021 村長の話し
ダンテスは真剣な表情で優斗を迎え入れる。
「待っていたぞ。家の中に入れ」
そう言いダンテスは家の中に入っていく。優斗はその後を追う。ダンテスはダイニングに着くと優斗を椅子に座らせた。そして食卓を挟んで正面の椅子にダンテスが座る。
「アンナ、優斗がいるからお茶を準備してくれ」
「わかったよ」
奥の方からアンナの声が聞こえてきた。ダンテスはアンナの返事を聞いて優斗の方を向く。
「優斗。レベル上げは順調か?」
先ず、ダンテスはとりとめのない話から始める。ここらへんは村長として培ってきた話術だろう。直ぐに用件は話さない。
「はい。順調です」
「あとどれくらい村にいるつもりだ」
「自分のレベルに納得がいくぐらいこの村にいるつもりですよ」
「シャルルについては何も聞いていないか?」
ダンテスは随分シャルルが優斗に気を許していることに気が付いていた。だから自分の身の上話を優斗にしているかもしれないと思っていた。
「なにも聞いていません」
「シャルルが自分のことを会ったばかりの優斗君に話をすることはないだろうからな。実はシャルルの両親は彼女が13歳の時に魔物との戦いで命を落としている」
優斗はやはりそういう事情があったんだなと思った。薄々は感づいていた。
「シャルルさんが黙っていることを勝手に俺に喋って大丈夫なのですか?」
「大丈夫じゃないかもしれない。しかし優斗には知っておいてほしいことなんだ。優斗は孤児になった子供が村でどう扱われるようになるか知っているか?」
優斗はシャルルの両親が魔物に殺されたと聞いて悲しく思った。しかしシャルルの家を見たときに一人暮らしだろうと見当をつけていたので彼女に家族の話はしないようにしていた。
「いいえ。なにも知りません」
優斗はこの世界の住人じゃない村の孤児がどういう扱いを受けるか知らない。当たり前のことだ。
「そうかい。この村は良い領主に恵まれているからシャルルは今もこの村で暮らすことができている。隣の公爵領の村ならシャルルのような孤児は奴隷として売られていただろう」
「奴隷として売るのですか? 孤児を村で助けて育てたりはしないんですか?」
優斗は改めてこの村は恵まれている方なんだなと思った。質素な暮らしをしているが村民の顔は明るい。隣の領主が酷いと聞いて興味を持ち始める。そのことがのちのち優斗の人生を変えることになる。この時の優斗はまだそのことを知らない。
「普通の村なら可能な限り村人で力を合わせて働くことができるようになるまで育てるよ。しかし隣の領地のように高い税金を払わなくてはならないような村では働くことのできない子供を育てるような余裕はない。だからすぐに奴隷として売られてしまう。シャルルはこの村に生まれて良かったと言える」
この世界がいかに生きづらい世界なのかということを優斗は認識した。シャルルの両親が魔物に殺されたことでわかるように地球にくらべて命が危険にさらされる機会も多いのだろうと優斗は思った。
「そういう話をなぜ俺にするんですか?」
優斗にはダンテスがどうしてそんな話をするのか意味が分からなかった。しかしダンテスには彼なりの考えがあって優斗にシャルルのことを話している。そのことは優斗にも理解できた。でも、ダンテスが何を望んでいるかまでは分からない。
「すまない。いきなりこのような話をされて戸惑っていることだろう」
「ええ、戸惑っています」
「それは理解できるが、どうか私の話を聞いてほしい」
ダンテスは優斗に頭を下げてお願いしてきた。頭を下げたダンテスを見て優斗は彼の話を真剣に聞こうと思った。
「分かりました。話を聞かせてください」
「ありがとう。優斗。君は本当に貴族じゃないんだな?」
「はい。貴族ではないですよ。平民です」
ダンテスは一応優斗が平民と聞いて安心する。優斗が貴族だとこれからする頼みごとができなくなりそうだからだ。
「そうなのかい? 前にも聞いたが今日持ってきた赤ワインも高そうな酒だ。優斗のことを貴族だと思ってもしかたがないだろう。ただ、お前が平民と言うのならそのことを信じよう。しかし平民でもお金持ちの家に生まれたんだな。いくら平民でも君のように質の良さそうな服をきていたりこんなに高そうな酒を持っていたりする者は普通いないぞ」
村長であるダンテスでも決して質の良い服を着ているわけじゃない。この世界の平民だと継ぎ接ぎのある古着を着ている者も普通にいる。優斗が着ているのはジャージの上下だが、ダンテスからしたら上質な生地を使った服に見えた。
