訃報
三題噺もどき―ひゃくごじゅう。
お題:涙・声・慰める
毎日毎日、嫌な暑さが続く。
むしむしとした暑さの中で。
ジワジワと鳴くセミの声。
いかにもな夏で。
いかにも過ぎて、ホントに嫌になる日々。
「……」
その日は、全国的に最高気温が、ことごとく塗り替えられた。
それほどの暑さが、この国を襲った日だった。
「……」
たまたま、休みが被った母と二人。
外に出る気にもならず、ただリビングでのんびりとテレビを見ていた時だった。
汗をだらだらと流しながら、現地の暑さを懸命に伝えているキャスターを見ながら。―そんなことせんでも、各々実感しとるやん…と内心思いながらいた。
「……」
母が、そろそろ食事の準備でもはじめようか、と、椅子から立ち上がったとき。
ブーブーーブー
母のスマホが、震えた。
机の上で震え始めたそれを、ちらと見やり、表示された画面を確認すると、祖母からの電話だった。母にとっての母。夏になると、色々なものを送ってくるから、荷物を送ったという報告だろう。どうせ。
と、私は思い、すぐに視線をテレビに戻す。まだ中継している。
「ぇ……」
通話に応じた母から、思わぬ声が聞こえた。
なんだ?荷物が多すぎるとかか…?いや、そんな訳はないか。
「……」
ちらりと、視線を母に移す。
どこか、青ざめているような。
―んあ。これは、少々、嫌な予感がする。そういえば、ここ最近それなりの頻度で、祖母と電話をしていたな…。
「――」
「…なに?」
私の名前を呼ぶ声は、心なしか震えている。
なんとなく、顔は向けずに、声だけで応答する。視線は未だテレビの方。
「―今さっき、じいちゃんが
あぁ、やっぱりそうだ。
なくなったって―」
らしい。
そうらしい。
じいちゃんというのは、私の曽祖父にあたる。母にとっての、祖父―じいちゃんらしい。それに乗じて私も曽祖父の事をじいちゃんと呼んでいる。ちなみに祖父母は、じぃじばぁばだ。幼い感じに聞こえるのでいかがなものかとおもうが、母の一家はみなそう呼んでいる。なにせ大叔母は「○○姉ちゃん」だからなぁ。姉だなんて年齢でもないのに。
「……」
「だから」
だから。
うん。続くよな。そりゃ。
曽祖父が、亡くなったということは、そういうことだ。
つまりは、
「明日、お葬式するみたいで…今日向かうことになるから」
あぁ、やはりそうなる。
幸い、私は在宅の仕事をしてるので、支障はそこまでない。母はまぁ、自分で何とかするだろう。何せ自分の祖父の葬式だ。行かないという選択肢は、母の中には一ミリもない。
というか、今は冷静ですらないだろう。行くための準備も何もしていないのに、今日出発するなんて、言えるものか。冷静であれば。あの家に帰るだけでも、交通手段が限られてきたりするのだ。簡単に、行こうかとは言えない。
「……わかった」
「うん…」
私はまぁ、今の母を放置しておくわけにもいくまい。まだ、正面を向いて母の顔を見ることは出来ない。声に涙が滲んでいて。鼻をすする音も聞こえてきて。
「……」
―どうも、こういう場面は、気まずさが勝つ。
親が泣いていると、こちらの事など気にせず涙を流していると、よくわからない感情に襲われる。どうするべきなのか分からなくなってくる。慰めるべきなのか、静かにしているべきなのか。
「……」
けれど、静かにしていると、続くその沈黙が、耐えられなくなってくる。
かと言って、慰めることができるのかというと、それは分からない。きっと無理だろう。私は、母程あの曽祖父との思い出はないし。亡くなったということに対しての、あれこれがちっとも沸かない。そんな奴に慰めなんてもらっても、なぁ?
何が分かるんだと、一蹴されかねない。何も分からないから。
「……」
未だ、鼻をすする音。
テレビは点けっぱなし。
今度は違う中継先のようだ。
女性キャスターが、「こんな日にはおススメです!」みたいなものを紹介していた。
こんな日、こんな日に。ね。
「……」
こうして、親戚が、身近にいる人間が亡くなっても。
世界から失われても、世界には関係ないんだなぁ、と思い知らされる。
今の私たちのような、沈黙の中で、あんな幸せそうなニュースを見ているのだとか、そんなこと、思いもよらないんだろうと。
だって、これは、ここでしか、起きていないから。
「……準備してくる」
結果。
それに、耐えきれなくなった私は。
それだけ告げて、席を立った。テレビは点けたままで。
母の返事は待たず、とんとんと二階の自室へと向かう。
部屋に入る直前、階下から声がした。
「出発時間あとで言うから!!」
「…はーい!」
それに適当に返事をして、手にしていたスマホを開く。
画面の中では、ソーシャルゲームの画面が光っている。