見えない第三者 Side ミレナ
傾いた陽射しが、向かいに座るジークの輪郭を茜色に縁取っていた。混じり始めた白髪の一本一本が銀色の針金のように光り、寝不足で乾いた皮膚の質感までが浮き彫りになっている。
「眠そうですね」
高い地位の人は大変なんだなと思いながら、ミレナが心配そうに声を出す。マグカップに両手を添え、立ち上る湯気に鼻先を濡らしている。
大丈夫だと答えると、ジークは蒼天の刃の面々に深夜に起きた事件の説明を始める。
「既に知っていると思うが、侯爵家の騎士が3人殺害された。ダンジョンの警備を行っていた騎士たちだ」
ミレナが行き場のない感情を指先に込めると、ミシミシと陶器が悲鳴を上げる音が響いた。
「ご、ごめんなさい!」
「相変わらず馬鹿力」
クレアから容赦ない言葉が飛んでくる。いつものミレナならば必ず反論の言葉を口にしたが、彼女の心は今、弁償金のことでいっぱいだった。
「安物だから構わないさ」
「ありがとうございます!」
耳鳴りのように響いていた焦燥のノイズが消え、口の中に残る蜜の甘さがミレナを優しく包み込む。
前任のギルドマスターのとき、クリスタルグラスをうっかり壊してしまい多額の賠償金を請求されたことがあったのだ。
「昼食抜きにならなくて良かった」
「そうだな」
クレアの言葉に、思わずといった様子でガイルが同意する。しばらくの間食事を減らす羽目になり、よく体を動かす2人の胃袋が悲しい合唱を奏でいたものだ。
「そろそろ話を戻すぞ」
柔らかな笑みを浮かべていたジークが、口を開くと同時に真剣な顔に変わる。
「現場には死体が4つあった。3つは騎士、そして1つは犯人のものと思われる」
ミレナは腑に落ちない、というふうにわずかに頭を傾けた。騎士と相打ちになったのだろうか。
「2人の騎士は暗殺者によって殺害され、暗殺者は残った騎士によって殺害されたと考えている」
「……最後に残った騎士は?」
「現場の状況から判断すると自殺だ」
息を呑んで固まっているミレナに変わり、ガイルが質問をする。
「暗殺者との戦闘で致命傷を負い、痛みに耐えかねて自害したということでしょうか?」
ジークは静かに、力なく首を振る。
「その騎士は自裁のために首を切ったが、そこ以外に傷を負っていなかった。……先に死んだ2人の騎士の中に恋人がいたんだ。理由はそれだろう」
「復讐を果たして、後を追った」
クレアの呟きが、静寂な室内に響く。ミレナは乾いた口を潤すために、ひびの入ったカップを持ち上げる。陶器からじんわりと伝わる熱が、手が冷えていたことを認識させた。
「4人の死因についてはこれで説明できる。だが、現場の状況が不可解だ」
「現場の状況ですか?」
「ああ。あそこは森の中だっただろ?」
ダンジョンの入り口を思い出しながら、ミレナは小さく頷いた。
初めてあのダンジョンに向かった際は、顔にまとわりつく虫を払いながら、薄暗い道なき道を彷徨っていた。頭上を覆う曇天も相まって、気分は泥のように重かった。
だが今は、鬱蒼とした木々の間を縫うように、手入れの行き届いた滑らかな道が続いている。森とダンジョンの境界には分かりやすい看板が立ち、その横には騎士の駐在所までできていた。
そこで水や食料が買えると知ったときには、さすがに少し呆れてしまった。さすがはバルタザール侯爵家だなと。
「ダンジョンの入り口周辺に、木々がなぎ倒された円形の空間が広がっていたんだ」
「大きさはどれくらいですか?」
「半径10mはある。幸い駐在所は巻き込まれていなかったが」
ジークの説明に、ミレナは吸い寄せられるようにソファの左端に座るクレアを見る。真ん中にはガイルが座っているため、前のめりになっている。
「私もできる。けど、1回が限界」
「……暗殺者が、クレア並みの魔力を持っていたということでしょうか?」
クレアが声を出すと、入れ替わるようにガイルが口を開く。
「いや、持ってない」
ガイルの仮説を、ジークがきっぱりと否定する。どうしてそう断言できるのかが分からなくて、ミレナの眉根がわずかに寄る。
「侯爵代理がそうおっしゃっていた。なんでも、エルフに調べてもらったらしい」
「エルフ!?」
ミレナではなく、クレアが大きな声を出していた。クレアは両手を手で覆うと、みるみるうちに耳の先まで真っ赤に染めていた。視線が足元を彷徨い、その場にうずくまるように身を縮こまらせる。
「い、いまのは……ちが、う……」
指の隙間から漏れた声は、先ほどとは打って変わって、消え入りそうなほど頼りなかった。
「……暗殺者にも騎士にも、あんな芸当はできない。だから、あの場には第三者がいたはずなんだ」
クレアに一度だけちらりと視線を送ると、ジークが何事もなかったかのように説明を続ける。
「魔物の可能性は低い、ですよね?」
ジークに続くように、ミレナが意見を述べる。
「ああ。最も可能性が高いのは、どこかの貴族が放った密偵だ。侯爵家の領内に魔晶石の採れるダンジョンができたともなると、一度確認したいものだろう?」
「えっと、つまり……侯爵家に敵対する貴族がダンジョンを破壊するために暗殺者を送り、そして別の貴族がダンジョンを確認するために密偵を放った?」
ミレナの視線は宙に彷徨い、見えない糸を手繰り寄せるように考えをまとめている。
「侯爵家は王家から魔晶石の採掘権を与えられた。採掘税を納めなければならなくなったが、他所から仕入れる必要がなくなって、結果的に豊かになった」
ジークは一度言葉を切ると、ふいと窓の外に目を向けた。
「今回の暗殺者はそれを良く思わない貴族の差し金だろう。そいつと騎士が戦闘をしている場面を密偵が見つけ、恩を売ろうと騎士を助けようとした。そう推測している」
「でも、密偵が戦闘に参加したときには2人の騎士が死んでいた。密偵が暗殺者を無力化した後、最後に残った騎士が復讐を行い、自殺してしまった」
クレアが一度にこれほど長い言葉を述べるのを久しぶりに聞いた。
つまり、先に2人の騎士が殺され、次に暗殺者が密偵に倒され、最後に1人残った騎士が暗殺者に復讐をして命を絶った。
円形の空間は密偵が戦闘の過程で作ったもの。……そう考えれば辻褄は合う。
「第三者がいて、そいつが木々を吹き飛ばしたのは間違いないだろう。まぁ、そいつの正体が密偵かどうかは分からんがな」
「そうですね」
「ダンジョンはしばらく封鎖する。だが、お前たちには魔晶石の採掘を続けてもらう。……森に入るときは充分気をつけろよ」
ジークはミレナたちの瞳をひとつひとつ確かめるように視線を動かした。3人が頷くのを見届けてから、話は終わりだと切り上げた。
「聖王国との国境沿いにもダンジョンができたらしい。……貿易に影響がでなければいいが」
クレアが扉を閉めるその手前、わずかに残った数センチの隙間から、ジークの独り言が漏れ出した。




