王室専属占い師ですがこの占いだけは当たってほしくない
「このお相手は駄目ですね。国が滅びます」
「またかよ!」
穏やかな昼下がり。
アクロイド王国王城の一室に聞きなれた声が響いた。
水晶玉といくつかのカードが並んだ丸テーブルを挟んだ正面に美しい金髪を一つに結んだ世にも麗しい顔が頭を抱えていた。エメラルドのような瞳は涙目になっている。
アクロイド王国第一王子サイラス様は世間の若い女性達の憧れの的である美男子だ。せっかくの綺麗な顔もこうくずれたら台無しだな、と内心思いながらも見慣れたものなので表情には出さない。
「……しかしプリシラの占いは当たるからな。父は結果を知ったら嘆くだろうが」
「これで何人目でしたっけ」
「5人目だ」
ため息をつきながらサイラス様が突っ伏していた顔を上げる。テーブルには一人の女性の写真が一枚。緑髪の優しそうな女性は隣国の重鎮の娘だ。サイラス様の婚約者候補の一人だ。
「あのお、サイラス様。こんなこと私が言うのもアレですが何も占いの結果だけがすべてではありませんし、お話しくらいしてみてもいいんじゃないですか?」
「何を言う、プリシラ・ホーリー。お前は我がアクロイド王家の専属占い師だろう。お前の占いはよく当たる。その結果を重視して何が悪い。王族の婚姻は失敗できないんだぞ」
まあ確かにそれはそうだ。
王族、それもいずれ国を継ぐ第一王子の婚姻相手が誰になるかによっては国の命運を左右するのだから。
王子様というのも大変だなあ、と思いながらサイラス様がお土産で持って来てくれた美味しいクッキーを一口頬張る。こちらをいつもの外向けのキメ顔とは程遠い間の抜けた顔で頬杖をつきながら見ているサイラス様がぼんやり呟いた。
「俺はいつ結婚できるんだろうなあ……」
私、プリシラ・ホーリーは代々続く王室専属の占い師の家系の末裔だ。
なんでもアクロイド王国建国当時に、初代国王に力を貸し国を繁栄させた占い師がホーリー家の始祖だったそうだ。そんなわけでホーリー家は伯爵位を賜り、代々受け継がれる占いの術で王家を助けてきた。
しかし私の父は占いの才が無く、祖父からその才能を引き継いだらしい私が現在王室専属の占い師として王城で勤務している。
王族からの占いの依頼は国政に関わることから個人的なことまで多岐にわたる。
でもここ最近はもっぱらサイラス様の相手ばかりしていた。
というのも、サイラス様は19歳。第一王子だというのになぜかまだ婚約者がいないのだ。
ここ最近は国王陛下が業を煮やしてお相手として候補を何人か選出したのだけれど、ことごとく占いの結果が悪いのだった。
(あんなにモテそうなのにどうしてお相手がいまだにいないのだろう)
サイラス様は背が高く整った顔立ちの美男子だ。王族の習わしとして入学する士官学校でも常に成績は上位だったらしい。王子様らしく少々偉そうなところはあれど、基本的には明るく誰にでも親切で優しい。貴族の令嬢達からはもちろんモテモテだったのにいまだに決まったお相手はいない。
(女運が極端に悪い星の元に生まれたとか……うーん、今度こっそり占ってみようかな)
「プリシラ!」
「……! さ、サイラス様。どうされたんですか」
「もう今日は帰るのか?」
「はい、定時なので」
サイラス様のことを考えていたら急に本人から呼び止められた。失礼なことを考えていたので少々後ろめたい気持ちを隠しながら向き直る。広い王城の回廊をサイラス様が駆け寄って来た。
私は王都のタウンハウスから通いでこちらに来ているので、今日はもう馬車で帰宅するところだった。
「これを渡すのを忘れていたんだ。ほら、この前欲しいと言っていただろう」
「え……? あ、これハーブですか?」
「スターアニスだったか。城に来た商人が持って来ていたんだ」
手に乗せられた小さな紙袋から出てきたのは乾いた花のような実だ。この国ではなかなか手に入らない珍しいものだった。
以前占いに来たサイラス様と雑談していたときに話したのだけれど覚えていてくれたとは。
「これを占いに使うのか?」
