる。破壊されてもコアさえ無事なら再利用可能でしょ?体はその辺の石や岩で作れるから、コストも抑えられるし」


 私は意を決して工具箱を地面に下ろす。前世でどんな罪を犯したらこの重さになるのだろう、きっと極悪人に違いない。


 ずっと私の足元に佇んでいたスライムを抱きかかえ、火照った体を冷やす。ひんやりとしていて気持ちいい。


「なるほどな。確かに効率的だ」


 ユーマは納得したように頷いている。私は視線を逸らして、スライムの表面を指でなぞった。


「……それに、好きなだけカスタマイズが可能だから。冒険者の妨害や捕獲に特化したゴーレムを作れば……その、あまり血なまぐさくならずに済むというか」


 言葉を濁す。本当のことは言えない。


 私が父上から与えられた役割は、恐ろしいダンジョンを作って敵戦力を引き付けることだ。でも、私は小心者だ。人を殺す度胸などない。


 だから、作戦を変更した。




 恐ろしいダンジョンではなく、金の成るダンジョンになる。




 ダンジョンが成長すれば、木材・石材をはじめ薬草や食料、さらには貴重な鉱石までをも生み出すことができる。


 そうした資源を持って、アストラル王国を依存させる。要は、魔王の娘が経営するダンジョンに資源を依存させるのだ。


 人を殺さないことをコンセプトにすれば、多くの冒険者がこのダンジョンに集まる。国家が依存するまでいかなくても、個人が依存する状況を作り出すことができる。


 もしもアストラル王国が魔国に攻め込んだら、ダンジョンを閉じる。そうすれば私のダンジョンを稼ぎ場とする冒険者が戦争反対を訴える……かもしれない。




 もちろん、これはただの言い訳だ。戦略兵器でありながら人を殺すことが怖い欠陥品の、必死の言い逃れだ。上手くいくかどうかは分からない。


 でも、ユーマにこんなことは言えるはずもない。目の前にいる彼は、私が経済的に攻撃しようとしている国の人間なのだから。


「弱っちいユーマも安心して修行できるでしょ?」

「……まぁ、そうだな」


 ユーマは少し眉間に皺を寄せながら、安堵したように呟いた。その言葉が胸に刺さる。私は曖昧に笑ってみせた。




「具体的にはどんなゴーレムを作るんだ?」


 ぶっきらぼうに放たれた言葉に救いを見出した私は、渡りに船とばかりに身を乗り出すと、得意満面な笑みを浮かべて見せた。


「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました!実はもう考えてあるんだ」


 そんな私を、ユーマは不安そうな顔で見つめている。


 確かに、私はユーマと出会ってから一度もいい所を見せたことがない。むしろポンコツなところしか見せていない気がする。


「まぁそう不安そうな顔しないで、とりあえず聞いてみてよ」


 私に対するマイナスなイメージを払拭しようと、気合を入れて説明を始める。


「小回りの利くゴーレム?」

「そう。小さめのリュックサックくらいの大きさで、ネズミみたいに動くことができる。すれ違いざまに装備を奪ったり、足に抱き着いて重りになったりするんだ」


 ユーマが口元を引きつらせて私を見ている。その気持ちはよく分かる。小さくてすばしっこいゴーレムに攻撃を当てる自信など、私には到底ない。


「それ、殺さないだけで性格は悪いよな?」


 ユーマがなにか独り言を口にするが、私は聞こえなかったふりをする。




「ここってお花畑でしょ?花畑の中に小型ゴーレムを隠して、神出鬼没に襲いかかる。どう?すごくいいと思わない?」

「ああ、すごくいいと思う。俺はそんなダンジョンに来たいと思わないけどな」


 ユーマが鬼畜を見つめる目で私を見ている。「うわぁ……」という心の声が聞こえてきそうだ。


「もちろんメリットは用意するよ。薬の材料となる花を生やしたり、ただの石じゃなくて鉱石で作られた当たりのゴーレムとかね」


 私は新米ダンジョンマスターなので、客層とするのは駆け出しの冒険者だ。新人が安全に経験を積めてお小遣いを得られるダンジョン。


 冒険者ギルドも、このダンジョンを攻略して潰そうとは思わないはずだ。


「まぁ確かに、日銭を稼げるんだったらゴーレムがうざくても来るか」

「……それから、冒険者たちに私の存在がばれるのは避けたい」

「どうしてだ?」


 通常、ダンジョンにダンジョンマスターはいないのだ。


 迷宮の主がいるダンジョンは急成長するため、バレれば勇者を派遣されかねない。いずれは私の存在が露見するだろうが、それは可能な限り遅くしたい。


 私の説明を聞き終えたユーマは、しばらく黙って考え込み、やがて静かに口を開いた。




「……メルヘンなお花畑に新種のゴーレムがいる時点で怪しいと思うぞ」

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