071 祈里の家族①
祈里はさいたま市を流れる荒川の河川敷を訪れてヤンキーたちが襲われたと思われる現場付近を捜索した。そこで僅かな霊力の残滓を確認できただけでそれ以外は何も見つからなかった。犯人を特定できるものが見つからず。祈里はがっかりして家に帰った。
祈里の家は東京都の足立区にある。23区内では珍しく広い土地の中にコンクリートで建てられた家が祈里の家だ。家の周りには木々が生い茂っていて建物を覆い隠している。足立区では有名なくらい成神家は資産を持っている。祈里はその家のお嬢様だ。
周りをコンクリートの塀で囲まれた家に祈里は帰って来た。門は厳重に警備されている。門には警備のために常に二人の退魔師が控えている。
「ただいま」
「祈里お嬢さん、お帰りなさい。今門を開けます」
妖魔との戦いに対して門番は必要無い。門番が警戒しているのは芦谷堂満からの攻撃だ。堂満は一族を全員殺されて退魔師を憎んでいる。そして計画を立て妖魔を利用して退魔師を襲うようになった。それらの攻撃から家を守るのが門番の役目だ。
祈里は門を潜り屋敷の敷地内に入る。そして、5分ほど歩いて家に着く。それくらい成神家の敷地は広い。家に入ると執事服を着た初老の老人が立って祈里を待っていた。
「祈里お嬢様、ご苦労様です。旦那様が和室でお待ちしております」
「分かりました。茂三、部屋に行って荷物を置いてきてから和室に向かいます」
「旦那様にはそのように伝えておきます」
「お願いします」
そう言い祈里は屋敷の二階にある自分の部屋に向かう。そしてベッドの上にバックを置くとスマホを取り出して優斗と一緒に移っているプリクラを見る。
「優斗さん……」
そう呟いて右手首に嵌っている腕輪を愛おしそうにさする。そして嬉しそうに微笑む。今日あったことが夢のようだったと祈里は思った。そして気を取り直して和室に向かう。和室に向かうまでにお手伝いさんたちとすれ違う。彼女たちもある程度力を持った退魔師だ。
中には式神や使い魔のお手伝いさんも混じっている。式神や使い魔は妖魔との戦い以外でも屋敷のことを任されている。神獣と呼ばれている妖怪が退魔師の家には仕えている。
祈里は和室のふすまの前で立ち止まる。祈里はお嬢様なのだ。一応はそういう躾は小さい頃から厳しく行われてきた。
「お父様、荒川の事件の報告に参りました」
「祈里、入ってきなさい」
和室の中から威厳のある声が聞こえてくる。祈里の父親の光輝の声だった。部屋の中から光輝の気配がする。祈里はなにも考えずに和室のふすまを開ける。
「はい、失礼します」
そして、祈里が和室に入ると驚く。
「えっ!? みんなそろってどうしたのですか?」
そこには祈里の母である小百合に祖父の輝明、祖母の幸代に曾祖母の桜子まで揃っていた。祈里の父である光輝以外は気配を消して和室で待ち構えていたのだ。
「どうしたも、こうしたもないでしょ。可愛い娘が初めてのデートから帰って来たのです。いろいろと報告を聞きたいと思うのが母親でしょ」
小百合は可愛らしくそう答える。年の割には若く見える。退魔師の家系は歳よりも若く見えるのが特徴だ。ある一定の年齢に達すると老いるのが遅くなる。小百合も50代だが30歳の中ほどに見られることもあるくらいに若く見える。
「ど、どうしてそのことを知っているのですか?」
祈里は家族に優斗のことを話してはいない。どうして家族が優斗とデートしたことを知っているのか驚いた。
「ふふふ、加奈ちゃんから祈里ちゃんが運命の人に出会ったと報告がありました」
「加奈さんが……」
小百合の話を聞いてがっかりした。別に家族に内緒にするつもりは無かった。でも、まだ優斗とは出会ったばかりで恋人になるとかと言う進展はない。ちゃんとそう言う仲になってから報告しようと祈里は思っていいた。
「祈里、加奈さんが報告しなくても運命の相手に会うと言うことは私が星詠みで占ってあなたに教えたことですよ。木曜日に運命の人とあなたがあったことはみんなは知っていました」
確かに星詠みをした幸代の言うとおりだ。祈里が話さなくても家族は運命の人に祈里がいつ会うか知っていた。そのことはもう何年も前から決まっていたことだ。そのため祈里には婚約者がいない。
祈里以外の上の兄にはもう婚約者と結婚している。
「そうでしたね。お婆様が占ったんでした」
「それに、昨日から祈里ちゃんはソワソワしていたし。朝からめかしこんで出かけて行ったから私は直ぐに分かりましたよ」
「お母様には隠し事は出来ないですね」
小百合の言葉に祈里は納得してしまった。確かに昨日から祈里は落ち着きが無かった。優斗に会うことを考えるとそれだけで嬉しくて早く会いたいと思ってしまっていた。それに会うときに着ていく服をどれにしようか考えてソワソワしていたのを祈里は思い出した。
「俺は認めんぞ。どこの馬の骨か分からない男に祈里はやらん」
にこにこ話す小百合とは違い光輝は優斗のことを認めていないようだ。光輝はやっと出来た娘の祈里を可愛がっていた。やっぱり男の子より女の子が可愛いと光輝は思っていた。そんな祈里に悪い虫がついたと憤っていた。
「光輝、黙りなさい。貴方に祈里の運命の相手とのお付き合いをとやかく言う資格はありません」
「そうですよ。祈里は運命の人に会ったのです。貴方が祈里と運命の人のことを認めなくても他の家族は認めているのですからね」
「申し訳御座いません、お母様、お婆様」
祈里の祖母である幸代の一括で光輝は怖気づく。この家の力関係が分かるような一幕だった。そして桜子が光輝に追い打ちをかける。こうなると光輝は黙ることしかできなくなった。
でも、光輝はまだあきらめていなかった。大好きな祈里のことを考えると変な男に騙されていないか確認する必要があった。相手は名前も聞いたことが無い家名だ。退魔師の家の名前はある程度知っている。そんな中で九条という名前は光輝は知らなかった。
「祈里、私は九条という名前に心当たりはない。その男はちゃんと霊力を持っているんだろうな?」
「光輝。私の星詠みに文句を言うというのですか?」
幸代の言葉に光輝はまたも黙ってしまう。
「お父様、お婆様の言うとおりです。星詠みの運命の相手に霊力が無いということはありませんよ。かなりの霊力を持った方です。安心してください」
「安心できないから聞いているのだろう」
「貴方。すこしは祈里を信用してやってください。やっと祈里は運命の人に出会えたのですよ。退魔師の女性にとってこれ以上に幸せなことはないではありませんか」
祈里の母の小百合の言葉を聞いて光輝は何も言い返すことが出来なくなる。退魔師なら運命の相手に出会えると言う事は途轍もなく目出度いことなのだ。それは男とか女とか関係ない。
とても栄誉あることなのだ。そのことを勿論、成神家の当主である光輝が知らない訳が無い。ふだんなら自分の娘にそういう相手が見つかったことを喜ぶべきなのだ。それが出来ない光輝の方が間違っていると言える。
それでも可愛い娘を取られる光輝にしては面白くないことだった。そしていつかで会った時はその男の力量を自分の手で確かめようと心に誓うのだった。