「占いに直接は使いませんけどハーブティーにして心を落ち着けたり料理にもスパイスとして使えるんですよ」
占い師として祖父からは星詠みの知識と共に薬草の知識も教えられてきた。草花にもそれぞれ星の力が秘められていてその効能を利用するのだ。
そこで私ははっと我に返る。
「サイラス様、ありがとうございます。こんな高価なものをいただいてしまってよいのですか?」
「気にするな。いつもこちらも世話になってるからな。それにお前のために買ったのに貰ってもらわなくてはこちらが困る」
「では、ありがたく頂戴します」
ぶっきらぼうにサイラス様が言うので私は大人しく受け取ることにした。なんでちょっと照れてるんだろうこの人。
世話になってるって言っても最近はもっぱらサイラス様の婚約候補にNGを突き付けているだけな気がするんだけど……。
「え、またサイラス殿下から贈り物? ねえ、お姉様。もうサイラス殿下と結婚しちゃえば?」
「何を馬鹿なこと言ってるのセシリア。相手は第一王子なんだよ?」
「お姉様だって伯爵令嬢じゃない」
「それ以前に占い師だよ私は」
屋敷に帰ると私が持っていたスターアニスを見て妹のセシリアが楽しそうについて来る。セシリアは普通の令嬢だ。
けど私は違う。幼い時に占いの才を見出され長いことおじい様と田舎の山の中で修行生活をしてきた。13歳の時に王都に戻って来て16歳から王室専属占い師になった異色の経歴のため令嬢という自覚は薄い。
令嬢というならセシリアの方がよっぽどきちんとしたご令嬢だ。
「そうかなあ? だってこっちの髪飾りも、星の砂も、美味しいお菓子もサイラス様からなんでしょう? 絶対サイラス殿下はお姉様が好きなんだと思うわ」
「もし私が好きだったら10日ごとに婚約者候補との相性を占いに私のところに来るはずないでしょ」
私室に置いてあるガーネットの髪飾り、小瓶に入った星の砂に、出張先のお土産だというカラフルな飴を見て確かにちょっと貰い過ぎかな……と思いながら答える。
恋バナ大好きのセシリアは可愛らしく小首をかしげている。
「だってお姉様とサイラス殿下は幼馴染なんでしょ? 年齢だって近いし」
「確かに13歳でこっちに戻って来た時からの付き合いではあるけど妹みたいに思われてるだけだよ」
初めて会ったのは13歳でこちらに戻って来ておじい様と登城した時だ。私はおじい様の助手をしていた。そこに神妙な顔をした14歳のサイラス様がやってきた。まだ幼さの名残のある顔を覚えている。
『弟と仲良くなるにはどうしたらいいと思う?』
それは占い師に聞くことなのかと思ったのを覚えている。
サイラス様には腹違いの弟が生まれたばかりだった。けれど弟君の母親は家柄が低いにも関わらず王の御手付きになったことで側妃になった人で周囲の態度は冷淡だったらしい。なんとサイラス様はその状況をなんとかしたかったのだ。
『なぜ弟君と仲良くなりたいのですか?』
『自分の弟と仲良くしたいというのは当然だろう? 家族なのだから。それに俺がそばにいればきっと守ることができるだろう』
おじい様の質問にサイラス様ははっきりとそう答えた。
そのとき私はどう思ったのだったか。あまりはっきりとは覚えていないけれど、この人は立派な王になる星の元に生まれたのだろうと思った気がする。
それから数日後、いつものように登城すると周囲がなんだか騒がしい。自分の占い部屋へ行く途中、メイドにそれとなく聞いてみた。
「ねえ、今日は何かあったの?」
「プリシラ様、実はサイラス殿下に正式な恋人がお出来になったんじゃないかって噂なのですよ」
サイラス様がアーネット公爵家の令嬢、オリヴィア様を連れて庭園を二人きりで歩いていたのだという。アーネット家といえばこの国でも1,2の指に入る大貴族。オリヴィア様は黒髪のそれは美しい女性だった。
サイラス様のお相手としては順当だ。
(でも珍しい。お相手候補に会う前には必ず私のところに占いに来ていたのに)
そこまで考えて私は考えを改める。
