無題(断)
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青春とは、いいものだ。
大抵のことは思い出に昇華される。
ある一部を除いて。
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さて、あの危なっかしいお姉さんと別れて、無禅とかいうおっさんを探し回っているわけだが、全く進んでねえんだよな。
どうしたもんかね。
さっきから、妙な視線を感じてはいるが、殺気を含んでない分、出所を当てにくい。
はあ、やりにくい。
殺りにくい、の方が正しいか、くはは。
正義の味方のおっさんは、無禅の居場所を研究所の何処かだと言っていたけれど、どうなのかね。
実験場も植物園も、確かに潜伏には向いてなさそうではあるが、研究所という空間も同様だと思うんだけどなあ。
「あー、めんどくさくなってきた。くはは。手当たり次第、殺して回れば何とかなると思ってたけれど、現実はそう甘くないってわけだ。鬼に厳しいね、全く」
口に出してみたけれど、返事は勿論ねえよな。
さっきから、何処かで覗いやがる誰かさんが応えてくれりゃ、幾らか面白いことになるんだけどな。
研究所の上層部分は全て見て回った。
あとは《会場》ってところと、地下通路のところか。
現在進行形で視線が集まっている場所と、あからさまに隠されている場所、ねえ。
殺人鬼の舞台として相応しいのはどっちかねえ、くはは。
いや、悩むまでもねえか。
答えは問いが発生する前から決まっている。
「地下、だな」
俺のような殺人鬼にできた、奇妙な縁。
同じく殺人鬼だった母親も、こんな気持ちだったのかねえ。
柄にもなく、思い出に耽っちまうとこだった、くはは。
にしても、この研究所違和感だらけで気持ち悪いんだよなぁ。
こうして普通に階段を下るだけでも、その気持ち悪さは顕著に表れている。
まあ、そういうのを言語化すんのは俺の仕事じゃねえから、その辺は置いておくとして。
違和感は無視できねえ。
こういう局面での違和感は、直接命に関わってくるからな。
早めに潰していくか。
「違和感は二つ。さてさてどうしたもんかねえ」
何となく口に出した。
同時に殺気を解放する。
相手なんか知らねえ。
そもそもいるかどうかもわかんねえし。
しかし••••••
「元気ね、うふふ」
はあ、やっぱりこうなるのかよ。
最初から信用しちゃいなかったが、こうも早く対峙するとは思わなかったよ。
「何か用? 水仙のお姉さん」
「うふふ、わかっているくせに」
相変わらず、俺らに負けず劣らずの殺気だな、本当に。
思わず笑えてくるわ、くはは。
「わからねえから聞いてんだよ、お姉さん。俺に思考力とか推察力とか期待すんなよ」
「手伝いに来てあげただけよ。ちょうど手が空いたからね」
「手合わせじゃなくて?」
「あら、私たちがするとしたら手合わせ程度では済まないでしょ? うふふ、そうしても全然構わないと言いいたいところだけれど、本当に手伝いに来たのよ。手伝いというより、導きと言った方が正しいかもしれないけれど」
「回りくどいな、俺に何をさせるつもりだよ」
「あら、気が立っているのかしら? 私と別れて、未だに有力な情報を一つも得られていない状況に、一体どんな不満があるというのかしらね、うふふ」
「えらく煽ってくんじゃん。焦ってんのはどっちだよ、さっさと言え。何があって、何が足りてなくて、何を望んでんだよ」
「うふふ、本当に君はいい子ね。殺人鬼なのが不思議なくらい」
「はあ、マジで何しに来たんだよ、お姉さん」
「氷花ちゃんがいなくなったわ」
余裕の無さは、そこから来てたのか。
想定外のことが起きたのか、予想以上のことが起きたのか。
あのお姉さんの何が、こいつをこうも動かすのやら。
「••••••」
「白塔梢さんは無事よ、今は安全なところで休んでもらっているところ。大猫さんに関しては、君の連れと一緒にいると思うわ。全てを説明している時間はないの、だから端的に説明するわね」
「••••••」
「うふふ、そう疑わないでちょうだい。目的は違えど、手段は同じでしょう? それにね、私としても今の状況はあまり好ましくないのよ。氷花ちゃんは負けん気は強くて可愛らしい子だけれど、決して強い戦士はない。だから、この場所で逸れてしまうということは、そのまま氷花ちゃんの危険に直結してしまうわ。だから一旦聞いて頂戴」
断ったとしても、好き勝手に話すつもりだろうに。
でもまあ、あのお姉さんを助けるためには、話は聞いておいた方がいいだろうな。
助ける、か。
くはは。
「まず、氷花ちゃんを見失ったのは、地下の私室の近くの可能性が高いわ。あのアイという子と別れるタイミングでほんの一瞬、私たちは別行動をしてしまった。その隙を突かれたということになるのかしらね。私はその時、白塔梢と共にいたけれど、軽い襲撃を受けたわ。その際、私室から少し距離を取らざるを得なかった。言い訳のように聞こえてしまうかもしれないけれど、あのタイミングで仕掛けられた時点で、負けだったわ」
••••••。
状況はわかった。
このお姉さんでも対処できなかったってんなら、確かにどうしようもなかったんだろう。
そこをどうこう言うつもりはねえ。
しかし、俺は正義の味方でも、善人でもねえ。
俺は殺人鬼だ。
「オーケー。改めてもう一度同じことを聞くけれど、俺に何をさせてえんだよ」
「うふっ、君とは仲良くなれそうだわ」
「おふざけはいいって。早く言ってくれ。俺はどこに行って、誰を殺せばいい?」
「君はこの施設を出て、君たちが最初に連れて来られた屋敷に向かって頂戴。枠綿無禅はそこにいるわ。そしておそらく、氷花ちゃんもね。氷花ちゃん以外は全員殺して構わないわ」
「ふうん。それで、お姉さんは何をするつもりなんだよ」
「氷花ちゃんとの約束を果たすわ。白塔梢の保護と、君の連れであり氷花ちゃんの妹である時野舞白の保護、ね。特に時野舞白、彼女は色んな意味で危険すぎるわ。だから私と大猫さんで彼女を守るつもりよ」
「まあ、了解した。委細承知ってやつだ。だったら、お姉さん、絶対守り通してやってくれ。これ以上あいつらに何かを奪わせんな」
「ええ、こちらも了承したわ。君も気をつけてね。私との約束も残っているんですから。うふふ」
くはは、このお姉さんも余裕をなくすことがあるんだな。
それが見れただけでも、この場はよしとしておくか。
「じゃあ、行ってくる」
「ええ、また後で」
さて、殺人鬼は殺人鬼らしく。
殺すことしか能がねえ存在である俺が、この局面で誰かに何かを託し、誰かのために他の誰かを殺す。
こりゃなんて喜劇なんだ?
まあいい。
その悉くを平等に、均一に、一律に殺してやる。




