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モノクロダイアリー  作者: 忍忍
第一章 双子編
66/71

離別

163

 役割分担は大切だ。

 世話をかける役と、世話をする役。

 うまく生きていくには、バランスが肝要となる。



164

 白塔梢は、わかっていた。

 どれだけアイが愛する妹に似ていようと、その存在としては異なるということを。

 当たり前のことを、当然のように。



 アイの言動から、彼女の意識の中に、記憶の中に白塔呑荊棘がいるということは理解している。

 しかし、それは白塔梢にとって、記憶の模倣に過ぎない。

 それでも、無視することはできない。

 


 だから、彼女に呑荊棘とは別の名前を付けて、呼ぶことにしたのだ。

 ずっと一緒にいるつもりだった。

 それが現実的ではないことを理解していても、心の底から願ったことだった。

 妹の姿をした彼女を、こんなところに置いていくなんてことはできない。

 そもそも、白塔梢は復讐するつもりでここに来ていたわけだが、「時野舞白」と共に大分県で別れる直前から、もう一つの目的のためにここを目指していた。



 それは奇しくも、千切原真冬と千切原真夏の二人が言い当てた通りの結果につながっている。



「あの爆発は、白塔によるものだろう」

「あの爆発は、白塔によるものだろう」



 あの双子の殺し屋は、いつも通り口を揃えて、同時にそう言っていた。

 白塔梢自らの手によって、車は爆発させられているのだと。

 そこにどんな意志があるのかまでは、彼女たちにはわからなかっただろう。

 当然である。

 その時の白塔梢の感情を理解できる者など、いる訳がないのだ。

 



「梢、私はここまで。会えたこと、本当に嬉しかった。短くても浅くても、私にとっては大事な時間だった。ずっと夢見ていた時間だった。ありがとう、私のことを信じてくれて。ありがとう、私と出会ってくれて」



 アイは、最後の言葉を彼女にかけた。

 彼女は泣いていて、今にも壊れてしまいそうだった。

 それでも、靴谷氷花も枠綿水仙も、彼女のそばには立たない。

 これは、彼女が自分の足で乗り越えなければ、意味がないことだとわかっているから。



 懸命に。

 健気に。

 彼女は前を向く。



「アイちゃん、ごめんね。私結局何もできなかった。姫ちゃんのことも巻き込んで、舞白ちゃんのことも、ひょうか姉のことも。私は一人では何もできない。それなのに、アイちゃんのことをなんとかしたいって思ってしまったんだよ。無責任に無配慮に、無計画に。期待させるようなことを言ってしまったかもしれない。失望させるようなことを言ったかもしれない。私には、何もないのに。ごめんなさい、ごめんなさい。本当にごめんなさい」



 懺悔のような言葉を、その場にいた全員が黙って聞いていた。

 誰に向けたものか、何を込めた言葉なのか、それは聞く者によって答えを変えるものだっただろうけれど。



「梢、ちゃんと生きて」



 アイが返した言葉は、その一言だけだった。

 それで、二人の未来は確定した。

 決定的に、そして致命的に。



「うふふ、感動的な別れも済んだことだし、私たちは次の行動に移りましょう。貴方はここでそのまま待っていてもらえるかしら? 後からここを訪ねてくる人がいるはずだから。その人たちが来たら、伝言してちょうだい。白塔梢、靴谷氷花、枠綿水仙は殺人鬼の彼と合流し、枠綿無禅を探す、と。そうね、具体的には別邸の方かしらね。あそこなら、何かしらの手がかりくらいはあると思うしね。伝言が済んだら、その後は好きにしなさい。貴方たちが必死に守っているあれのところに帰ってもいいわよ? 今のところ、あれの存在に気付いているのは、私だけだから、今ならまだ間に合う可能性はあると思うわ」



 枠綿水仙の意識は、既に前を向いていた。

 そもそも、一度たりとも彼女の意識は立ち止まってなどいないのかもしれないけれど。



「わかりました、私は伝言を伝えるため、ここに残ります。皆さん、どうかお気をつけて」



 機械的な、無機質で冷たい口調だった。

 崩れ落ちるように膝をつく白塔梢に、靴谷氷花が駆け寄る。

 手から白塔梢の震えが伝わってくる。

 それを靴谷氷花がどう感じていたのかはわからないけれど、彼女もまた、既に前を向こうとしている。

 


「水仙ちゃん、ちょっと先に出ててくれるか? アイと二人で話したい。梢も先に出てて」

「ええ、わかったわ。梢さん、行きましょう」



 枠綿水仙は、靴谷氷花に言われるがまま、白塔梢の肩を支えて部屋を出る。

 白塔梢に抵抗する力は残っていなかった。

 アイと過ごす最期の時間だったとしても、そこにしがみつくことが誰かの危険につながることを理解してしまっているから。

 安全な場所など、ここには一つとしてないことはわかっていても、さらに不安要素を抱えていくことがどれだけ危険なのかを、直接伝えられてしまっては、もう反論することはできない。



 二人が部屋を出て、残されたのは靴谷氷花とアイ。

 二人きりで話すのは、初めてである。



「アイ、ごめん。ここまで梢を守って、そばにいてくれたお前を、置いていくことを恨んでくれていい。あたしは、呑荊棘の姿をしていても、お前を家族だとは思えない。ここにいるあたしの家族は、呑荊棘と舞白だから。だから••••••」

「いいですよ、恨んだりなんかしません。私は造られた存在です。枠綿水仙の手によって造られ、枠綿家に使われている一個体に過ぎませんでしたから」



 本音で話すことは、きっと簡単なことではない。

 胸の内を明かし、腹を割って話す。

 それは、誰かを傷付けるかもしれない。

 それは、自分を傷付けるかもしれない。



 それでも二人は、互いの目を見て話すのだ。



「アイ、教えてくれ。ここで造られているのは、呑荊棘のクローンだけか? 枠綿は他に何を隠してる?」

「••••••確証はないですけれど、梢の身体も複製されている、と思います。ここまで出てきていないのには、何か理由があるのかもしれません。私には想像もつかないですけれど」



「梢も造られているのか、何が狙いなんだよ。まあ、その辺はここで考えても仕方がねえ。アイ、お前これから先どうするつもりだ?」

「これか、ら?」



「ああ、お前のこれからは、どうなるんだ?」

「私のこれから、ですか。死ぬまでここで生きていくだけですよ」



「殺人鬼みてえなこと言うんだな。無責任だし無神経な言い方しかできそうになくて、申し訳ない限りなんだけどさ、せめて生きていてくれ。梢だってそう言う。もちろんあたしだって、そう願ってる」

「わかりました、命令を承諾いたします」



 またしても、感情のない声だった。



「あ、いやそういうつもりじゃねえんだ。悪い」



 狼狽える靴谷氷花を見て、アイは表情を崩した。



「ふふっ、冗談ですよ。私はアイとして生きていきますよ、私は私です」



 迷いのない目で、アイは正面の彼女を見つめる。

 アイには、ちゃんとわかっている。

 自分のこれからなんて、わかっている。

 知りたくないことまで、アイは知っている。

 それでも強くあれるのには理由があった。

 理由をくれた人がいた。



「氷花さん、今から見るもの、聞くことを一生胸に秘めると約束してください。梢には、特に内緒です」

「あ? まあ話すなってんなら、話さねえよ」



 静かに、ゆっくりとアイは目を閉じる。

 深呼吸を二回、そして目を開ける。



「久しぶり、氷花姉。元気そうで嬉しいよ」


 

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