もしかしたらサイラス様はオリヴィア様のことが好きなのかもしれない。それなのに私のところに来て占いで悪い結果でも出たら大変だ。せっかくの恋路にケチをつけられてはたまらないだろう。
まあ、占いは占いだ。確率は高いとはいえ必ず当たるとも限らないのだけれど。
「あれ……」
「……失礼。待たせていただいておりましたわ」
そんなことを考えながらぼんやりいつもの占い部屋の扉を開けると、長い黒髪の美女が水晶の前の椅子に座っていた。
まっすぐ伸びた美しい黒髪に紫水晶のような瞳の爆美女……オリヴィア・アーネット公爵令嬢がゆったりと微笑んだ。
「ホーリー伯爵家令嬢、プリシラ様ですわね?」
「は、はい……。あの、オリヴィア公爵令嬢がなぜこのようなところに?」
唖然として突っ立ったままだった私は慌てて礼をする。
一体どうしてこんなところに噂の御仁が。
「実は今日はあなたにお願いがあってまいりましたの。私の恋の行方を占ってほしくて」
「え……ですが必ずいい結果が出るとは限りませんよ。サイラスさ……殿下から伺っているかと思いますが」
「それはもちろん。そしてもうひとつ。私にあなたを占わせてほしいの」
「……え?」
サイラス様はああ見えて人間ができた人なので占い結果でボコボコにされても嘆くことはあれどこちらに八つ当たりすることはない。だけど中には自分に都合の良い結果しか求めない人もいるのだ。
一応そのあたりは失礼ながら忠告させてもらった……のだけどオリヴィア様は妙なことを言いだした。
「今となっては占いはホーリー家の専売特許のようなものですが、我がアーネット家にも占い師の血は流れておりますのよ。私も占いを嗜みますの」
「確かに建国当時は星詠みの占いは今より一般的でしたから……でもオリヴィア様も占いをされるとは知りませんでした」
「職業にするほどではないので、あなた相手では力不足かもしれませんが」
現在では占いをする人間の方が少ないが、建国当初はもっと目に見えない物が信じられていた時代だ。星詠みの占いをする人々も多かったのだ。その中でも力が強かったのがホーリー家だっただけで。アーネット家も歴史の古い家なので代々伝わる占い術があるのかもしれない。
うふふ、と上品にほほ笑んでオリヴィア様が出したのは占いに使うカードだ。
「あのー、私を占うとはどういうことでしょうか? 私がオリヴィア様とサイラス殿下の今後を占うことはできますが、私は占ってもらうことなどないのですが」
「いいえありますとも。あなたの恋の行方です」
「……恋?」
ぱちぱちと瞳を瞬いてものすごく楽しそうな笑顔のオリヴィア様を見つめてしまった。
「え、それって」
「では参りますわよ。勝負です」
「占いは勝負ではありませんが」
仕方なく丸テーブルを挟んでオリヴィア様と向かい合う。一体何なのだろうこの展開は。そもそも私の恋の行方って……身に覚えが全然ないのだけれど。
「プリシラ様は水晶を使うのね。それとカードも?」
「はい、場合によって使い分けてます。今日は水晶を使います」
すっと意識を集中して空にある星に問う。オリヴィア様の恋の行方……。
段々と水晶にかざしていた手が温かくなり水晶にぼんやりと誰かが映っていた。
だけど……。
「えっと……」
「……次は私の番ですわね」
私が言葉に詰まっているとオリヴィア様が静かにほほ笑んでカードを並べだした。
「……自分の想いに蓋をしているのかしら。ずーっとあなたを想っている誰かさんがいるのに知らないふりをしているのね」
「わ、私がですか?」
「星が降る場所で真実がわかるでしょう。カードにはそう出てますわ」
想いに蓋って、ずーっと想っている人と言われても心当たりなんて……。なんだかオリヴィア様の紫水晶の瞳にじっと見つめられると心が見透かされているみたいでぞわぞわして落ち着かない。
「ところであなたの水晶には何が映っていましたの?」
「……オリヴィア様と仲睦まじくされている男性です。サイラス殿下ではありませんでした」
「そうでしょうね。よかったわ」
「え!?」
一体どういうことだ?
