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モノクロダイアリー  作者: 忍忍
第一章 双子編
71/71

施術

173

 子どもが書き殴った落書きや初めて鍵盤を弾いた演奏家の演奏、統制を失ったスクランブル交差点。

 そういったものの連続を、私は「人生」と呼ぼう。


174

 確証などなかった。

 相手は枠綿家の人間だ。

 普通の人間なら、枠綿の闇を知っている者なら、その者たちの言葉を信じることは、まずあり得ない。

 しかし、彼は違った。

 大猫正義は、そういう点で普通ではなかった。



 正義を掲げ、大義のために闘う戦士。

 正義の味方。

 そう呼ばれる彼には、幾つもの物語がある。

 


 それは例えば、彼が生まれた時の物語。

 それは例えば、彼が闘うことを決意した物語。

 それは例えば、彼が正しさという敵に負けた物語。



 そして例えば、彼が正義を掲げることを辞めた物語。



 それらの物語を、彼が自ら語ることはないだろうけれど、確かにその物語は存在する。

 彼が生きた証として。

 彼が闘った証として。



「君がどれだけ正しいとしても、正義に反した時点で君の負けだよ」



 いつだったか、彼はそんな言葉を言われた。

 当時の彼には、その言葉の意味を理解することはできなかった。

 正しさと正義の意味の違いを考えていなかった。

 本質的な膿に目を向けていなかった。

 しかし、彼自身が負けたことだけはわかった。

 そこからは目を逸らすことができなかった。 

 受け止めざるを得ない現実だった。



「儘ならないものだね、どうにも」



 今、彼の腕に抱えられたまま眠ってしまっている彼女もまた同様に、多くの壁にぶつかってきたのだろう。

 何度も打ちのめされ、へし折られ、奪い去られ、その度立ち上がってきたのだろう。



「シロ君、君が失ってきたものはもう戻ってはこない。それでも君は闘うことを選んだ。これ以上何も失わないように、誰にも奪われないように。そして、自らに対する戒めとして、かな。君や彼の特殊性を考えると、これから先の人生はきっと平坦ではないし、安全でもない。それでも僕は君たちが一つでも多くの幸せや笑顔を享受できることを願っているよ。どんな形であれ、懸命に生きている者には、その時間の蓄積の中に、確かな意味を持って欲しいと思っているんだよ。未来は不確定なものだけで構成されているわけじゃないんだ、そうだとしたらつまらないだろ?願いや希望、夢と言ってもいいかもしれないね。そういう個の感情の塊を抱えて、今から少し先の時間に期待することで、未来はどんなふうにも変わっていく。少なくとも、僕はそうであって欲しいと願っているし、そうだと信じている。だから、君は生きるんだ。何があっても、死ぬまで生き続けるんだ」



 彼の言葉は、彼女には届いてはいないかもしれない。

 それでも、彼は満足気に語った。

 誰にも言えなかった心の内を告白するかのように。

 


「きっともう会うことはないと思うけれど、僕は君と彼のこれからを肯定する。それだけはきちんと僕の口から伝えておきたかった。他の誰でもない、僕の本心だ」



 枠綿水仙の私室はもう目の前だ。

 しかし、大猫正義はその扉を開けようとしない。

 その扉の先に何がいるのかを知っているかのようだった。

 


 今生の別れに、言葉を紡ぐかのように彼は口を開く。



「殺人鬼は、その殺人に意味を持たない。僕はそう思っていたけれど、君や彼を見ていると、それは間違いだったと自分を恥じるばかりだよ。君も彼も自分のために闘っているわけじゃなかった。彼のことは少し難しいけれど、君に限って言わせてもらえるのなら、今後も君のその手が他人の命で血塗られないことを祈っているよ」



 ゆっくりと、時間をかけて、丁寧に扉に手を掛ける。



「遅かったわね、大猫さん」

「そうか、やはりこうなるんだね」



 扉の先には、この部屋の主。

 枠綿水仙。



「うふふ、何を警戒されているのかわからないのだけれど? 私は何かおかしなことをしたかしら?」

「おかしくないところを探す方が難しいと思うのだけれど••••••」



「そういえば殻柳優姫の遺体はどうしたのかしら?」

「《会場》の近くの部屋に移動させてあるよ。さて、僕はこれから何をさせられるんだい?」



「いつも通りよ、正義を執行してくれるだけでいいわ」

「そうか、それはいい。粛清対象は?」



「枠綿に連なる人間の全てよ。一族郎党、根絶やしにして頂戴」

「それは••••••」



「うふふ」



 大猫正義が問いかけるよりも早く、彼女は戦闘体勢に入った。

 正確には、対象を殺戮する体勢に入った。



「安心して頂戴、今ここで大猫さんと殺し合うつもりはないわ。氷花ちゃんが攫われたのよ、それが解決するまでは死ねないわ」

「攫われた? それに、それだけの殺気を出しておいてどう信じろと?」



「大猫さんに向けたものじゃないわよ。ほら、目が覚めるわよ」

「••••••!!」



 見計らったように、いや計算されたかのように、大猫正義の腕に抱えられた彼女は目を覚ます。

 眠りから覚めた彼女は、寝惚けるようなことはなかった。

 一瞬で腕の中から飛び出し、次の瞬間には枠綿水仙に飛びかかっていた。



 しかし、その展開は枠綿水仙にとっては遅すぎた。



「元気ね、時野舞白さん。うふふ、可愛いわ」



 満身創痍の状態であったことを鑑みても、「シロ」の動きは充分に疾かった。

 しかし、軽くあしらわれ、何もさせてもらえないまま拘束されてしまっていた。



「初めまして、枠綿水仙というのだけれど、今から貴方には一度死んでもらうことになるわ。うふふ、安心して頂戴。死人が生き返ることくらい、このご時世そう珍しいことでもないわ」



 枠綿水仙はそう言い放ち、寸分の狂いもなく「シロ」の心臓めがけてメスを突き刺した。




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