優斗は自分が良いと言われるような服を着ていることをダンテスの言葉で認識した。服装だけ見てもただの平民とは思われないだろうと思った。優斗は日本では中流階級の家の出ではあるがこの世界の平民から見れば十分にお金持ちの内に入るだろう。
この世界に来て1週間ほどの狩りで6,000万円とセルシオン大陸通貨で600万Sほど稼いでいるので優斗は実際にお金持ちと言えた。
(叡智、この世界で4人家族が一カ月生活するうえで必要なお金って幾らぐらいだ)
(借家を借りていると想定して20万Sもあれば生活できます)
叡智から教えられて優斗は自分がお金持ちだと認識した。4人家族だとだと25年くらいは遊んで暮らせるだけのお金を優斗はすでに稼いでいる。
「まあ、一応貧乏ではないですね。それなりに稼ぐことはできていると思います」
「お前は一人でキングミノタウロスを狩るぐらいだからな。冒険者として働けばかなりのお金になる。私の勘は当たっていたようだ」
「どういうことでしょう?」
「優斗。シャルルはこの村で一番貧しい生活をしている。私が最低限の食べ物と着る物に困らないだけの物を彼女に与えているから、彼女は最低限の暮らしができている。もし私が面倒を見ることができなくなれば彼女の生活は成り立たないだろう」
「えっ? どうしてダンテスさんがシャルルの面倒を見ているのですか?」
「シャルルの両親は冒険者だった。その時に俺は彼女の両親に命を助けてもらったことがあるんだ。そして彼女の母親がシャルルを身ごもって彼女の両親が冒険者を引退すると聞いた時に村に住むようにお願いしたのが俺だったんだよ。村に来てからもシャルルの両親は村を襲ってくる魔物を退治してくれた。彼女の両親は今のガンズのような仕事をしてもらっていたんだ」
「そうだったんですか。それでシャルルさんの面倒を見ているんですね」
「ああ、シャルルの両親は命の恩人だからね。なんども村を助けてもらった。その恩は返さないといけない」
ダンテスは悲しそうな顔でそう語った。
「ダンテスさんがいてシャルルは助かったんですね」
「ああそうだ。彼女の両親が普通の農民だったならその農地を引き継ぐことで生活ができていただろう。しかし彼女の両親は農民じゃなかった。彼女が引き継ぐような農地は無い。しょうがなく彼女は薬草を採取して俺の所に持ってくることで食べ物と着る物を得ている。正直言って俺からしたらかなり赤字なんだよ。俺はそれでも彼女を助けてきた。それくらい彼女の両親に恩を感じているからだ。しかし、そのことを私の息子が快く思っていないんだ」
そう言いダンテスは困ったような顔をする。ダンテスは自分の息子の考え方を面白く思ってはいない。しかし自分が死んだあと息子がどのような暴挙に出るか分からないのでシャルルのことを心配しているのだ。
そのことは話をしているダンテスの態度で彼が本当にシャルルのことを心配していることを優斗は理解した。それでもなぜ優斗にシャルルのことを話しているのか分からない。
「そのことと俺にシャルルのことをお話しすることと関係があるのですか?」
「ああ、関係がある。普通は村長といえども孤児が大人になれば面倒は見ない。私がシャルルの面倒を見るのは私が彼女の両親に感謝しているからだ。普通シャルルのような子がいるとき奴隷に売らない場合は商人に頼んで丁稚奉公させたり領主様に頼んでメイドにしてもらったりするんだが……」
ダンテスはなんだか悲しそうな顔をする。
「なにか問題があるのですか?」
「言いにくい話だがシャルルの容姿はあまりよくない。それで領主様にメイドとしてお願いすることを諦めた。それに13歳という年だったのが災いした。シャルルは字を読むことはできるのだが算術の心得が無い。丁稚奉公するには歳を取り過ぎていたんだ。商人は15歳の成人までに一人前にならないといけないからな。それでシャルルを商人の丁稚奉公に出すことを諦めた。それでも彼女が村人のだれかと結婚できればよかったんだが、シャルルを嫁にする者が誰もいなかった。それどころかシャルルの容姿を悪く言うものまでいる始末だ。だれも彼女を養ってくれない。彼女はもう25歳だ。これから誰かに嫁ぐようなことはないだろう。そこで優斗にお願いがあるんだ」
ダンテスは期待するような目で優斗を見ている。優斗は彼の考えが分からないので首を傾げる。