ぎょっとして顔を上げるとおかしそうにオリヴィア様が笑った。
「私、サイラス殿下にプリシラ様の占いを勧められたんですのよ。恋に悩んでいた私に気持ちはよくわかるって」
「サイラス殿下が……?」
恋に悩む気持ちがわかる……ということはサイラス様も恋をしてるということだ。
ぽかんとしている私をオリヴィア様がじっと見つめる。
「素直で可愛い方。自分の気持ちを思い出しても大丈夫ですわ。あなたとサイラス様はきっと結ばれるわ」
「オリヴィア様……! 妙なこと言わないでください」
私は慌てて首を振る。
サイラス様と私が結ばれるなんてことあるわけない。
だけどオリヴィア様は優雅にほほ笑んで言った。
「あら、そうかしら。私の占いは結構当たると自負してますのよ」
その日の夜、私は初めて登城した日のことを思い出していた。
赤毛のくせっ毛に黒いローブ姿の私を他の令嬢達がくすくすと笑いながら見ていた。
『見てあのみっともないぼさぼさの赤毛。あれで伯爵家のご令嬢ですって』
『服もみすぼらしいわ』
『さっきサイラス殿下と一緒にいたのを見たわ。あんな姿で隣に並ぶなんて恥ずかしくないのかしら!』
『占い師なんですって。心を読まれそうで気味が悪いわ』
さすがの私も傷ついた。
山奥の屋敷でずっと占い師として修業していた私の淑女教育はだいぶ遅れていたからしかたないのだけれど。
ふと私はベッドから起き出して壁際の棚の前に立った。そこにはサイラス様が贈ってくれた品々が並んでいた。
一番最初に貰ったのはガーネットのついた髪飾りだ。
私がくせっ毛を嘆いていたから。
『これをつけておけばそれなりに見えるだろう』
なんて言っていたなあ。
嬉しかったのを覚えている。
それからずっと私はこの髪飾りを愛用していた。
『あなたとサイラス様は――……』
私は慌てて髪飾りを棚に戻した。
あんなのただの占いだ。占い師がこんなこと言うのはおかしいけれど占いは占いだ。真実かどうかはわからない。
……それにあの占いは当たってほしくない。
(サイラス様の隣に並ぶのがみすぼらしい私なんかじゃ駄目だよ)
もっとそう、オリヴィア様のような素敵な女性じゃなくちゃ。
私はしばらく登城しなかった。
理由は風邪をひいたから、とか適当に理由をつけたが本当はサイラス様に会いたくなかったからだ。
オリヴィア様と占いをした日から蓋をしたはずの気持ちが少しずつ漏れ出てきてしまっている。
サイラス様への気持ちが……。
占い師として失格だけれど、今の精神状態ではちゃんとした占い結果を出せない気がした。
見上げると大きな月が私を照らしていた。
今日は満月だ。
王都の郊外にある自然公園に私は一人で来ていた。もちろん公園の入り口で馬車は待ってもらっているけれど。
いい雰囲気なので所々にカップルはいるけれど、ちょうど誰もいないところを見つけて敷物を敷く。そこにいそいそと私は占い道具を並べ始めた。水晶、カード、石に蝋燭、薬草。占い道具の吸った邪気を払い月の力を籠める月光浴だ。
最後に私もごろんと横になった。煩悩まみれになった私の心も一緒に浄化してほしい。
「はあー……気持ちいい……」
「こんなところで貴族の令嬢が何をやってるんだ?」
「え……ぎゃああ!?」
「うわ、こら静かにしろ……! 警備員が来るだろ!」
「もご……。さささ、サイラス様!?」
いきなり視界にぬっとサイラス様が現れて私は飛び起きた。
な、なんでこんなところにサイラス様が? というか口を塞がれて距離が近すぎなんだけど。
「こんなところで何をしているんだ?」
「占い道具の月光浴です」
「供もつけずに一人でやるなよ」
「はあ……すみません。サイラス様こそ何してるんですか」
そう聞いたら隣に腰を下ろしたサイラス様に半眼で睨まれた。
サイラス様だって供をつけてないじゃないか。むしろ私より問題では。
「お前がずっと休んでいるから見舞いに行ったらここだろうと家の者に言われたんだ」
