喪失と決意
月はただ、4つの死を静かに見下ろしている。夜風に乗って漂うのは、濃厚な鉄錆の臭い。まるで空気が鉄の味に変わってしまったかのようだった。
「……そんな」
私のせいだ。私がダンジョンを作らなければ、魔晶石を採れるようにしなければ、この騎士たちが死ぬことはなかっただろう。
資源による支配で平和的に戦争を終わらせるとか言いながら、結果的に人間同士の血生臭い政治闘争を引き起こしてしまった。
侯爵家が得をすれば、それを良く思わない人がいるなんて予測できた。
「私は戦略兵器。殺すことしか脳がない」
誰も死なないなんて理想を述べて、敵の戦力を各個撃破するという任務を放棄していた。
人を殺すことが怖いから、ダンジョンに依存させるという方向に勝手に舵を切って、結果がなんだ?ただ敵国を潤しているだけだろう。少しも役に立っていない。
「欠陥品だよ」
そうやって蹲っている間も、頭の芯だけが妙に冷えている。それでも、サテラが私のダンジョンに依存し始めたことが事実だろう、と。その点で計画は上手くいっている。
このままダンジョンを成長させていけば、サテラだけでなく他の都市も依存させることが可能だろう。でも、それは結局のところ敵を潤しているだけではないだろうか。
そもそも、仮に私がダンジョンを閉ざしたとしても、アストラル王国が魔晶石をエステル聖王国から輸入できるのでは意味がないのではないか。
「……分からないな」
私の目は涙で滲むどころか、小石の数を数えられるほど冴え渡っている。心は絶望しているのに、脳は冷静に思考を続けている。それがどうしようもなく気持ち悪い。
「これからどうしよう」
失血で感覚の失せた指先を地面に突き、鉛のように重い身体をどうにか持ち上げる。私の蒼白な顔を夜風が撫でていく。
行商人の体に沈んだ『怠惰の鎖』を拾い上げ、鎖に付着した血を魔力で生み出した水で洗い流す。私
がこの場にいた痕跡は全て消す必要がある。私の血痕や足跡を突風を吹かせて消し飛ばす。
ただ、私が森の中に作り出した円形の広場だけは隠すことができない。戦闘の中で、後先考えずに木々を吹き飛ばしてしまった。
「行商人がやったと勘違いしてくれるかな」
望み薄だろう。重く息を吐きながら、ダンジョンの入り口に向かって歩を進める。手前で足が止まり、まるで何かに引かれるように振り返る。
そこには自らの剣でその喉を突き、物言わぬ骸と化した騎士が静かに横たわっていた。
「これで一緒だ……か」
そう言って彼は、先に亡くなった女性の騎士の後を追った。この3人の騎士たちにはそれぞれ、その死を悲しむ人がいるのだろう。
死の要因となった自分の存在そのものが汚点のように思える。
一歩踏み出した瞬間、鼓膜を打つ風の音が変わる。血と緑の匂いは消え、代わりに鼻をついたのは、冷涼で甘美な花の香りだ。夜露に濡れた花びらが、宝石のように月明かりを弾いている。
私の帰りが遅いことを心配していたのだろう。トタン君がわらわらと集まってきて、私に向かって手を振っている。
ギリギリまで引き絞っていた弓の弦が、そっと緩まっていく。
「ルディは寝てるのかな。ちょっと残念」
血で服を濡らす私を見て、トタン君たちが焦ったように走り回っている。その様子を見て、ルディがいなくてよかったと手のひらを返す。
「私の失敗は、騎士を影から守らなかったことだ」
ダンジョンのおかげで侯爵家の発言力が増した。それをよく思わない存在からダンジョンを守るために騎士が配置された。耳にした時点で、警備の騎士が襲われると想定しておけばよかった。
「資源による支配を目指すのは変わらない。でも、その過程で、もう2度と人を死なせない」
深く、深く、泥の中に沈むように意識を潜らせる。大地の中で輝くコアへと指先が触れたとき、世界から雑音が消え失せた。
代わりに満ちたのは、黄金の光を想起させるような、力強く荘厳な歌声だ。
そこには、地底の太陽があった。
凝縮された黄金の魔力が球体となって鎮座し、生命そのもののような力強さで脈動を繰り返している。ドクン、ドクン。その律動が、私の鼓動と重なっていく。
「ありったけを使う。私から奪ってもいい」
覚悟を口にすると、聖歌の響きが一層強くなる。求めるのは、その場しのぎのルディでもない。敵を妨害するだけのトタン君でもない。
もっと鋭く、もっと強固な、守るための剣を。
あの巨狼すら足元に及ばない、絶対的な強さを。
脳裏に描くのは一人の騎士。
影の中からダンジョンを守る、諜報と武力を兼ね備えた守護者。ユーマから与えられた情報だけでは、誰かを守るには足りない。
「欲張りだとは思うけど……お願い」
私の願いに呼応するように、黄金の太陽が激しく明滅した。轟く聖歌が、産声のように高く響き渡る。
瞳を開く。するとそこには、夜そのものが人の形を借りて顕現したかのような、光さえも飲み込む闇の化身が立っていた。
深淵を思わせる漆黒の鎧は、鈍い光沢を放っている。鳥の頭部を模した兜の奥からは、血のように赤い眼光が鋭く私を射抜いていた。
だが、その存在は深く暗い外套の懐から、唐突にスケッチブックを取り出し、ページを捲る。
そこには『よろしく』と書かれていた。