「そうでしたか……。お見舞いだなんて、わざわざありがとうございます」
「体調は大丈夫なのか? まあこんなところで寝てるくらいだから平気だろうが」
「おかげさまで……」
なんだか気まずくて私は視線を逸らした。
王室専属の占い師でしかない私のところにわざわざ第一王子がお見舞いになんてどうして来るんだ。
どうしてこっちをやたら覗き込んでくるんだ。
オリヴィア様のせいで……なんて言ったら悪いけれど、蓋をしてた気持ちを思い出してしまった私には今の状況は心臓に悪すぎる。
「そろそろ帰りましょうか」
「待て、プリシラ」
立ち上がろうとした私の腕をサイラス様が掴んだ。
一瞬固まった私はそのまま座り直す。
「オリヴィア嬢と占い勝負をしたんだって?」
「……占いは勝負ではありません」
「そうだな。……で、彼女の恋の行方を占ったんだって?」
「はい……幸せそうな未来が見えました。サイラス様から私を勧められたと」
オリヴィア様には他に恋人がいたらしい。ただし、それは異国の王族で家の人間には反対されていたようだ。それで王室専属占い師の話を聞きサイラス様に相談したらしい。それを城の者達が勘違いしたのだ。
「どんな噂を聞いたか知らんが、そういうわけだから俺はいまだ婚約者なしの身だ」
「でしょうね……」
「……失礼な奴だなお前は。ところでオリヴィア嬢も占いをしたと言っていたぞ。どうだったんだ?」
「秘密です」
私は膝を抱えてそっぽを向いた。いい加減腕を離してほしい。
「教えてくれないのか。お前の未来を占ってもらったんだろう」
「……前から言っていますが、占いは占いです。当たるかどうかはわかりません」
「ならば、俺は自分の力で望む未来を真実にする」
腕をつかむ手に力が入った。
思わずそちらを見ると、器用に頬杖をついたサイラス様がこちらを見つめていた。
「プリシラ。どうして占った婚約者候補がことごとく駄目だったかわかるか」
「それはサイラス様の女運が壊滅的に悪いせいで……いたたた!」
いきなり頬をつねられた。確かに失礼なことを言ったけども!
「俺が彼女達と結婚する気が欠片もなかったからだ!」
「……な、なんなんですかそれ。どういう意味ですか」
「お前以外と結婚するつもりがないってことだ!」
ぽかんとしてサイラス様を見つめる私の手をゆっくりと大きな手が握り直す。頬を少し染めたサイラス様が恥ずかしそうに視線を逸らした。
「お前は……俺が誰との話を持って来ても平気な顔をして占っていた。だからさっぱり俺には気が無いのかと思っていた」
「え……それって試してたんですか?」
「そうだ。そしてまったく脈が無さそうだということがわかっただけだった」
「すみません……?」
確かに私は自分の気持ちに蓋をしていたから平気な顔をして占った。私にとってはサイラス様は上司であり他人。それだけと思い込んで。
「しかしその髪飾りを今でも着けてくれているからあきらめきれなかった……」
私の赤毛をまとめるサイラス様がくれたガーネットの髪飾りに触れる。セシリアが言っていた。殿方が髪飾りを女性に贈る意味なんて、子供でもわかると。
でも私はずっと知らないふりをしてきた。
だって、私じゃ駄目だと思ったから。
「……サイラス様にはもっと相応しい方がいると思います! 私みたいなちんちくりんの赤毛じゃ駄目ですよ!」
「ほう? じゃあ俺に相応しいのはどんな娘なのか占ってみろ」
「わかりました。ちょっと待っててくださいね!」
私は月光浴させていた水晶を引き寄せてさっそく占うことにした。
こうなるともう意地だ。
だけど手をかざしてもいつまでたっても何も映らない。
「あれ……?」
「どうなんだ?」
「それが……何も映りません。誰もいないとか?」
「不吉なことを言うな」
いつもだったらすぐに水晶は反応するのにこんな時に限ってうんともすんとも言わない。
一体どうして?
そこで私はある可能性に行きあたって黙り込んでしまった。
「……なあプリシラ。実はオリヴィア嬢から聞いたんだがな」
「はい」
「占い師は自分のことは占えないというのは本当か?」
「…………」
私はギギギと視線を逸らそう……として顔を掴まれてそのままサイラス様の方を向かされた。
占い師は自分のことは占えない。確かにそれは事実だ。だけど往生際の悪い私の心はまだ抵抗しようとしている。
「で、でででも私なんて! 本当にサイラス様がモテない可能性も」
「俺がモテないなんてありえないだろうが!」
「それはそうなんですけど!」
「ええい、うるさいもう!」
わーぎゃー言い合っているうちになぜか私はサイラス様に抱きしめられていた。一体本当に何がどうなっているんだ!?
「俺は俺にまったく遠慮が無くて、言いたい放題の赤毛のちんちくりんが好きだと言っているんだ! 悪いか!!」
「ひどい! もうどうなっても知りませんよ!? ……私だってサイラス様が好きですよ!」
サイラス様の腕の中で私はもう大パニックだ。半泣きでそう言えば嬉しそうにサイラス様が笑った。
「望むところだ。占いの結果がどうだろうと俺達の未来は俺達で幸せにしてやるんだ」
それから間もなく私とサイラス様の婚約が発表された。
予想通り若い女性達からは嘆かれたけれど、意外だったのは「やっぱりね」という反応の人も多かったことだ。
その中には引退して山奥の別荘に住んでいるおじい様もいた。私達の未来の事はとっくに見透かされていたのかもしれない。
私は王室専属占い師という立場をそのまま続けることになった。妃になってもサイラス様を占いで支えていくつもりだ。
……もちろんサイラス様の隣に立って恥ずかしくないように妃教育も現在急ピッチで進めている。
「この度はご婚約おめでとうございます、オリヴィア様」
「ありがとうございます、プリシラ様」
そして今日は異国の王族と婚約することになったオリヴィア様の旅立ちの日だ。
王城に挨拶に来てくれた彼女は出会った頃よりもさらに美しくなった。
うふふ、といたずらっ子のような微笑みで彼女が囁いた。
「私達の勝負は引き分けのようですわね」
「……確かに」
結局両方とも占いの結果は当たっていたのだから。
「……ところでプリシラはいつから俺が好きだったんだ?」
オリヴィア様を見送った後、そんな話になった。
そんなこと思い出さなくてもわかる。
初めてサイラス様が占い部屋に来た日のことだ。
きっと立派な王様になる星の元に生まれたのだろうと思ったあのとき。私はまっすぐなあの瞳に恋に落ちていたんだ。
だけどずっと蓋をして忘れたふりをしていた。
「それは秘密です」
「なんだ、意地悪か? ちなみに俺は……」
「え? それは聞きたいです」
「お前が教えてくれたら教える」
「ええ!? サイラス様も意地悪じゃないですか」
占い部屋で二人きり、こうやって屈託ないやり取りをするのが最近の楽しみだ。表向きには一応第一王子としてすました顔をしているサイラス様は私の前だと子供みたいな顔をする。
プイっとそっぽを向いた彼の方に回り込むと腕を掴まれて引き寄せられた。
そのままキスをして私達は笑いあう
占い師は自分の未来は占えない。
彼の隣に自分がいることが相応しいかどうかも。
だけど占えないのならばサイラス様の言う通り望む未来は自分達の手で作っていけばいいのだ。
私達二人ならばきっとそれができると信じて。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったらブクマや下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると嬉しいです。